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35:ライヘンベルガー式
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内乱の終わった後から、帝城にあった一つの風習が消えた。
私流の言い方をするのならば、『山猿の宴』であろうか?
要するにヘクトールと将軍たちの晩餐が無くなったと言う事だ。
唐突な話で、『今後は皇妃レティーツィアの祖国ライヘンベルガー王国の風習を取り入れる事にする』と当のヘクトールが言い始めた。
ライヘンベルガー王国の風習と言えば、家族で揃ってご飯を食べるという奴だ。そんな訳で、私は帝城の食堂でヘクトールと二人きりで食事を取る事になったらしい。
「おはようございます」
「おはようレティーツィア」
挨拶を交わしてからは食事を取る音だけが聞こえる静かな食卓。
正直に言えば息が詰まる。
しかし私から逃げてやるつもりは無いので、毎食しっかりと食後のお茶まで飲んでから席を立っている。
今日も食器が下がるとテーアがお茶を淹れてくれた。
うん美味しい。
城に来てからは、自腹から解放されているのでお茶の葉をケチる必要は無し、テーアもここに住み始めて随分と経つから、城にいる本物の侍女からお茶の淹れ方や化粧の仕方、それにドレスの着せ方にその修繕方法などと色々と指導を受けている。
最近では侍女見習いくらいの腕前にはなっているんじゃないかしら?
お茶を飲み終えて、「美味しかったわ」と言って席を立ち自室に引き上げる。
ここまでが毎朝の変わらぬ流れだ。
「レティーツィア少し良いか?」
私はその声に眉を顰める。
いつもの変わらぬ流れに、本日は何か余計な濁流が混じったらしい。
しかし振り返るときには笑みを浮かべて、
「どうかなさいましたか?」と返した。
「今日は街に出てみないか?」
「街の視察でしょうか?」
「いやそうではない。ただ俺が貴女と一緒に居たいだけだ」
「あら私と街を歩けば、皇帝陛下が貧相な子供を連れていると言う良からぬ噂が流れますわ。本当によろしいのですか?」
「いいや違うな。皇帝と皇妃が仲良く歩いていた言う微笑ましい噂が流れるはずだ」
どうだかと、逡巡したのは一瞬のこと。
「分かりました準備いたします」
「ああ頼む」
話が終わったようでヘクトールは食堂を出て行った。
私の護衛侍女はロザムンデに、双子のヴィルギニアとシャルロッテが加わって三人になった。お茶は屋敷の頃からの名残りでテーアが淹れているから、彼女たちの仕事は私の身嗜みと護衛。
ちなみに城に住み始めてから生活費はすっかり戻っているのだが、またいつなんどき何が起きるか分からないので、私はドレスや貴金属を買う様な浪費はしていない。
少しは買い足してくださいと、ロザムンデを筆頭に愚痴を言われるが知った事か。
コツコツ貯金あるのみだ!
と言う訳で身嗜みの仕事は無く彼女たち三人は護衛が主な仕事になっている。そしてその護衛も、屋敷なら兎も角、今は城に住んでいるし、おまけに内乱が終わり敵も居なくなったのですっかり暇だ。
そんな訳で彼女たちは側仕えと別室待機と非番の交代制勤務になった。でも別室待機もほぼ出番が無いから非番二人と言ってもいいかしら?
食堂でも一緒に聞いていただろうが改めて言うのも大切だ。部屋に戻るや、
「ヘクトール様から誘われたわ。準備をお願い」
すると今日の当番のヴィルギニアが口を真一文字にして難色を示した。
あ~あ。今日の担当がシャルロッテだったら良かったのに。
煩い順にロザムンデ、ヴィルギニア、シャルロッテなので今日は真ん中だ。
「皇妃様。そろそろドレスを新調して頂きたいのですが?」
「またその話なの?
