妻は従業員に含みません

夏菜しの

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33:ヴェパー伯爵領⑤

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 翌朝、借りた侍女に起こされたのはかなり驚いた。
 昔ならいざ知らず、フリードリヒと結婚してからと言うもの、侍女の居る生活を送って来なかったのだから驚くのも当たり前。
 誰が入って来たのって悲鳴を上げそうになったわね。

「おはようございます。
 お風呂の準備が整っております。どうぞお入りくださいませ」
「ああ。ありがとう」
 侍女に促されてフリードリヒが風呂場に向かった。
 フリードリヒが居なくなると侍女はパタパタと動き始めて、スーツケースからフリードリヒの着替えの準備を始める。
 泊まりで貸し出されるほどの侍女だからか手際が良くて感心する。
 そんなことをぼんやりと思っていると、フリードリヒがバスローブ姿で現れた。
「待たせたな」
「いいえ全く……」
 むしろ早すぎでしょ?

 わたしはフリードリヒと入れ替わりお風呂に入った。暖かいお湯につかっていると眠気も取れて頭も冴えてくる。

 さてこれからの予定は~着替えて朝食。
 その後は昨日あまり話が出来なかったアルフォンスに、伯母様たちにご迷惑をお掛けしない様にちゃんと言わないとだわ。
 それから馬車に揺られて、また船に乗り換えて~
 せめてあと一日ここに居られれば楽なのに、ハァままならないわね。

 お風呂から上がるとフリードリヒの姿が無い。
「あらフリードリヒ様は?」
「もう着替えを終えられてお隣の客室でお待ちですよ」
 わたしはこれから有に三十分は掛かるに違いないってのに、さすがは男性、羨ましいくらいに早いわね。

 化粧台に座ると借り物の侍女が髪を丁寧に拭いてくれた。彼女の後ろには同じく借り物のドレスが掛けられている。
 普通ならここでどのドレスに~と聞かれるのだが、借りたドレスは二日分、昨日来た物を除外すれば残りは一着だから聞くまでも無い。

「んんっ?」
「どこかおかしかったですか?」
「いえあなたの事じゃなくて、何か大事な事を忘れているような気がして……」
「左様ですか」
 自分の事ではないと言われた侍女はその役目を果たす為に手を動かし始めた。髪を丁寧に結いあげると、刷毛を手に取り化粧の下地を作り始める。
「ああっ思い出したわ!」
「それは良かったです。はい口を閉じてくださいねー」
 侍女の返事はすっかりおなざり。

 うわっ不味い!
 どうしよう……
「あの、お願いがあるのだけど!」
「なんでしょう?」
 わたしの焦りが声に出ていたのか、今度こそ侍女の手はピタリと止まった。
「すぐにフリードリヒ様を呼んで頂戴!」
「まだ身嗜みを終えられていませんがよろしいのですか?」
「緊急事態なの! お願い」
 侍女は不思議そうな顔でフリードリヒの待つ客室へ向かった。こちらは寝室、客室は隣の部屋だからフリードリヒはすぐに来た。
「どうかしたか?」
「実は今日帰る事を伯母様たちに伝えるのを忘れておりました。どうしましょう?」
 昨日は長い長いお説教で始まったから、これ以上火に油を注ぐのは嫌だと後回しにしたのが失敗だった。
 まさか伝え忘れるとは思わなかったわ。
「昼には発たなければらないのだったか」
「はい昼下がりの船便に乗るには、その辺りで精一杯ですわ」
 後ろにもう一便だけあるにはあるが、間に馬車を挟むから、最初からそのつもりでいくのは流石に怖い。
「わかった朝食の席で俺が伝えよう」
 本当はわたしが言うはずだったのだが、フリードリヒが変わって伝えてくれると言ってくれてホッと胸を撫で下ろした。
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