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24:火種
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翌日は朝からずっと、とても忙しい日を過ごすこととなった。
昨日の晩餐の様子を見たことで、日和見主義を決め込んでいた北部の細かな将軍やその領主が、こぞって私の住む離れの屋敷に訪ねて来たのだ。
応対しているロザムンデの話では玄関先が軽い行列になっていて、それを聞いて私は途中から薄いお茶を出すのさえ止めた。どんなに薄かろうが量を出せばお茶の葉が減る。
それにお湯を沸かす燃料代も馬鹿にならないものね。
部屋に通して話を聞くと彼らは口々にネリウス将軍の指示で~と言い訳をした。
このような主体性のない者が、一領主を名乗るなんてと思わないでもないが、大勢力に付き従う事は祖国のライヘンベルガー王国の貴族でも往々にしてあった事を思い出し、仕方がないかと納得した。
今回の件で南部に加えて北部の大半が通行税無しとなった。西部は昨日の今日で意見が変わる訳もなく残念だが、こうなると時間の問題だろうと思う。
こうして私は東部のネリウス将軍を上回る大半からの支持を得ることが出来た。
まぁ自力ではなくてヘクトールの態度のお陰と言うのが残念かしらね。
それにしてもヘクトールは一体どういうつもりなのだろうか?
ネリウス将軍は片腕と称されるほどに戦上手で、信頼できる相手だったはずだ。だからヘクトールはその娘のリブッサを邪険に扱うことが出来なかったのに……
相変わらず私の事は子供だと言って抱かない癖に、なぜか急に皇妃扱いしはじめてリブッサを退けた。
いいえ逆かしら。リブッサを退ける為に私を皇妃扱いする必要があったと言うのはどうかしら。う~ん、だったらその目論見はなにかしら?
駄目だ、何度考えても国が割れる可能性しか思い浮かばないわ。
これで終わりですと聞いてから一時間。日が落ち始める頃にまたも別の訪問者がやって来た。
応対に出たロザムンデが戻り訪問者の名を聞くと、
「皇帝陛下がお見えです」と返ってくる。
「その台詞、昨日も聞いたわ」
私がうんざり声でそう答えると、
「本当にお見えなのですから仕方がないではないですか……」
彼女も不満げに口を尖らせて返してきた。
「分かったわリビングに通して頂戴」
「畏まりました」
ヘクトールはまたも単身でリビングに入って来た─もちろん屋敷の外には兵を配置しているだろうが─。
「こんばんはヘクトール様、本日は如何なさいましたか?」
「一つ聞いて良いだろうか?」
彼は椅子に座りもせず、立ったままで話し始めた。
「ええ構いませんわ。私が答えられることなら良いのですが」
「なぜレティーツィアはこの屋敷に住んでいるのだ?」
その質問には流石に怒りが込み上げてくる。私がここに居る理由を知らないと言うのは、明らかに無責任ではなかろうか?
「……答えたくありません」
「やはりお前も俺が関係していると言うのだな」
「その口ぶりですと、私より前にどなたかにお聞きになったのですね」
「ラースに聞いた。あいつは『自分が言うのは筋違いなので申せません』と言った。だからお前に直接聞きに来たのだ」
「私はお飾りの皇妃ですから城に住む資格はございません。そう言う訳で私はこちらに移り住んだのです」
「お前をそう言って追い出した奴が居たと言う事だな」
その声色から感じるのは怒りだろうか?
