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凄く凄く優しい匂いと音に意識が浮上する。
 目蓋を開ければ、清潔な布団の上。いや、布団ではないな。…高い。随分とハイカラで、てれびで見たお金持ちの邸宅みたい。

「目が覚めましたか?」

 そこにいたのはヒトなのか、妖なのか。
 銀色の長い髪の綺麗な何者か。雰囲気が九尾の狐のお姉さんに似ている。

「えっと…?」

「私はこの騎士団の治癒術士をしています、クリィマと申します。貴方は守りの厚いこの騎士団のど真ん中、団長の執務室の中に倒れていました。身体中穴だらけで。覚えていますか?」

「…くませんせい?」

「ふふ。申し訳ありません。目覚めて直ぐに矢継ぎ早過ぎましたね。もう少し眠ってください。起きたら、貴方のお名前を教えてくださいね?」

「…はい。」

 起きて直ぐなのに、くま先生に眉間を指で撫でられるとふわりと身体から力が抜けて、ふかふかな枕に頭を預けた。




 次に目を覚ました時はまた、違う人が目の前にいた。
 この人も何者なのかわからない見た目をしている。
 体格は父みたいに大きくて、頭には二本の立派な角。父のように真上に伸びているのではなく、途中でくねりと曲がっていて、肌の色も青とか赤じゃなくてヒトより濃いめの褐色だ。

「おう。起きたか。身体はどうだ?」

 そう言われて思い出す、あの散弾銃で撃たれたのだ。かなり痛かった。それなのに毛布を剥がして確認すれば、ケロイド状の痕があるだけなのはおかしい。

「申し訳ありません。綺麗な肌に痕が残ってしまいましたね…」

 指で痕を確認すればかけられる言葉に思わずそちらへ視線を向ける。

「…くませんせい?」

「ぶはッ!」

 熊って柄かよ、と笑っている大柄な人とくま先生。

「あの、治してくれてありがとうございます。」

「いえ、自己治癒が始まっていましたから、私は治癒術を上掛けしただけです。」

「たぶん、僕の身体の治癒の力だけでは間に合わなかったと思います。一度に沢山出血しましたから。えと、それで、ここはどこでしょうか?」

 何故こんなところにいるのだろう。
 匂いや音からここが僕が住んでいた隠れ里付近ではないことはわかる。それに、ここが日本の都会と呼ばれるところじゃないということもわかる。てれびで見た景色や雰囲気とは全然違うからだ。

「その前に、こちらも聞きたい事がある。」

 団長が椅子を引きずり、僕の枕元に座る。

「お前の種族は何だ?」

「、その前に名前でしょう!」

 二人の掛け合いが面白くて、つい笑みが溢れる。
 途端に、笑ってんなよと指でおでこをつつかれる。

「名前はつむぎです。種族は…あの、こちらに妖怪とか、妖とかって言われるものはいますか?」

「ツムギだな。俺はここの騎士団長をしてるグランだ。ちなみに魔族。」

「先程名乗りましたが、私は治癒術士のクリィマです。精霊族です。ツムギ君にならくま先生と呼ばれても良いですよ。それと、ツムギ君の種族は聞いたことがないですねぇ…」

「ではバケモノや、火や水を出す妖術を使う者はいますか?ヒトは?」

「妖術というのはわからんが、魔法で火や水は出せる。魔族は魔法に特化した者たちだ。…バケモノというのは、差別的な言葉だから好きではないな。人族も少数はいるが、保護されているから中々会うことはない。」

 やはり日本ではないのか。それに魔族や精霊族というのは良くわからないが、ヒトでない者がこんなに堂々と暮らしているなんて。

「ツムギ君、貴方は身体中穴だらけで団長の部屋に倒れていました。何があったのか話せますか?」

 そこで僕は二人にこれまであったことをぽつりぽつりと話した。
 隠れ里に同じような種族だけで暮らしていたこと。
 隠れ里近くの村人たちはみんな友好的で不自由なく暮らしてきたこと。
 人口の殆どがヒトで、一部のヒトたちに僕たちは妖怪、妖、バケモノと呼ばれていたこと。
 たまたま鉢合わせて獣用の散弾銃というもので撃たれた拍子に此方に来たのではないかと思っているということ。