別に困っていないのだから無くても構わないでしょう」
身長が伸びていた頃は勿体ないで済んだ話だったのだが、私の身長はどうやらここが限界らしく変わらなくなった。
それ以来この手の話題は何度も上がっている。
せめて胸だけでも成長すれば、まだ勿体ないと言えるのに……残念ながら胸の成長も止まったらしい。
「現にいま困っています」
「あら私は困っていないわよ」
「皇妃様がドレスの一つも持っていないのかと嗤われますよ」
「本当の事だから仕方がないわね。好きに笑わせておきましょう」
「他国から賓客が来たらどうなさるのですか!?」
「それは困るわね」
「でしょう、ですからドレスくらいは」
「その時にはエルミーラにお願いして、また熱の出るお薬を買うわね」
「皇妃様~?」
「はいはい時間が無いのよさっさと準備して頂戴」
「分かりました。ですが三日に二度も非番と言うのは心苦しいのです。是非ともご考慮をお願いいたします」
うっ最後の奴が一番堪えたかも……
最近購入した、と言うかさせられたドレス風の衣装を着て、私は城の玄関に向かった。
玄関に降りるとヘクトールは既に待っていた。
「お待たせしましたか?」
「ほんの五分だな」
普通の男ならばそうでもないと言う所をこの人は馬鹿正直に答えてくる。後ろに控える真面目なヴィルギニアは難色を示すが、私は彼のこういう素直な所は嫌いではない。
何も考えていない可能性は、まぁこの際はいいでしょう。
馬車が通ると城の跳ね橋はガラガラと音を立てて再び上がって行った。あれさえ無ければもっと気軽に街に出られると言うのに、忌々しい跳ね橋め!
とか思って睨んでいたら、
「後ろを気にしてどうした?」
「いえ別になんでもございませんわ。それで今日はどちらに?」
「世の男性と言うのは女性にドレスや装飾品を贈るそうだ。
俺もそれに習って見ようかと思ってな」
私の前に座るヴィルギニアの眼がクリリンと輝いた。きっと彼女の中でヘクトールの評価が数段階上がったのではないだろうか?
「それはどうもありがとうございます」
「あまり嬉しそうではないな」
「いいえ嬉しいですよ。ですが私はもう手放しに喜ぶような年齢でもございません」
と言うのはもちろん社交辞令だ。
ドレスなど送って貰っても国庫の無駄にしか思えない。同時にたかがドレスの一着を節約しても意味が無い事も知っている。
だから嬉しくもないし、反対もしないのだ
しばしの間、まるで着せ替え人形の様な気分を味わって、空と同じ色のドレスを買って貰った。
折角買って貰ったのだ。
たまには彼の為に着てあげるくらいの事はしてみようかしら?
それから数日後、商人のエルミーラが訪ねて来た。
身を削って食事を買ったりする必要はもう無いから、彼女から買うのは情報が多い。
「今日は微笑ましくも面白い噂と悪いニュースを持って参りました」
「まさか噂に代金を取るなんて言わないわよね」
「ええ勿論です」
噂はたわいもない話だろうから後回しにして、先に悪いニュースの方を聞いた。
「先日の事ですが、修道院から若い女性が一人消えています」
「どこぞの貴族にでも無理やり連れて行かれたのね」
まことに残念な話だが、若く見てくれが良い女性だと、貴族や商人が身請けと称して本人の意思を無視して勝手に連れ帰ることがしばしばある。
その様に連れて行かれても末路は知れているから、嫌がる娘が多い。
「確かにその可能性も無いとは言えませんが、わたしは別の見解を持っています」
「どういう事?」
「消えた女性は、名をリブッサと言います」
「えっ……」
「リブッサならば連れ去られる容姿には間違いないでしょうが、わたしにはそうは思えませんでした」
「確かにそうね。この話はヘクトール様とラースはご存知かしら?」
「リブッサには監視が付いていたはずですから、恐らくは……」
「なら良いわ」
確かに悪いニュースに違いなかったと溜め息を吐いた。
私のため息の後、エルミーラの口調はすっかりと変わり、
「街では皇帝陛下と皇妃様が仲良くお買い物をしていたと言う噂で持ちきりですよ」
「何を言っているのか分からないわ」
あの日、私の顔にはほとんど笑みが浮かんでいなかったと言うのに、庶民の眼は節穴なのかしらね?
「祖国と違う街並みに緊張する皇妃様に、皇帝陛下が大層お優しく接しておられたそうですね。
美男美女の二人の子供はさぞかし美形であろうと……」
「ちょっとエルミーラ!?
どうせ言うなら最後まで笑わずに言いなさいな」
この男装商人、祖国から戻って距離が縮まって以来遠慮が無くなり、先ほどなど「く、くくくっ」と耐え切れずに笑い始める始末だ。
「失礼しました。
いやぁわたしもお二人の仲睦まじい姿を見たかったですねぇ」
「お断りよ!」
ここに来てからそろそろ二年か……
きっと二年前ならば、『仏頂面の子供の相手をさせられて皇帝陛下がお労しい』とでも流れたことだろう。
二年前に比べて私の評価がとても上がったのだなと実感できたけどね?