怒りを他人に向けられると言う事は、どうやらヘクトールはその発端が自分の発言だとは思っていない様だわ。
「ここで従者を捨て、貧しい暮らしをしているのもすべてそいつらの所為か?」
「それを聞いてどうされますか?」
「俺はすべてを元通りにしたいと思っている。だから貴女にも城に戻って欲しい」
「残念ですが戻る理由がございません」
「俺の命令でもか」
「命令でしたら戻ります。ですが命令などで、私の心まで思い通りになるとは思わないでください」
「どうしたら許してくれる」
「ヘクトール様は勘違いしておられます。
私は最初から謝罪など求めておりませんわ」
「は、はははっ、つまり俺には謝罪をさせる価値もないと言う事か……
レティーツィア、貴女は出会った頃からまったく変わらないのだな」
「いいえ変わっておりますよ」
だが何が変わったかなんて教えるつもりは無い。
「外見はとても美しくなったが、その心の気高さは一向に変わらぬよ。
自己満足だが済まなかったと詫びさせてくれ」
言い終えるとヘクトールはさっさと屋敷から出て行った。
翌日の昼になると宰相のラースが訪ねて来て、屋敷の使用料の取り消しと私への生活費が前の通りに戻った事が告げられた。
思い出すのは昨日のヘクトールの発言だ。
間違いなく彼が手を回したのだろう。
そしてそれらを戻したと言う事は……
「まさかタダで戻ったなんて言わないわよね?」
「ええ。ネリウス将軍派に属する数人が、昨夜に皇妃様への侮辱罪と税の横領の罪により投獄されました」
「つまり彼らが私へ支払うはずのお金を不当に奪っていたと言う筋書きかしら?」
「そうなりますな」
誰も罰せられない事はあり得ないから、対外的な話はその様な扱いとなるらしい。
真の当事者であるネリウス将軍とリブッサが裁かれないのは、きっと証拠が無かったのだろうと推測するが……
しかしこれは、
「ネリウス将軍は黙っていないのではなくて?」
「ええ。昨夜以降、城で将軍の姿を見た者はおりません。夜に門が開いたと言う話も聞いておりますので多分……
また朝に掃除をした使用人によりますと、ネリウス将軍以外にも将軍と親しい者たちの姿がみえない様ですね」
「全員とは言わないけれど東部に行ったと考えるのが自然ね」
「残念ですがそうでしょうな。
今後の火種になりうるので、わたしは逃がしたくは無かったのですがねぇ」
ネリウス将軍らには罪状が無いので関所で止める事は出来ず、つまり彼らは東部に無事に辿り着くこととなる。
火種は燻るばかりね。
東部と北部の一部の将軍が不在のまま一ヶ月が過ぎた。
商人のエルミーラの情報によれば、最近は武器や防具、それに矢や油などを買い集めているらしい。
いずれ私が当事者の一人になるのだと思えば、『物騒な話ね』なんて呑気に言ってもいられない。
「近日中に内乱が起きるのね」
「ええ十中八九起きますよ」
ヘクトールやラースは私よりも耳が早いだろうからとっくに気づいているだろう。
きっと今事は中央部でも軍備の増強や食糧の確保を始めているはずだ。
また値段が上がるのね。
戦の為に食糧を買い集めれば品薄になるから値が上がる。そのしわ寄せは立場の弱い者へ流れていく。つまり修道院だ。
私が返して貰った生活費を回して貰っても良いが、そんなのは一時的な話だしすべてに分配できるほどの額がある訳でも無いので焼け石に水であろう。
はぁ……
こうならないために南部に道を引かせて、マイファルト王国にも口を利いたと言うのに、何ともままならないわ。
昨日の晩餐の様子を見たことで、日和見主義を決め込んでいた北部の細かな将軍やその領主が、こぞって私の住む離れの屋敷に訪ねて来たのだ。
応対しているロザムンデの話では玄関先が軽い行列になっていて、それを聞いて私は途中から薄いお茶を出すのさえ止めた。どんなに薄かろうが量を出せばお茶の葉が減る。
それにお湯を沸かす燃料代も馬鹿にならないものね。
部屋に通して話を聞くと彼らは口々にネリウス将軍の指示で~と言い訳をした。
このような主体性のない者が、一領主を名乗るなんてと思わないでもないが、大勢力に付き従う事は祖国のライヘンベルガー王国の貴族でも往々にしてあった事を思い出し、仕方がないかと納得した。
今回の件で南部に加えて北部の大半が通行税無しとなった。西部は昨日の今日で意見が変わる訳もなく残念だが、こうなると時間の問題だろうと思う。
こうして私は東部のネリウス将軍を上回る大半からの支持を得ることが出来た。
まぁ自力ではなくてヘクトールの態度のお陰と言うのが残念かしらね。
それにしてもヘクトールは一体どういうつもりなのだろうか?
ネリウス将軍は片腕と称されるほどに戦上手で、信頼できる相手だったはずだ。だからヘクトールはその娘のリブッサを邪険に扱うことが出来なかったのに……
相変わらず私の事は子供だと言って抱かない癖に、なぜか急に皇妃扱いしはじめてリブッサを退けた。
いいえ逆かしら。リブッサを退ける為に私を皇妃扱いする必要があったと言うのはどうかしら。う~ん、だったらその目論見はなにかしら?
駄目だ、何度考えても国が割れる可能性しか思い浮かばないわ。
これで終わりですと聞いてから一時間。日が落ち始める頃にまたも別の訪問者がやって来た。
応対に出たロザムンデが戻り訪問者の名を聞くと、
「皇帝陛下がお見えです」と返ってくる。
「その台詞、昨日も聞いたわ」
私がうんざり声でそう答えると、
「本当にお見えなのですから仕方がないではないですか……」
彼女も不満げに口を尖らせて返してきた。
「分かったわリビングに通して頂戴」
「畏まりました」
ヘクトールはまたも単身でリビングに入って来た─もちろん屋敷の外には兵を配置しているだろうが─。
「こんばんはヘクトール様、本日は如何なさいましたか?」
「一つ聞いて良いだろうか?」
彼は椅子に座りもせず、立ったままで話し始めた。
「ええ構いませんわ。私が答えられることなら良いのですが」
「なぜレティーツィアはこの屋敷に住んでいるのだ?」
その質問には流石に怒りが込み上げてくる。私がここに居る理由を知らないと言うのは、明らかに無責任ではなかろうか?
