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第二章 依頼者、休日のゴルフ接待へ連れて行く。
03. 礼儀も、栄養バランスも、女性に優しいものばかりです。
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カランカラーン。
日曜日の朝九時五十分。出入口のドアにかけられた、レトロな木製の鈴が鳴る。
「こんにちはー。料理、もってきました」
この日にレンタルを予約した、池上の到着だ。
彼の手にはレンタル料として、手料理一食分が盛られたプラスチック製のフタ付き紙皿が三皿、重ねておかれたものがある。
「十時に予約した池上さんですね。お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」
ミントがそういって、池上を来客用の椅子に座らせる。
この日の池上のコーディネートは、黄緑をベースとした縦線模様のポロシャツに黒のチノパン、そして灰色のシンプルなスリッポンという、これから若い女性とデートするにしては少し質素というか、かなり落ち着いた所帯持ち男性の様な雰囲気が漂っていた。
「料理は、こんなものでいいですかね?」
「はい。こちらでお預かりしますので、今から数分以内に本日の彼女をお連れ致します」
「わかりました。あ! それと容器、全部消耗品なんで、料理ごと持って帰って下さい」
「あ、よろしいですか? かしこまりました。では、あちらに充電コードとフリーwi-fiを設けていますので、お待ちの間はご自由にご利用下さい」
「はい。ありがとうございます」
と、傍からみれば普通の礼儀正しい男性顧客の返事。この場面だけだと、池上の内面に邪な感情があるようには見えない。
それはともかく、ミントはお得意の笑顔で別室へと手料理を運んでいった。
「クミン。よろしく。これ、容器ごと貰っていいって」
別室の一角には台所が設けられており、その横に小さな冷蔵庫、その上にオーブンレンジ、更に台所の端にはコンロ、そして理科室に置かれている様な機材が幾つも置かれていた。
そこへミントが持ってきた池上の手料理を、ちょうど機材を動かしているクミンへと手渡した。
クミンが「はいはーい」と受け取った所、ミントは次にバックヤードへと向かった。
「おー、レバーとほうれん草の炒めか。でもなんか… くんくん、和風の香りがするなぁ」
と、さっそく機械に通す前に料理皿のフタを開け、中身を確認するクミン。
言葉通りレバーとほうれん草の炒めに、別の皿にはパプリカと小松菜の炒め、そして最後の皿には三、四切れの大根を炒めたものをそのまま白米の上に乗せたものであった。
「炒め物ばっかだねー。まぁいいや、さてと」
クミンはそう肩をすくめながら、それら料理に温度計の長い針の様なものを三本、斜めに深く刺した。そしてその筐体モニターへと目を移し、中の成分を確認する。
「どう? 問題はない?」
ミントがバックヤードから戻ってきて、クミンに声をかける。クミンはモニターを凝視しながらこういった。
「うん。品質や異物混入に明確な異常はないんだけど… 全部の料理に、グルタミン酸と、カツオに含まれている成分が検出されるんだよね。こんな事ってあるんだ?」
「あーなるほど。漂ってくる香りからして、こりゃ全部の炒め物に味の素とめんつゆが使われているな。まだあまり料理に慣れていない人がやりがちな味付けだ」
「えー」
「使われている食材の種類が、ちょっと気になるけど… まぁ、味や食べ合わせに問題はなさそうだし、大丈夫だろう。それじゃ、今から“彼女”を会わせてくるよ」
そういって、バックヤードから顔を出してきた「彼女」を連れて窓口へと戻るミント。
クミンはその間、検査が終わったので再び全ての料理のフタを閉めたのであった。
「お待たせいたしました。こちらが今回の彼女、リサさんです」
「はじめましてー。よろしくお願いします」
窓口では、戻ってきたミントと彼女に、池上が即座に椅子から立ち上がってお辞儀をした。
今回の彼女・リサは、前回のカリンに比べると高身長の落ち着いた黒髪ロングで、白のフェミニンショートスリーブに紺のシルエットパンツという「できるOL」の雰囲気をもった女性だ。ある意味、池上のコーディネートと合いそうなマッチングである。
「はじめまして。失礼ですが、ほ、本当にいらっしゃったんですね!? レンタル彼女」
と、挨拶を返した池上が驚いた表情を浮かべる。ミントは「もちろんですとも」と言わんばかり、笑顔で出入口へと歩いてこういった。
「もう行かれますよね? 同意書に書いてあった通り、デートは二時間までなので、今回は十二時までのご利用となります。終了時は現地解散で構いませんので、どうぞ、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
ミントがそういって出入口のドアを開け、池上とリサを手招きした。
二人はミントに一礼し、早速外へデートをしに去っていったのであった。これで、事務所は再びミントとクミンだけになった。
「ボタンは動いてる?」
「バッチリ。あと、バンブーもさっき家を出たって連絡あった」
「よし!」
別室では成分の検査を終えたクミンが、パソコンと向かい合ってキーボードを打っていた。モニターにはネット検索で見かけるような3Dマップが表示されており、その一ヶ所から小さな赤い丸が点滅しながら移動している。リサの鞄の奥に仕込んであるGPSだ。
ここはミントもクミンの横に立ち、GPSの動きを見ながら顎をしゃくった。
「何かあった時は、すぐにリサさんがボタンを押してSOSを発信する事になってる。ただ人ん家にでも入れられたら、流石のバンブーでも介入は困難だ」
「うん。そうならないことを祈るしかないよね。でもリサさん、結構そういうところ危機管理能力あるから、大丈夫だとは思うけど」
「ん? この点の移動先は…」
と、ここでミントがある事に気が付いた。
池上とリサの位置を表している点は、新宿御苑沿いにある、とある複合施設と思しき場所へ向かっている。ミントが呟いた。