しかしこの噂は赤面ものだわ!
私流の言い方をするのならば、『山猿の宴』であろうか?
要するにヘクトールと将軍たちの晩餐が無くなったと言う事だ。
唐突な話で、『今後は皇妃レティーツィアの祖国ライヘンベルガー王国の風習を取り入れる事にする』と当のヘクトールが言い始めた。
ライヘンベルガー王国の風習と言えば、家族で揃ってご飯を食べるという奴だ。そんな訳で、私は帝城の食堂でヘクトールと二人きりで食事を取る事になったらしい。
「おはようございます」
「おはようレティーツィア」
挨拶を交わしてからは食事を取る音だけが聞こえる静かな食卓。
正直に言えば息が詰まる。
しかし私から逃げてやるつもりは無いので、毎食しっかりと食後のお茶まで飲んでから席を立っている。
今日も食器が下がるとテーアがお茶を淹れてくれた。
うん美味しい。
城に来てからは、自腹から解放されているのでお茶の葉をケチる必要は無し、テーアもここに住み始めて随分と経つから、城にいる本物の侍女からお茶の淹れ方や化粧の仕方、それにドレスの着せ方にその修繕方法などと色々と指導を受けている。
最近では侍女見習いくらいの腕前にはなっているんじゃないかしら?
お茶を飲み終えて、「美味しかったわ」と言って席を立ち自室に引き上げる。
ここまでが毎朝の変わらぬ流れだ。
「レティーツィア少し良いか?」
私はその声に眉を顰める。
いつもの変わらぬ流れに、本日は何か余計な濁流が混じったらしい。
しかし振り返るときには笑みを浮かべて、
「どうかなさいましたか?」と返した。
「今日は街に出てみないか?」
「街の視察でしょうか?」
「いやそうではない。ただ俺が貴女と一緒に居たいだけだ」
「あら私と街を歩けば、皇帝陛下が貧相な子供を連れていると言う良からぬ噂が流れますわ。本当によろしいのですか?」
「いいや違うな。皇帝と皇妃が仲良く歩いていた言う微笑ましい噂が流れるはずだ」
どうだかと、逡巡したのは一瞬のこと。
「分かりました準備いたします」
「ああ頼む」
話が終わったようでヘクトールは食堂を出て行った。
私の護衛侍女はロザムンデに、双子のヴィルギニアとシャルロッテが加わって三人になった。お茶は屋敷の頃からの名残りでテーアが淹れているから、彼女たちの仕事は私の身嗜みと護衛。
ちなみに城に住み始めてから生活費はすっかり戻っているのだが、またいつなんどき何が起きるか分からないので、私はドレスや貴金属を買う様な浪費はしていない。
少しは買い足してくださいと、ロザムンデを筆頭に愚痴を言われるが知った事か。
コツコツ貯金あるのみだ!
と言う訳で身嗜みの仕事は無く彼女たち三人は護衛が主な仕事になっている。そしてその護衛も、屋敷なら兎も角、今は城に住んでいるし、おまけに内乱が終わり敵も居なくなったのですっかり暇だ。
そんな訳で彼女たちは側仕えと別室待機と非番の交代制勤務になった。でも別室待機もほぼ出番が無いから非番二人と言ってもいいかしら?
食堂でも一緒に聞いていただろうが改めて言うのも大切だ。部屋に戻るや、
「ヘクトール様から誘われたわ。準備をお願い」
すると今日の当番のヴィルギニアが口を真一文字にして難色を示した。
あ~あ。今日の担当がシャルロッテだったら良かったのに。
煩い順にロザムンデ、ヴィルギニア、シャルロッテなので今日は真ん中だ。
「皇妃様。そろそろドレスを新調して頂きたいのですが?」
「またその話なの?
