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iiyori.10
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「今夜は満月だな」
「うん、…」
志田城にある穂月の部屋から渡り廊下に出ると、広いお城の中庭と空が見渡せる。穂月の隣で見る月は、大きくて不思議で神秘的で。眺めていると、宇宙と時間と自分の存在が、不鮮明に思えてくる。
今。ここに。この場所はあるのか。
本当に。私は。存在しているのか。
意識が。魂が。肉体が。本当はどこにあるのか。
「…なよ竹のかぐや姫、か」
穂月が少し寂しそうにつぶやいて私の肩を抱き寄せた。
穂月の腕の温もりを確かに感じられる。
だけど本当の私は、恐らくここにはいない。
魂の帰還期限が近づいているのを感じていた。
『なえ、…――――――』
頭の後ろの方で私を呼ぶ穂月の声が聞こえる。
『穂月様は妾の手を取り、心から謝罪して下さいました。つらい思いをさせてすまなかった、と』
海沿いにあるという同盟藩に渡る前、三姫が秘かに打ち明けてくれた。
『妾はそれで十分じゃ』
どうやら、件の一夜は、『夜は娼婦』の勢いが出ることはなかったらしい。けれど、穂月と向き合えたことで三姫のこれまでの鬱屈した思いは全て浄化され、三姫が実体ごと浮遊したり飲んだくれたりすることはなくなったらしい。なくなったというか、出来なくなったというか。
そもそも、『在処離』という現象は、時切丸がもたらしたのではないかと達磨法師は言う。
時切丸の中には元々、神話時代の霊が封じ込められているが、その霊が時折、思いの強すぎる霊魂を呼び出し、その思いを叶えて、魂を解放しているのではないか。時切丸に惹かれて肉体から乖離した三姫の霊魂は、穂月と向かい合い、無事同盟を結べて思いを果たし、彷徨い出づることがなくなったのではないか、と。
「そなたもまた、えらく遠いところから来たようじゃ。わしらの企みが上手くいかなかったのも、地下から逃げおおせたのも、そなたに時を超えた霊魂が宿っていたからと思えば合点がゆく」
達磨法師がしみじみと私を見て言った。
「輪廻、…魂の巡りとは誠、不思議なものよ」
達磨法師は三姫にうち破られ魂を共鳴させて同盟を結んだ一件で、すっかり心を入れ替えたらしい。これからは魂の救済に尽力すると誓い、差し当たっては自分の風術で破壊した寺の再建に奔走していた。
「…ん?」
月明かりに浮かぶ穂月の横顔を見上げていたら、穂月が気づいて軽く唇を寄せてきた。顔を傾けた斜め45度の穂月の顎のラインは、最高にかっこいい。などと思っている場合ではない。
家督を継いだ穂月は、志田藩の立て直しや同盟国との交渉など、日々を忙殺されている。その傍らには穂月の義弟である閏月様がいつも付き従っている。閏月様は穂月と同い年らしい。お方様の身分が低く、ぞんざいに扱われていたが、穂月のことは慕っている。閏月様は武術は苦手だが頭脳明晰でとても勘が良く、軍師としての才を早くから穂月様に買われていた、と鷹朋さんが教えてくれた。
私はマキちゃんと志田城の女中部屋に戻り、女中仕事をしながら、夜は穂月の部屋に忍び込んでいるという状態なんだけど。
穂月は状況が整い次第、閏月様にお城の全てを譲って、城を出るつもりだと言っていた。
ただ一人の妻として私を娶るために。
だから多分。
もうここで私が見届けるべきことは終わったんだと思う。タイムリミットなんだと思う。
「うん、…」
志田城にある穂月の部屋から渡り廊下に出ると、広いお城の中庭と空が見渡せる。穂月の隣で見る月は、大きくて不思議で神秘的で。眺めていると、宇宙と時間と自分の存在が、不鮮明に思えてくる。
今。ここに。この場所はあるのか。
本当に。私は。存在しているのか。
意識が。魂が。肉体が。本当はどこにあるのか。
「…なよ竹のかぐや姫、か」
穂月が少し寂しそうにつぶやいて私の肩を抱き寄せた。
穂月の腕の温もりを確かに感じられる。
だけど本当の私は、恐らくここにはいない。
魂の帰還期限が近づいているのを感じていた。
『なえ、…――――――』
頭の後ろの方で私を呼ぶ穂月の声が聞こえる。
『穂月様は妾の手を取り、心から謝罪して下さいました。つらい思いをさせてすまなかった、と』
海沿いにあるという同盟藩に渡る前、三姫が秘かに打ち明けてくれた。
『妾はそれで十分じゃ』
どうやら、件の一夜は、『夜は娼婦』の勢いが出ることはなかったらしい。けれど、穂月と向き合えたことで三姫のこれまでの鬱屈した思いは全て浄化され、三姫が実体ごと浮遊したり飲んだくれたりすることはなくなったらしい。なくなったというか、出来なくなったというか。
そもそも、『在処離』という現象は、時切丸がもたらしたのではないかと達磨法師は言う。
時切丸の中には元々、神話時代の霊が封じ込められているが、その霊が時折、思いの強すぎる霊魂を呼び出し、その思いを叶えて、魂を解放しているのではないか。時切丸に惹かれて肉体から乖離した三姫の霊魂は、穂月と向かい合い、無事同盟を結べて思いを果たし、彷徨い出づることがなくなったのではないか、と。
「そなたもまた、えらく遠いところから来たようじゃ。わしらの企みが上手くいかなかったのも、地下から逃げおおせたのも、そなたに時を超えた霊魂が宿っていたからと思えば合点がゆく」
達磨法師がしみじみと私を見て言った。
「輪廻、…魂の巡りとは誠、不思議なものよ」
達磨法師は三姫にうち破られ魂を共鳴させて同盟を結んだ一件で、すっかり心を入れ替えたらしい。これからは魂の救済に尽力すると誓い、差し当たっては自分の風術で破壊した寺の再建に奔走していた。
「…ん?」
月明かりに浮かぶ穂月の横顔を見上げていたら、穂月が気づいて軽く唇を寄せてきた。顔を傾けた斜め45度の穂月の顎のラインは、最高にかっこいい。などと思っている場合ではない。
家督を継いだ穂月は、志田藩の立て直しや同盟国との交渉など、日々を忙殺されている。その傍らには穂月の義弟である閏月様がいつも付き従っている。閏月様は穂月と同い年らしい。お方様の身分が低く、ぞんざいに扱われていたが、穂月のことは慕っている。閏月様は武術は苦手だが頭脳明晰でとても勘が良く、軍師としての才を早くから穂月様に買われていた、と鷹朋さんが教えてくれた。
私はマキちゃんと志田城の女中部屋に戻り、女中仕事をしながら、夜は穂月の部屋に忍び込んでいるという状態なんだけど。
穂月は状況が整い次第、閏月様にお城の全てを譲って、城を出るつもりだと言っていた。
ただ一人の妻として私を娶るために。
だから多分。
もうここで私が見届けるべきことは終わったんだと思う。タイムリミットなんだと思う。
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