「……答えたくありません」
「やはりお前も俺が関係していると言うのだな」
「その口ぶりですと、私より前にどなたかにお聞きになったのですね」
「ラースに聞いた。あいつは『自分が言うのは筋違いなので申せません』と言った。だからお前に直接聞きに来たのだ」
「私はお飾りの皇妃ですから城に住む資格はございません。そう言う訳で私はこちらに移り住んだのです」
「お前をそう言って追い出した奴が居たと言う事だな」
その声色から感じるのは怒りだろうか?
怒りを他人に向けられると言う事は、どうやらヘクトールはその発端が自分の発言だとは思っていない様だわ。
「ここで従者を捨て、貧しい暮らしをしているのもすべてそいつらの所為か?」
「それを聞いてどうされますか?」
「俺はすべてを元通りにしたいと思っている。だから貴女にも城に戻って欲しい」
「残念ですが戻る理由がございません」
「俺の命令でもか」
「命令でしたら戻ります。ですが命令などで、私の心まで思い通りになるとは思わないでください」
「どうしたら許してくれる」
「ヘクトール様は勘違いしておられます。
私は最初から謝罪など求めておりませんわ」
「は、はははっ、つまり俺には謝罪をさせる価値もないと言う事か……
レティーツィア、貴女は出会った頃からまったく変わらないのだな」
「いいえ変わっておりますよ」
だが何が変わったかなんて教えるつもりは無い。
「外見はとても美しくなったが、その心の気高さは一向に変わらぬよ。
自己満足だが済まなかったと詫びさせてくれ」
言い終えるとヘクトールはさっさと屋敷から出て行った。
翌日の昼になると宰相のラースが訪ねて来て、屋敷の使用料の取り消しと私への生活費が前の通りに戻った事が告げられた。
思い出すのは昨日のヘクトールの発言だ。
間違いなく彼が手を回したのだろう。
そしてそれらを戻したと言う事は……
「まさかタダで戻ったなんて言わないわよね?」
「ええ。ネリウス将軍派に属する数人が、昨夜に皇妃様への侮辱罪と税の横領の罪により投獄されました」
「つまり彼らが私へ支払うはずのお金を不当に奪っていたと言う筋書きかしら?」
「そうなりますな」
誰も罰せられない事はあり得ないから、対外的な話はその様な扱いとなるらしい。
真の当事者であるネリウス将軍とリブッサが裁かれないのは、きっと証拠が無かったのだろうと推測するが……
しかしこれは、
「ネリウス将軍は黙っていないのではなくて?」
「ええ。昨夜以降、城で将軍の姿を見た者はおりません。夜に門が開いたと言う話も聞いておりますので多分……
また朝に掃除をした使用人によりますと、ネリウス将軍以外にも将軍と親しい者たちの姿がみえない様ですね」
「全員とは言わないけれど東部に行ったと考えるのが自然ね」
「残念ですがそうでしょうな。
今後の火種になりうるので、わたしは逃がしたくは無かったのですがねぇ」
ネリウス将軍らには罪状が無いので関所で止める事は出来ず、つまり彼らは東部に無事に辿り着くこととなる。
火種は燻るばかりね。
東部と北部の一部の将軍が不在のまま一ヶ月が過ぎた。
商人のエルミーラの情報によれば、最近は武器や防具、それに矢や油などを買い集めているらしい。
いずれ私が当事者の一人になるのだと思えば、『物騒な話ね』なんて呑気に言ってもいられない。
「近日中に内乱が起きるのね」
「ええ十中八九起きますよ」
ヘクトールやラースは私よりも耳が早いだろうからとっくに気づいているだろう。
きっと今事は中央部でも軍備の増強や食糧の確保を始めているはずだ。
また値段が上がるのね。
戦の為に食糧を買い集めれば品薄になるから値が上がる。そのしわ寄せは立場の弱い者へ流れていく。つまり修道院だ。
私が返して貰った生活費を回して貰っても良いが、そんなのは一時的な話だしすべてに分配できるほどの額がある訳でも無いので焼け石に水であろう。
はぁ……
こうならないために南部に道を引かせて、マイファルト王国にも口を利いたと言うのに、何ともままならないわ。
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