別に困っていないのだから無くても構わないでしょう」
身長が伸びていた頃は勿体ないで済んだ話だったのだが、私の身長はどうやらここが限界らしく変わらなくなった。
それ以来この手の話題は何度も上がっている。
せめて胸だけでも成長すれば、まだ勿体ないと言えるのに……残念ながら胸の成長も止まったらしい。
「現にいま困っています」
「あら私は困っていないわよ」
「皇妃様がドレスの一つも持っていないのかと嗤われますよ」
「本当の事だから仕方がないわね。好きに笑わせておきましょう」
「他国から賓客が来たらどうなさるのですか!?」
「それは困るわね」
「でしょう、ですからドレスくらいは」
「その時にはエルミーラにお願いして、また熱の出るお薬を買うわね」
「皇妃様~?」
「はいはい時間が無いのよさっさと準備して頂戴」
「分かりました。ですが三日に二度も非番と言うのは心苦しいのです。是非ともご考慮をお願いいたします」
うっ最後の奴が一番堪えたかも……
最近購入した、と言うかさせられたドレス風の衣装を着て、私は城の玄関に向かった。
玄関に降りるとヘクトールは既に待っていた。
「お待たせしましたか?」
「ほんの五分だな」
普通の男ならばそうでもないと言う所をこの人は馬鹿正直に答えてくる。後ろに控える真面目なヴィルギニアは難色を示すが、私は彼のこういう素直な所は嫌いではない。
何も考えていない可能性は、まぁこの際はいいでしょう。
馬車が通ると城の跳ね橋はガラガラと音を立てて再び上がって行った。あれさえ無ければもっと気軽に街に出られると言うのに、忌々しい跳ね橋め!
とか思って睨んでいたら、
「後ろを気にしてどうした?」
「いえ別になんでもございませんわ。それで今日はどちらに?」
「世の男性と言うのは女性にドレスや装飾品を贈るそうだ。
俺もそれに習って見ようかと思ってな」
私の前に座るヴィルギニアの眼がクリリンと輝いた。きっと彼女の中でヘクトールの評価が数段階上がったのではないだろうか?
「それはどうもありがとうございます」
「あまり嬉しそうではないな」
「いいえ嬉しいですよ。ですが私はもう手放しに喜ぶような年齢でもございません」
と言うのはもちろん社交辞令だ。
ドレスなど送って貰っても国庫の無駄にしか思えない。同時にたかがドレスの一着を節約しても意味が無い事も知っている。
だから嬉しくもないし、反対もしないのだ
しばしの間、まるで着せ替え人形の様な気分を味わって、空と同じ色のドレスを買って貰った。
折角買って貰ったのだ。
たまには彼の為に着てあげるくらいの事はしてみようかしら?
それから数日後、商人のエルミーラが訪ねて来た。
身を削って食事を買ったりする必要はもう無いから、彼女から買うのは情報が多い。
「今日は微笑ましくも面白い噂と悪いニュースを持って参りました」
「まさか噂に代金を取るなんて言わないわよね」
「ええ勿論です」
噂はたわいもない話だろうから後回しにして、先に悪いニュースの方を聞いた。
「先日の事ですが、修道院から若い女性が一人消えています」
「どこぞの貴族にでも無理やり連れて行かれたのね」
まことに残念な話だが、若く見てくれが良い女性だと、貴族や商人が身請けと称して本人の意思を無視して勝手に連れ帰ることがしばしばある。
その様に連れて行かれても末路は知れているから、嫌がる娘が多い。
「確かにその可能性も無いとは言えませんが、わたしは別の見解を持っています」
「どういう事?」
「消えた女性は、名をリブッサと言います」
「えっ……」
「リブッサならば連れ去られる容姿には間違いないでしょうが、わたしにはそうは思えませんでした」
「確かにそうね。この話はヘクトール様とラースはご存知かしら?」
「リブッサには監視が付いていたはずですから、恐らくは……」
「なら良いわ」
確かに悪いニュースに違いなかったと溜め息を吐いた。
私のため息の後、エルミーラの口調はすっかりと変わり、
「街では皇帝陛下と皇妃様が仲良くお買い物をしていたと言う噂で持ちきりですよ」
「何を言っているのか分からないわ」
あの日、私の顔にはほとんど笑みが浮かんでいなかったと言うのに、庶民の眼は節穴なのかしらね?
「祖国と違う街並みに緊張する皇妃様に、皇帝陛下が大層お優しく接しておられたそうですね。
美男美女の二人の子供はさぞかし美形であろうと……」
「ちょっとエルミーラ!?
どうせ言うなら最後まで笑わずに言いなさいな」
この男装商人、祖国から戻って距離が縮まって以来遠慮が無くなり、先ほどなど「く、くくくっ」と耐え切れずに笑い始める始末だ。
「失礼しました。
いやぁわたしもお二人の仲睦まじい姿を見たかったですねぇ」
「お断りよ!」
ここに来てからそろそろ二年か……
きっと二年前ならば、『仏頂面の子供の相手をさせられて皇帝陛下がお労しい』とでも流れたことだろう。
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