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02:王都
07:王都の夜
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王都に続く最後の町に入ったのは太陽が地平線に掛かり始めた時だった。次が王都なのにここで停まるのは癪よね~と思っていた。フィリベルト様も同じ思いだったのか、町に立ち寄ることなくそのまま馬車を走らせた。
「このままいけばすっかり夜になりませんか?」
「ああその通りだな。しかし次は王都だから心配はない」
夕闇の中に王都が見えてきたとき、私はその心配の意味を知った。
私が育ったクラハト領、そしていま暮らしているシュリンゲンジーフ領の様な田舎と違い。この街は陽が落ちたというのに、いくつもの街灯が煌々と光を放っていた。
その様はまるで昼のよう。
「凄いですね」
「夜の王都は初めてか」
「フフッ当たり前です、夜に出歩く令嬢はいませんもの」
「それもそうか」
馬車を門に入る列に並ばせている間、
「ところでフィリベルト様、王都での滞在先は決まっておいでですか?」
「いいや。軍属のときは士官用の兵舎を借りていたから、生憎屋敷は持っていない」
「ではご実家の方は? 確か伯爵家でいらっしゃいましたよね」
「あるにはあるが、今回の催しは収穫祭だろう?
きっと兄上たちが押し寄せているはずだ。それに俺は父上と爵位が並んでしまったからな、ちょっと帰りにくい気分もある。
俺はこんな感じだが、ベアトリクスの方はどうだ?」
「ペーリヒ侯爵家の屋敷は確かに大きいのですが、きっとそこに私の居場所はないでしょうね」
収穫祭なのはこちらも同じ、ならば母と姉がきっと屋敷を使っているだろう。そこへ妾の子なのに、まんまと伯爵夫人となった私が帰って行けば、ひと悶着起きないわけがない。
「ならば素直に宿をとることにしようか」
「ええそうしましょう。ただし一部屋ですからね」
「やはりそうか……」
「当然ですわ!」
そんなことを話している間に順番が回ってきた。とは言え応対は外にいる護衛の騎士らが行うので、馬車の中の私たちには関係なく、馬車の中に聞こえてくる声をじっと聴いていた。
『英雄シュリンゲンジーフ伯爵閣下でございますね。言付を預かっておりますのであちらでお待ちください。ただちに上官を呼んで参ります』
『分かった』
「何かあったのでしょうか?」
「さあな、しかし後ろめたいことは何もない。堂々としていよう」
「はい」
少し待っていると再び外から話声が聞こえてきた。ただし今度の声は小さくて聞き取れない。
「失礼します。役人が閣下にお話があるそうです」
「聞こう」
すぐに役人は馬車の側にやってきた。
「シュリンゲンジーフ伯爵閣下でいらっしゃいますね。失礼ですが王都での宿はお決まりでしょうか?」
「いいやまだ決まっていない」
「それは良かった。
宰相閣下が、王宮に客室を用意しておられます。どうぞそちらにお泊り下さるようにと言付けを頂戴しております」
「断る言われもない、有難く頂戴しますと宰相閣下にお伝えください」
「畏まりました」
これはきっとヴァルラ姉さまが手を回したに違いないなと確信した。
お借りした王宮の部屋は流石と言わんばかりに豪華だった。
ベッドなんて私なら八人は行けるわ!
「良かった、これだけ広ければ……」
ほっと安堵の息を吐くフィリベルト様。
寝ていると思われているからの安堵の息だろうけれど、実は起きていた私からすれば明らかな失言だ。
「フィリベルト様、今日も仲良く手を繋いで寝ましょうね」
「お、おい。これだけ広いのだ、もっと広く使った方が良いだろう」
「とある街では私は一日に二度も譲歩したと思ったのですが、まさかまた譲歩しろとは仰いませんよね?」
「ぐぅ」
よし勝った!
しかしフィリベルト様は往生際が悪く、
「頬に口づけでどうだ」
「却下します」
「では唇だと?」
「一日なら許可します」
しばし沈黙。どうやら相当悩んでいるっぽい。
まぁこれであちらからキスしてくれるのならば一日くらいは譲ってもいい。だって滞在期間は一週間近くあるのだものね。
待ちくたびれた私は、
「それで、どのようにして頂けるのですか?」
こっちかしらばかりに顎を上げて唇を突き出してみた。
「いや悪かった。これはこのような交渉に使うことではなかった。
すまん、これはお詫びだと思ってくれ」
しかし帰って来たのは予想外の謝罪と、軽く触れるだけのキス。
あまりの事に呆けてしまい、我に返って声が出た。
「ひゃぁ」
「なんて声をだすのだ」
「だ、だってまさかほんとに」
「済まない嫌だったか」
「い、いいえ! とんでもございません。
嬉しすぎて窓を開けて叫びたい気分ですわ!!」
「それは勘弁してくれ」
「ああっ仕舞ったわ。驚きすぎて余韻に浸れませんでした。
申し訳ございませんがもう一度お願いします!」
「それも勘弁してくれ」
むぅ~残念。
しかし大きな一歩を踏み出した気がしたわ。
※
その夜。
「では手を」
すっと目の前に差し出される大きな手。これはこの旅から始まった素敵な行為の合図だ。私は大きな手に自分の手を重ねておき、居住まいを正す。
「フィリベルト様にご相談がございます」
「もはや嫌な予感しかしないが、一応聞こう。なんだろうか」
いい加減学習した様で、フィリベルト様の物言いは少々厳しい。
「朝と夜、つまり起きてからと寝る時に口づけをする習慣を持ちましょう」
これはヴァルラ姉さまに言われたこともあるが、前々から思っていたことでもある。
はぁとため息。
今のはきっと『またなんか言い出したぞ』と言う諦めっぽい感じね。
「念のために理由を聞いてもいいか」
「口づけはとてもよい物です」
満面の笑みを浮かべてそう言うと、しばし沈黙が流れた。
しかし私は笑みを浮かべたまま何も言わない。
するとフィリベルト様がしびれを切らして、
「もしかしてそれだけか?」
「逆に問います、ほかに理由が要りますか」
自信満々に言いきって再び笑みを浮かべてみた。先ほどのお詫びからヒントを得たのだが、フィリベルト様には変に言葉を積み重ねるよりも、この方がきっと効果があると思っての事だ。
さぁどうかな?
