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魔法少女の妹は闇堕ちしたい
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「私、闇堕ちしたいんだけど」
俺の部屋にノックも無しで入って来た妹は、魔法少女のアニメコスプレをしながらそんな事を言って来た。
妹、ミチカは小さな頃はお兄ちゃんっ子だったのだが、ココ最近は兄離れしたようで、何かと口がうるさい。部屋が汚いとか文句言ってくるし、いつ外出するか念入りに聞いてくる。
部屋に入ってこない妹が部屋事情を知っているのは謎だったけど、そんなミチカが珍しく部屋を訪れて来たと思えばこれだ。何が闇堕ちだよ。
中学生にもなると、魔法少女になりたい衝動に駆られるのかもしれない。俺も中学生の頃は眼帯やら包帯やら巻いたものだ。
「闇堕ちっていうか、もう堕ちる所まで行ったんじゃないか?」
厨二病という病にすっぽりとな。
高校卒業する前に這い上がらないと痛い目見るぞ。
「まだ完全には堕ちてないの。だから最終手段で仕方なく手伝って貰いたいの」
魔法少女はジト目で俺を睨みつける。この頃目が合うといつもこうなので慣れたものだが、ため息が出てしまうよ。
さらに両手を腰に当て前かがみになる妹。ジト目ランクがグレードアップだ。
「信じてないでしょ」
「当たり前だろ? コスプレは好きにすれば良いけどさ、もう目を覚ました方が身のためだ。巻き込まないでくれ」
「……見てて」
ミチカがそう言って手をかざすと、何も無い空間から魔法ステッキが出現。手に取ってついでのように俺の頭をペチンする。
凄い手品だなあ、文化祭とかで披露するのか?
「もう少し驚いたらどうなの? そういうとこ凄い嫌いなんだけど」
「魔法とか撃てないの?」
「魔法なんて撃ったらお兄ちゃんと家吹き飛ぶし、闇堕ちの前準備で魔力切れしてるから無理」
「へぇ」
すんごい設定だ、この右手が抑えきれん……早く離れないと殺してしまうぞ……! みたいな。一周まわって笑えてくるぜ。
厨二病はさらに説明を加える。
「とにかくね、私は闇堕ちしないとまたあいつにこき使われる羽目になるの。とことん闇堕ちしてボロボロになれば、使い物にならない私を見捨てるはず」
何!?
あいつって……おいおい聞き捨てならないぞ。知らないところで男に、あんなことやこんなことさせられてたのか?
そうか、心のケアの一環で魔法少女ごっこしてるのか。このお兄ちゃんが大学レポートを犠牲にして、付き合ってやりますか!
俺はニヤリとして。
「闇堕ち手伝うぜ」
「キモ」
いちいちやめよ?
傷ついちゃうから。あ、いちいちウザイ行動する俺が悪いのか?
キモイ発言をしたミチカは、少しモジモジしながら言い放つ。
「じゃあ、えとね……キスしたいの」
……ん?
キス?
キスってなんだっけ?
「もう一度」
「だから、キスしたいって言ったの。勘違いしないでくれる? 大っ嫌いなお兄ちゃんにファーストキスを奪われることで、最悪な気持ちになってドス黒い感情を呼び起こすだけ。これも全て闇堕ちの為だし」
とても饒舌でかつ早口な妹に困惑が隠せない。そもそもこんなミチカと会話したのも久しぶりなのにさ、キスって突拍子すぎるって。
……ファーストとか言って、嫌いな男に奪われたファーストを上書きしたいってことなのだろうか。
「でも俺じゃなくても……」
「言ったでしょ、嫌いなお兄ちゃんじゃないと闇堕ちなんてしないの」
と言っても妹だぞ?
救うとしてもキスってアウトでしょ。アウトだけどまあ、キスで救えるなら……
「可愛い妹の為、お兄ちゃんファーストをあげましょう」
「え、お兄ちゃんもフ、ファーストキスまだなんだ。へえ~」
なんかフッ……と口元が歪むミチカ。これは分からせないといけないな。
「俺に彼女出来ると思うか? ……後悔するなよ」
一歩近づく俺に、ビクッとして一歩引く妹。顔を真っ赤にして目を瞑る妹に、静かに重ねる。
「……ええ!?」
思わず声に出して驚いてしまった。
重ねたのは指だ。妹にいきなりキスはマズイ、だからファーストとは言ってもファースト指キスをしたんだ。イモ男で悪かったな。
それで唇にそっと触れた指を、あろうことかミチカは舌を出して舐めだしたのだ。
これってあれでしょ、キスしてたらファースト×ディープしてたってことだろ?
上書きに本気なんだな、病んでるミチカに後でコンビニの大きなプリンでも買ってきてやるか。
「え、指? なんで指なのもう!!!」
「ちょっ……ッ!」
涙ぐんで怒るミチカは、怒った勢いでそのまま俺に飛びつき唇を奪って来た。
動揺する俺に追撃するように、舌を遠慮なしにズコズコ入れてくる妹。
逃げ場を探す俺は、後ろに下がろうとするも両手を首に回されて身動きが取れない。
やばいってこれ、妹相手に何ドキドキしてるんだ俺は。
でもさ、経験無しの俺にさ、キスしながら変な声を漏らす妹が悪いんだよな?