「不自由なく暮らせてなくね?胸糞わりぃ。」

「うーん…僕には不自由はなくて、楽しく暮らしていましたよ。」

「まぁ、帰れる手立てはないし、ここにいろよ。」

「こんな飢えた獣だらけの無法地帯に放り込むなんて危険ですよ。見た目は精霊族に近いですし私の実家へ連れていきます!」

「いや、まあ、ぶっちゃけ俺が離れたくねぇんだよな。」

 わなわなと震えるくま先生。

「くま先生?」

「そんなことだろうと思いましたよ!眠っているツムギ君を見に来すぎでしたし!ツムギ君、この男は貴方を性的に狙っています!気を付けてください。」

「性的にってか、身も心も求めちまってんだよなぁ。ツムギは何か感じないか?」

「…団長さんは、すごくいい匂い…?」

 団長さんの瞳がぎらりと光った気がする。
 外せない視線にくま先生は無理矢理身体を捩じ込み、僕の肩を掴む。

「ツムギ君、危ないです。」

「…?」

「貞操の危機です。」

「…無同意で貞操の危機を感じたら、相手のイチモツを凍らせてバリンと割るように両親から言い聞かせられています。」

「…は?」

「ぶふっ…ツムギ君それ最高です。それは魔法ではなくツムギ君の妖術というもので?」

「はい。僕の父は鬼といって、団長さんみたいに大きくて力が強い種族です。ただ、僕が継いだのはヒトより強い力とこの小さな角だけです。僕は父よりも雪女である母の性質をより濃く受け継いでいて、見た目も母に似ていますし、吐息で凍らせる事が出来ます。ですがそれも母の半分程の力で…困った時は眼球かイチモツを凍らせてバリンを狙えと…」

「そうか。だが、同意なら良いんだよな?」

「…?はい。同意なら。」

「何か伴侶に求める条件とかあるか?」

「寿命です。」

 これは即答だ。好きな人を見送った後も生きなきゃいけないのは辛いと思う。

「長命な種族なのか?」

「…そこそこ?僕はハーフなのでそこも微妙なのですが母寄りなのを加味して、あと700年ほどは生きなければいけないかと。」

「何だか言い方が悲しいな。俺はかなりの長命だぞ?お前の事も看取ってやる。安心して死なせてやる事ができる優良物件だ。」

 その言葉にぽろりと涙が頬を伝う。

「団長!何泣かせてるんですか…!」

 くま先生は怒っているけど、僕は悲しくなくて、嬉しくてぶんぶんと首を振る。
 団長は僕の涙を大きくて長い指で拭うと、優しく笑う。

「ちなみに伴侶は生涯ひとりを愛し抜く。あとしつこいから長い寿命をかけて口説き落としていく予定だから覚悟しろ。」

「…ふふっ」

「なぁに笑ったんだよ。」

 ぐりぐりと頭を乱暴に撫でられ、その手が角を捉える。

「ちっさくて可愛い角だな。」

「くふふ。くすぐったい。あのね、今まで仲良くなったヒトたちが年老いてくのを見守って、見送って。仲間たちも隠れ里からさらに深いところへ逃げていくのを見送って。さみしかった。だから、同じくらいの、僕よりも長い寿命の団長さんに会えて嬉しい。」






「いや、イチャついてますけど、ここにいるのはみんな長命でしょうが。聞いてます?聞いてませんね?おーい。ツムギ君、くま先生も同じくらいの寿命ですよー。私の伴侶もそれくらいだし、なんならこの騎士団は長命種が多いですよー。」


 涙が出て返事が出来なかったけど、くま先生の言葉に更に嬉しくなった。
 


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