「頬で、良いだろうか?」
「では朝は朝食の席で頬、夜は二人きりで唇と言うのは如何でしょう」
「なっ人前でせよと?」
「お嫌ですか? 使用人も仲の良い主人の姿を見て喜びましょう」
もちろん口には出さないが、王宮でも仲が良いと言うアピールして置くに越したことは無いだろうと思っての事だ。
「最近は貴女からの要求がだんだん厳しくなっているように思うのだが……」
「そりゃあ結婚してこっち、もう八ヶ月近くも待たされているのです。
私にはこれくらいの要求をする権利があると思いませんか?」
「朝だ。まずは朝だけにしてくれ。頼む!」
「また私に譲歩を迫るのですね」
「うっすまん」
「ではこういうのはどうでしょうか」
説明よりも実践とばかりに私はフィリベルト様に横になって貰い、素早くその腕の中に潜りこんだ。
つまり腕枕されている状態だ。
もちろん私はフィリベルト様の方を向いてぺたりと抱きつく。逆抱き枕という奴だ。
しかし一瞬でガバッと起きられてしまい。
「ダメだ刺激が強すぎる」
刺激がねぇ、へぇ~
今ので分かった。本当に不能であればその様な発言は無い。つまり私がやってきた誘惑は意味があったと言うことよね。
ふふふっと思わず口から笑いが漏れる。
「何を笑っているのだ?」
「いえ。先ほどのは駄目ですか。でしたら、どうぞ」
顎を上げて唇をツィと上げる。
またしても一瞬だったが、確かに頂きましたっ!
「このままいけばすっかり夜になりませんか?」
「ああその通りだな。しかし次は王都だから心配はない」
夕闇の中に王都が見えてきたとき、私はその心配の意味を知った。
私が育ったクラハト領、そしていま暮らしているシュリンゲンジーフ領の様な田舎と違い。この街は陽が落ちたというのに、いくつもの街灯が煌々と光を放っていた。
その様はまるで昼のよう。
「凄いですね」
「夜の王都は初めてか」
「フフッ当たり前です、夜に出歩く令嬢はいませんもの」
「それもそうか」
馬車を門に入る列に並ばせている間、
「ところでフィリベルト様、王都での滞在先は決まっておいでですか?」
「いいや。軍属のときは士官用の兵舎を借りていたから、生憎屋敷は持っていない」
「ではご実家の方は? 確か伯爵家でいらっしゃいましたよね」
「あるにはあるが、今回の催しは収穫祭だろう?
きっと兄上たちが押し寄せているはずだ。それに俺は父上と爵位が並んでしまったからな、ちょっと帰りにくい気分もある。
俺はこんな感じだが、ベアトリクスの方はどうだ?」
「ペーリヒ侯爵家の屋敷は確かに大きいのですが、きっとそこに私の居場所はないでしょうね」
収穫祭なのはこちらも同じ、ならば母と姉がきっと屋敷を使っているだろう。そこへ妾の子なのに、まんまと伯爵夫人となった私が帰って行けば、ひと悶着起きないわけがない。
「ならば素直に宿をとることにしようか」
「ええそうしましょう。ただし一部屋ですからね」
「やはりそうか……」
「当然ですわ!」
そんなことを話している間に順番が回ってきた。とは言え応対は外にいる護衛の騎士らが行うので、馬車の中の私たちには関係なく、馬車の中に聞こえてくる声をじっと聴いていた。
『英雄シュリンゲンジーフ伯爵閣下でございますね。言付を預かっておりますのであちらでお待ちください。ただちに上官を呼んで参ります』
『分かった』
「何かあったのでしょうか?」
「さあな、しかし後ろめたいことは何もない。堂々としていよう」
「はい」
少し待っていると再び外から話声が聞こえてきた。ただし今度の声は小さくて聞き取れない。
「失礼します。役人が閣下にお話があるそうです」
「聞こう」
すぐに役人は馬車の側にやってきた。
「シュリンゲンジーフ伯爵閣下でいらっしゃいますね。失礼ですが王都での宿はお決まりでしょうか?」
「いいやまだ決まっていない」
「それは良かった。
宰相閣下が、王宮に客室を用意しておられます。どうぞそちらにお泊り下さるようにと言付けを頂戴しております」
「断る言われもない、有難く頂戴しますと宰相閣下にお伝えください」
「畏まりました」
これはきっとヴァルラ姉さまが手を回したに違いないなと確信した。
お借りした王宮の部屋は流石と言わんばかりに豪華だった。
ベッドなんて私なら八人は行けるわ!
