伯爵閣下の褒賞品

夏菜しの

文字の大きさ
35 / 56
02:王都

07:王都の夜

しおりを挟む
 王都に続く最後の町に入ったのは太陽が地平線に掛かり始めた時だった。次が王都なのにここで停まるのは癪よね~と思っていた。フィリベルト様も同じ思いだったのか、町に立ち寄ることなくそのまま馬車を走らせた。
「このままいけばすっかり夜になりませんか?」
「ああその通りだな。しかし次は王都だから心配はない」
 夕闇の中に王都が見えてきたとき、私はその心配の意味を知った。
 私が育ったクラハト領、そしていま暮らしているシュリンゲンジーフ領の様な田舎と違い。この街は陽が落ちたというのに、いくつもの街灯が煌々と光を放っていた。
 その様はまるで昼のよう。
「凄いですね」
「夜の王都は初めてか」
「フフッ当たり前です、夜に出歩く令嬢はいませんもの」
「それもそうか」

 馬車を門に入る列に並ばせている間、
「ところでフィリベルト様、王都での滞在先は決まっておいでですか?」
「いいや。軍属のときは士官用の兵舎を借りていたから、生憎屋敷は持っていない」
「ではご実家の方は? 確か伯爵家でいらっしゃいましたよね」
「あるにはあるが、今回の催しは収穫祭だろう?
 きっと兄上たちが押し寄せているはずだ。それに俺は父上と爵位が並んでしまったからな、ちょっと帰りにくい気分もある。
 俺はこんな感じだが、ベアトリクスの方はどうだ?」
「ペーリヒ侯爵家の屋敷は確かに大きいのですが、きっとそこに私の居場所はないでしょうね」
 収穫祭なのはこちらも同じ、ならば母と姉がきっと屋敷を使っているだろう。そこへ妾の子なのに、まんまと伯爵夫人となった私が帰って行けば、ひと悶着起きないわけがない。
「ならば素直に宿をとることにしようか」
「ええそうしましょう。ただし一部屋ですからね」
「やはりそうか……」
「当然ですわ!」

 そんなことを話している間に順番が回ってきた。とは言え応対は外にいる護衛の騎士らが行うので、馬車の中の私たちには関係なく、馬車の中に聞こえてくる声をじっと聴いていた。
『英雄シュリンゲンジーフ伯爵閣下でございますね。言付を預かっておりますのであちらでお待ちください。ただちに上官を呼んで参ります』
『分かった』

「何かあったのでしょうか?」
「さあな、しかし後ろめたいことは何もない。堂々としていよう」
「はい」

 少し待っていると再び外から話声が聞こえてきた。ただし今度の声は小さくて聞き取れない。
「失礼します。役人が閣下にお話があるそうです」
「聞こう」
 すぐに役人は馬車の側にやってきた。
「シュリンゲンジーフ伯爵閣下でいらっしゃいますね。失礼ですが王都での宿はお決まりでしょうか?」
「いいやまだ決まっていない」
「それは良かった。
 宰相閣下が、王宮に客室を用意しておられます。どうぞそちらにお泊り下さるようにと言付けを頂戴しております」
「断る言われもない、有難く頂戴しますと宰相閣下にお伝えください」
「畏まりました」
 これはきっとヴァルラ姉さまが手を回したに違いないなと確信した。

 お借りした王宮の部屋は流石と言わんばかりに豪華だった。
 ベッドなんて私なら八人は行けるわ!
「良かった、これだけ広ければ……」
 ほっと安堵の息を吐くフィリベルト様。
 寝ていると思われているからの安堵の息だろうけれど、実は起きていた私からすれば明らかな失言だ。
「フィリベルト様、今日も仲良く手を繋いで寝ましょうね」
「お、おい。これだけ広いのだ、もっと広く使った方が良いだろう」
「とある街では私は一日に二度も譲歩したと思ったのですが、まさかまた譲歩しろとは仰いませんよね?」
「ぐぅ」
 よし勝った!

 しかしフィリベルト様は往生際が悪く、
「頬に口づけでどうだ」
「却下します」
「では唇だと?」
「一日なら許可します」
 しばし沈黙。どうやら相当悩んでいるっぽい。
 まぁこれであちらからキスしてくれるのならば一日くらいは譲ってもいい。だって滞在期間は一週間近くあるのだものね。

 待ちくたびれた私は、
「それで、どのようにして頂けるのですか?」
 こっちかしらばかりに顎を上げて唇を突き出してみた。
「いや悪かった。これはこのような交渉に使うことではなかった。
 すまん、これはお詫び・・・だと思ってくれ」
 しかし帰って来たのは予想外の謝罪と、軽く触れるだけのキス。

 あまりの事に呆けてしまい、我に返って声が出た。
「ひゃぁ」
「なんて声をだすのだ」
「だ、だってまさかほんとに」
「済まない嫌だったか」
「い、いいえ! とんでもございません。
 嬉しすぎて窓を開けて叫びたい気分ですわ!!」
「それは勘弁してくれ」
「ああっ仕舞ったわ。驚きすぎて余韻に浸れませんでした。
 申し訳ございませんがもう一度お願いします!」
「それも勘弁してくれ」
 むぅ~残念。
 しかし大きな一歩を踏み出した気がしたわ。







