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いち
しおりを挟む僕の故郷である日本のとある田舎の奥の奥。
そこにはヒトではない、妖の隠れ里がある。
田舎だけあって近くの人間の村人たちは僕たちを見ても見てみぬふりをしてくれる人がほとんどで。中には仲良くしてくれるような村人なんかもいて、お互い干渉し過ぎずに、ただ穏やかに暮らしていた。
らぶらぶな僕の両親が二人で母の故郷である雪山に遊びに行って50年ほど帰らぬ今では、妖のものたちだけではなく、人の村でも可愛がってもらっていた自覚がある。
鬼の父と雪女の母。異形のものが多いここで僕は限りなく人型に近い。ただ、母譲りの真っ白な肌とちょこりと髪から少しだけ飛び出た2本の角がヒトであらざる者だと表している。
「おはよー!」
そう声をかければ何処からともなく「おはよう」「げんき?」と返ってくる。
最近じゃ妖の仲間たちは滅多な事でもなければ姿を現さない。数も減ったし少なくなった自然に身を隠すように、散り散りになって暮らしている。父と母は元気でいるだろうか。あの2人はとっても強いが、父はヒトを驚かすのが大好きな鬼だったから…ヒトに迷惑をかけてなければ良いけれど。
僕は道なき道を慣れた足取りでスルスルと進み、服装を確認して、髪を整えて帽子を被る。昔とは様式の変わりつつある民家は昔から縁側が開け放してあって、大根や干し柿が吊るされている。
やっと慣れてきた靴を脱いで、今すぐ脱ぎたい靴下のまま歩みを進める。
ススッと襖を引けば一組の布団へ横になる旧友。
「力雄おはよう!調子はどう?」
「おお!鬼っこかぁ、久しぶりだなァ。おめーも元気だったか?俺は、この様だ。年には勝てねぇわなァ?」
にひひと笑うその顔は、僕とは違って皺が深く刻まれているけれど、その笑顔は子供の頃から何も変わらない。
「うん。元気だったよ。あまり会いにこれなくてごめんね?」
本当はもっとマメに会いに来たいけど、力雄が一人になることは中々ないのだ。
「おう。お前が元気なら良い。悪いなァ。もう、ここは昔と違う。インターネットっつーもんはこんな田舎でも何でも手に入るようになっちまった。昔はなぁ、その辺走り回ってりゃ楽しかったのになぁ。親父にも、じいさんにもお前らの事頼まれてたのに、情けねぇ。」
「ふふ。時代が変われば暮らしも変わるよ。便利になるなら良いじゃない。現に親父さんもじいさまも、流行りの病で亡くなっちゃったけど、力雄はここで治療も受けれるし、僕は嬉しい。」
ここは医師すら常駐しない辺鄙な村で。病にかかったら村を出るか、ここで死ぬかしか選択肢がないようなところだった。それがこうして家にいながら薬は届くし面倒を見てくれる人も来てくれるようになった。それは村人にとったらとても喜ばしいことだと思う。
「便利は便利だけどよ、俺はお前と枝振り回して、蛙捕まえて、腹へったら柿もいで食って…そんな生活が一番楽しかったなぁ。俺は独り身で子も孫もいないから、今になって思い出すのはお前ら妖と村の子供らで日が暮れるまで走り回った思い出ばかりだ。」
うん。楽しかったなぁ。じいさまたちの世代からしたら力雄の子どもの頃もひどく恵まれていたけれど、今のヒトの生活は恵まれ過ぎていて、心が籠っていなくて。僕たちの事は面白おかしく語られるばかりだ。
「鬼っ子、俺はもうそろそろ逝くからよ。」
「…うん。」
「ここは元々兄貴が継いだ土地だから、俺の甥が継ぐことになる。更地にしてソーラーパネルだとよ。都会に住んでて管理が出来ねぇから売るんだと。だから、もうここには来るな。村に降りるな。わかったな?」
「…うん。僕もあと、数百年したらそっち行くから。また、チャンバラごっこしよう。一回も勝てなかったけど、腕を磨いておくからね。」
「…悪いなぁ。また見送らせて。泣くんじゃねぇぞ。もう慰めてやれないんだからなァ。」
「泣かないよぉ、大丈夫。力雄ありがとう。ゆっくり休みなね?」
泣かない。大丈夫。見送るのはもう慣れた。
力雄の親父さんもじいさまも一緒に見送ってきたんだから。でも、そういえば、一人きりで見送って、その後一人になるのも初めてだなぁと話し疲れて眠る力雄を眺めながら思った。
本当はね、少しさみしいよ。ヒトは直ぐに死んじゃう。直ぐに大人になって、番をみつけて、子孫を残しては死んでいく。僕の初恋はたった68歳ぽっちの子供の頃だったんだけど、笑顔を見るだけでドキドキして、きゅんとして。ちょっともじもじしていたら、相手は年を取っていつの間にか終わっちゃった。
「何をしている!叔父から離れろ!」
ヒトの真似をして、白い布を顔にかけている時だった。やっぱりまだ名残惜しくて、もう一度だけと力雄の様子を見に来たら力雄はひとりで静かに息を引き取っていた。こんなことなら見つかること前提で最後をしっかりと見送っていれば良かった。
頭の中はしくじったな、という気持ちでいっぱい。いつもはこんなことないんだけど、この家も最後かと思うと離れがたくて、動かない力雄相手にぽつりぽつりと思い出話していた。
叔父というからには力雄の甥っ子なんだろう。
しれっと微笑んで逃げようと視線を逸らせばその顔には怒りが滲む。
「ッ、お前だな!父から聞いたことがある、この村には人ならざらぬ者が来ると!気持ち悪い!この化け物が!!」
大丈夫。化け物なんて言われ慣れてる。
力雄の兄にもそれ以外にもやっぱり受け入れられないヒトたちは沢山いたし。
「殺して、テレビ局にでも持ち込んでやる!」
彼の手には力雄の散弾銃。えー、それ資格が必要って言ってたのにな…
痛いと熱いが同時に来る。こんなに痛いのは初めてだ。よりによって力雄の亡骸の前でなんて。
ムムムと苛ついて、凍らせてしまおうかと思ったけど、僕たち妖は人に妖術を使わないように誓い合って今の生活がある。睨み付けるだけにして、いつの間にか意識を失った。
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