「良かった、これだけ広ければ……」
ほっと安堵の息を吐くフィリベルト様。
寝ていると思われているからの安堵の息だろうけれど、実は起きていた私からすれば明らかな失言だ。
「フィリベルト様、今日も仲良く手を繋いで寝ましょうね」
「お、おい。これだけ広いのだ、もっと広く使った方が良いだろう」
「とある街では私は一日に二度も譲歩したと思ったのですが、まさかまた譲歩しろとは仰いませんよね?」
「ぐぅ」
よし勝った!
しかしフィリベルト様は往生際が悪く、
「頬に口づけでどうだ」
「却下します」
「では唇だと?」
「一日なら許可します」
しばし沈黙。どうやら相当悩んでいるっぽい。
まぁこれであちらからキスしてくれるのならば一日くらいは譲ってもいい。だって滞在期間は一週間近くあるのだものね。
待ちくたびれた私は、
「それで、どのようにして頂けるのですか?」
こっちかしらばかりに顎を上げて唇を突き出してみた。
「いや悪かった。これはこのような交渉に使うことではなかった。
すまん、これはお詫びだと思ってくれ」
しかし帰って来たのは予想外の謝罪と、軽く触れるだけのキス。
あまりの事に呆けてしまい、我に返って声が出た。
「ひゃぁ」
「なんて声をだすのだ」
「だ、だってまさかほんとに」
「済まない嫌だったか」
「い、いいえ! とんでもございません。
嬉しすぎて窓を開けて叫びたい気分ですわ!!」
「それは勘弁してくれ」
「ああっ仕舞ったわ。驚きすぎて余韻に浸れませんでした。
申し訳ございませんがもう一度お願いします!」
「それも勘弁してくれ」
むぅ~残念。
しかし大きな一歩を踏み出した気がしたわ。
※
その夜。
「では手を」
すっと目の前に差し出される大きな手。これはこの旅から始まった素敵な行為の合図だ。私は大きな手に自分の手を重ねておき、居住まいを正す。
「フィリベルト様にご相談がございます」
「もはや嫌な予感しかしないが、一応聞こう。なんだろうか」
いい加減学習した様で、フィリベルト様の物言いは少々厳しい。
「朝と夜、つまり起きてからと寝る時に口づけをする習慣を持ちましょう」
これはヴァルラ姉さまに言われたこともあるが、前々から思っていたことでもある。
はぁとため息。
今のはきっと『またなんか言い出したぞ』と言う諦めっぽい感じね。
「念のために理由を聞いてもいいか」
「口づけはとてもよい物です」
満面の笑みを浮かべてそう言うと、しばし沈黙が流れた。
しかし私は笑みを浮かべたまま何も言わない。
するとフィリベルト様がしびれを切らして、
「もしかしてそれだけか?」
「逆に問います、ほかに理由が要りますか」
自信満々に言いきって再び笑みを浮かべてみた。先ほどのお詫びからヒントを得たのだが、フィリベルト様には変に言葉を積み重ねるよりも、この方がきっと効果があると思っての事だ。
さぁどうかな?
「頬で、良いだろうか?」
「では朝は朝食の席で頬、夜は二人きりで唇と言うのは如何でしょう」
「なっ人前でせよと?」
「お嫌ですか? 使用人も仲の良い主人の姿を見て喜びましょう」
もちろん口には出さないが、王宮でも仲が良いと言うアピールして置くに越したことは無いだろうと思っての事だ。
「最近は貴女からの要求がだんだん厳しくなっているように思うのだが……」
「そりゃあ結婚してこっち、もう八ヶ月近くも待たされているのです。
私にはこれくらいの要求をする権利があると思いませんか?」
「朝だ。まずは朝だけにしてくれ。頼む!」
「また私に譲歩を迫るのですね」
「うっすまん」
「ではこういうのはどうでしょうか」
説明よりも実践とばかりに私はフィリベルト様に横になって貰い、素早くその腕の中に潜りこんだ。
つまり腕枕されている状態だ。
もちろん私はフィリベルト様の方を向いてぺたりと抱きつく。逆抱き枕という奴だ。
しかし一瞬でガバッと起きられてしまい。
「ダメだ刺激が強すぎる」
刺激がねぇ、へぇ~
今ので分かった。本当に不能であればその様な発言は無い。つまり私がやってきた誘惑は意味があったと言うことよね。
ふふふっと思わず口から笑いが漏れる。
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「いえ。先ほどのは駄目ですか。でしたら、どうぞ」
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