 その夜。
「では手を」
 すっと目の前に差し出される大きな手。これはこの旅から始まった素敵な行為の合図だ。私は大きな手に自分の手を重ねておき、居住まいを正す。
「フィリベルト様にご相談がございます」
「もはや嫌な予感しかしないが、一応聞こう。なんだろうか」
 いい加減学習した様で、フィリベルト様の物言いは少々厳しい。
「朝と夜、つまり起きてからと寝る時に口づけをする習慣を持ちましょう」
 これはヴァルラ姉さまに言われたこともあるが、前々から思っていたことでもある。

 はぁとため息。
 今のはきっと『またなんか言い出したぞ』と言う諦めっぽい感じね。
「念のために理由を聞いてもいいか」
「口づけはとてもよい物です」
 満面の笑みを浮かべてそう言うと、しばし沈黙が流れた。
 しかし私は笑みを浮かべたまま何も言わない。
 するとフィリベルト様がしびれを切らして、
「もしかしてそれだけか?」
「逆に問います、ほかに理由が要りますか」
 自信満々に言いきって再び笑みを浮かべてみた。先ほどのお詫び・・・からヒントを得たのだが、フィリベルト様には変に言葉を積み重ねるよりも、この方がきっと効果があると思っての事だ。
 さぁどうかな?

「頬で、良いだろうか?」
「では朝は朝食の席で頬、夜は二人きりで唇と言うのは如何でしょう」
「なっ人前でせよと?」
「お嫌ですか? 使用人も仲の良い主人の姿を見て喜びましょう」
 もちろん口には出さないが、王宮ここでも仲が良いと言うアピールして置くに越したことは無いだろうと思っての事だ。

「最近は貴女からの要求がだんだん厳しくなっているように思うのだが……」
「そりゃあ結婚してこっち、もう八ヶ月近くも待たされているのです。
 私にはこれくらいの要求をする権利があると思いませんか?」
「朝だ。まずは朝だけにしてくれ。頼む!」
「また私に譲歩を迫るのですね」
「うっすまん」
「ではこういうのはどうでしょうか」
 説明よりも実践とばかりに私はフィリベルト様に横になって貰い、素早くその腕の中に潜りこんだ。
 つまり腕枕されている状態だ。
 もちろん私はフィリベルト様の方を向いてぺたりと抱きつく。逆抱き枕という奴だ。
 しかし一瞬でガバッと起きられてしまい。
「ダメだ刺激が強すぎる」
 刺激がねぇ、へぇ~
 今ので分かった。本当に不能であればその様な発言は無い。つまり私がやってきた誘惑は意味があったと言うことよね。
 ふふふっと思わず口から笑いが漏れる。
「何を笑っているのだ?」
「いえ。先ほどのは駄目ですか。でしたら、どうぞ」
 顎を上げて唇をツィと上げる。
 またしても一瞬だったが、確かに頂きましたっ!
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

女嫌いな騎士が一目惚れしたのは、給金を貰いすぎだと値下げ交渉に全力な訳ありな使用人のようです

珠宮さくら
恋愛
家族に虐げられ結婚式直前に婚約者を妹に奪われて勘当までされ、目障りだから国からも出て行くように言われたマリーヌ。 その通りにしただけにすぎなかったが、虐げられながらも逞しく生きてきたことが随所に見え隠れしながら、給金をやたらと値下げしようと交渉する謎の頑張りと常識があるようでないズレっぷりを披露しつつ、初対面から気が合う男性の女嫌いなイケメン騎士と婚約して、自分を見つめ直して幸せになっていく。

悪夢から逃れたら前世の夫がおかしい

はなまる
恋愛
ミモザは結婚している。だが夫のライオスには愛人がいてミモザは見向きもされない。それなのに義理母は跡取りを待ち望んでいる。だが息子のライオスはミモザと初夜の一度っきり相手をして後は一切接触して来ない。  義理母はどうにかして跡取りをと考えとんでもないことを思いつく。  それは自分の夫クリスト。ミモザに取ったら義理父を受け入れさせることだった。  こんなの悪夢としか思えない。そんな状況で階段から落ちそうになって前世を思い出す。その時助けてくれた男が前世の夫セルカークだったなんて…  セルカークもとんでもない夫だった。ミモザはとうとうこんな悪夢に立ち向かうことにする。  短編スタートでしたが、思ったより文字数が増えそうです。もうしばらくお付き合い痛手蹴るとすごくうれしいです。最後目でよろしくお願いします。

いつかの空を見る日まで

たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。 ------------ 復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。 悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。 中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。 どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。 (うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります) 他サイトでも掲載しています。

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

崖っぷち令嬢の生き残り術

甘寧
恋愛
「婚約破棄ですか…構いませんよ?子種だけ頂けたらね」 主人公であるリディアは両親亡き後、子爵家当主としてある日、いわく付きの土地を引き継いだ。 その土地に住まう精霊、レウルェに契約という名の呪いをかけられ、三年の内に子供を成さねばならなくなった。 ある満月の夜、契約印の力で発情状態のリディアの前に、不審な男が飛び込んできた。背に腹はかえられないと、リディアは目の前の男に縋りついた。 知らぬ男と一夜を共にしたが、反省はしても後悔はない。 清々しい気持ちで朝を迎えたリディアだったが……契約印が消えてない!? 困惑するリディア。更に困惑する事態が訪れて……

愛する人は、貴方だけ

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。 天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。 公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。 平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。 やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

処理中です...