「これって―― ゴルフステーション? なぜそんな所に??」
(つづく)
日曜日の朝九時五十分。出入口のドアにかけられた、レトロな木製の鈴が鳴る。
「こんにちはー。料理、もってきました」
この日にレンタルを予約した、池上の到着だ。
彼の手にはレンタル料として、手料理一食分が盛られたプラスチック製のフタ付き紙皿が三皿、重ねておかれたものがある。
「十時に予約した池上さんですね。お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」
ミントがそういって、池上を来客用の椅子に座らせる。
この日の池上のコーディネートは、黄緑をベースとした縦線模様のポロシャツに黒のチノパン、そして灰色のシンプルなスリッポンという、これから若い女性とデートするにしては少し質素というか、かなり落ち着いた所帯持ち男性の様な雰囲気が漂っていた。
「料理は、こんなものでいいですかね?」
「はい。こちらでお預かりしますので、今から数分以内に本日の彼女をお連れ致します」
「わかりました。あ! それと容器、全部消耗品なんで、料理ごと持って帰って下さい」
「あ、よろしいですか? かしこまりました。では、あちらに充電コードとフリーwi-fiを設けていますので、お待ちの間はご自由にご利用下さい」
「はい。ありがとうございます」
と、傍からみれば普通の礼儀正しい男性顧客の返事。この場面だけだと、池上の内面に邪な感情があるようには見えない。
それはともかく、ミントはお得意の笑顔で別室へと手料理を運んでいった。
「クミン。よろしく。これ、容器ごと貰っていいって」
別室の一角には台所が設けられており、その横に小さな冷蔵庫、その上にオーブンレンジ、更に台所の端にはコンロ、そして理科室に置かれている様な機材が幾つも置かれていた。
そこへミントが持ってきた池上の手料理を、ちょうど機材を動かしているクミンへと手渡した。
クミンが「はいはーい」と受け取った所、ミントは次にバックヤードへと向かった。
「おー、レバーとほうれん草の炒めか。でもなんか… くんくん、和風の香りがするなぁ」
と、さっそく機械に通す前に料理皿のフタを開け、中身を確認するクミン。
言葉通りレバーとほうれん草の炒めに、別の皿にはパプリカと小松菜の炒め、そして最後の皿には三、四切れの大根を炒めたものをそのまま白米の上に乗せたものであった。
「炒め物ばっかだねー。まぁいいや、さてと」
クミンはそう肩をすくめながら、それら料理に温度計の長い針の様なものを三本、斜めに深く刺した。そしてその筐体モニターへと目を移し、中の成分を確認する。
「どう? 問題はない?」
ミントがバックヤードから戻ってきて、クミンに声をかける。クミンはモニターを凝視しながらこういった。
「うん。品質や異物混入に明確な異常はないんだけど… 全部の料理に、グルタミン酸と、カツオに含まれている成分が検出されるんだよね。こんな事ってあるんだ?」
「あーなるほど。漂ってくる香りからして、こりゃ全部の炒め物に味の素とめんつゆが使われているな。まだあまり料理に慣れていない人がやりがちな味付けだ」
「えー」
「使われている食材の種類が、ちょっと気になるけど… まぁ、味や食べ合わせに問題はなさそうだし、大丈夫だろう。それじゃ、今から“彼女”を会わせてくるよ」
そういって、バックヤードから顔を出してきた「彼女」を連れて窓口へと戻るミント。
クミンはその間、検査が終わったので再び全ての料理のフタを閉めたのであった。
「お待たせいたしました。こちらが今回の彼女、リサさんです」
「はじめましてー。よろしくお願いします」
窓口では、戻ってきたミントと彼女に、池上が即座に椅子から立ち上がってお辞儀をした。
今回の彼女・リサは、前回のカリンに比べると高身長の落ち着いた黒髪ロングで、白のフェミニンショートスリーブに紺のシルエットパンツという「できるOL」の雰囲気をもった女性だ。ある意味、池上のコーディネートと合いそうなマッチングである。
「はじめまして。失礼ですが、ほ、本当にいらっしゃったんですね!? レンタル彼女」
と、挨拶を返した池上が驚いた表情を浮かべる。ミントは「もちろんですとも」と言わんばかり、笑顔で出入口へと歩いてこういった。
「もう行かれますよね? 同意書に書いてあった通り、デートは二時間までなので、今回は十二時までのご利用となります。終了時は現地解散で構いませんので、どうぞ、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
ミントがそういって出入口のドアを開け、池上とリサを手招きした。
二人はミントに一礼し、早速外へデートをしに去っていったのであった。これで、事務所は再びミントとクミンだけになった。
「ボタンは動いてる?」
「バッチリ。あと、バンブーもさっき家を出たって連絡あった」
「よし!」
別室では成分の検査を終えたクミンが、パソコンと向かい合ってキーボードを打っていた。モニターにはネット検索で見かけるような3Dマップが表示されており、その一ヶ所から小さな赤い丸が点滅しながら移動している。リサの鞄の奥に仕込んであるGPSだ。
ここはミントもクミンの横に立ち、GPSの動きを見ながら顎をしゃくった。
「何かあった時は、すぐにリサさんがボタンを押してSOSを発信する事になってる。ただ人ん家にでも入れられたら、流石のバンブーでも介入は困難だ」
「うん。そうならないことを祈るしかないよね。でもリサさん、結構そういうところ危機管理能力あるから、大丈夫だとは思うけど」
「ん? この点の移動先は…」
と、ここでミントがある事に気が付いた。
池上とリサの位置を表している点は、新宿御苑沿いにある、とある複合施設と思しき場所へ向かっている。ミントが呟いた。
「これって―― ゴルフステーション? なぜそんな所に??」
(つづく)
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