生理現象だよな?
……頭が回らなくなって来た、何で俺ミチカとキスしてるんだっけ……
長く続くキスに、俺はよろめきベットに押し倒される。
目の座ったミチカが、息をハアハアしながら言う。
「これで、闇堕ちへの道に一歩進めたはず。あともう一押し嫌いなお兄ちゃんに嫌なことされたら……完全に堕ちるから、手伝ってよ……お兄ちゃん……」
俺の両手を掴み、指を恋人繋ぎのようにして絡み合わせて来る。流されて俺からも握ってしまったのが恥ずかしい。
もう一押しって、どちらかと言えば俺が十分に舌で押されたし、なんなら物理的にも押されてるんだが。
「まだ満足しないのかよ、手伝うって今度は何を?」
これ以上することないだろ。
手を握って離さない赤面ミチカは、目をも開いて答える。
「お兄ちゃんに、私を無理やり襲って貰いたいの」
あったわ、超えちゃいけないすることあったわ。
「俺達兄弟なんだぞ? それだけはダメだろ」
「ダメだからこそ闇堕ちに打って付けなの! 大っ嫌いなお兄ちゃんに、無理やり押し倒されて……罵倒されて貶されて叩かれて甘噛みされて首絞められて、最後はボロ雑巾になった私に背を向けてタバコを一服するの!」
大っ嫌いじゃ済まされない表情をしながら嬉々と語った変態。口から滴るヨダレをじゅるりと啜っている。
闇堕ちじゃなくてさ、別方向に堕ちてないか?
Mに目覚めて快楽堕ちしそうだぞ?
しつこいが押し倒されてるのは俺だし、タバコも吸ったことも無いし、ツッコミどころは満載だが……その前に、兄の威厳を守らねばならない。
この場を沈めて、いつも通りのツンツン反抗期な妹に戻すんだ!
「まあ、まずは尻でも叩くか?」
「叩かれるぅ!」
あれ、止めるつもりが何で進めてるんだよ。兄失格じゃないか。
俺の言葉に興奮しすぎたのか、俺に尻を突き上げ、四つん這いになりながらも足をガクブルさせているM。さっきまでの俺だったら、もしかして怖がって震えてるのか……みたいな反応だったに違いない。
騙されてはいけないぞ俺、目の前にいる妹は闇堕ちを免罪符に快楽に浸っている哀れな獣なんだ。
ここまで追い詰めたあいつもとい穢れた男を許せない。助けてやるよ妹よ。
獣を沈めるには、完全フォローが可能なお兄ちゃんである俺しかいないからな!
─── パァン!!!
ま、叩くんだけどね。
いっその事、叩きまくて俺にうんざりしてもらうしか道は無い気がするんだ。
目の前の悦にしか食いつかないミチカに、物理的に目を覚まして気づいてもらおうという策だ。
おまえの目の前にぶら下がってるのは、人参でも闇堕ちでもない、ただのお兄ちゃんであるということを。
部屋に響き渡る尻音と妹音を無視して、俺は無心になってひたすら叩く。いもうと、たたくのたのしい。
卑猥な音を奏でる兄弟に、ふわっと近づく生物が一匹。無視で叩いていたものだから、声をかけられるまでは気づけなかった。
「君達は何をしてるんだい?」
横を振り向くと、視界に映りこんだのは黒い毛並みの狐マスコット。青い目をキラキラさせた生命体は、首を傾げながらそう言ったのだ。
……見た事がある。
この見た目だけが可愛い妖怪は、アニメ《魔法少女あやかしマジカル》に出てくるペット枠に似ている。というかまんまの姿だ。
可愛い以外の取り柄のない悪魔こと、シャミュというこの獣は、一般少女をホイホイ魔法少女にしては敵と戦わせる異常生物なのだ。
こんなクズが俺の部屋でふわふわしてるところを見るだけでも、俺の推しが無惨に殺された恨みが込み上げて来る。
妹がコスプレしてる衣装も、あやマジに出てくるキャラの衣装に似てるし、もしかしてアニメに転移とかして巻き込まれたとか?
いやいや、ラノベの読み過ぎだって。そんな訳があるまい。
四つん這いミチカは、良いとこだったのに邪魔すんなと舌打ちしている気がしたので、聞きづらいしな。
うん、そう聞こえただけで実際違うよな?
これ以上尻叩いたら血が出ちゃうからさ、もっと叩いてと言わんばかりに赤くなった尻をフリフリするんじゃない。
フリフリを見ていた、小化け物の皮を被った大化け物が可愛い口を開く。
「現代世界に逃げ込んでももう遅いよ。早く異世界に戻ってヴィランを倒してもらわないと、物語が完結しないんだ」
あ~え、本当にアニメ転移なの?
闇堕ち懇願も全てマジだったの?
あ、ミチカが言ってたあいつってこの黒い豚のことだったのか。変な男に色々奪われたのかと心配してたがホッとしたぜ。
クズ男以下のクズ豚に奪われたみたいだがな!
今すぐこの生きる無機物を炭素に変えるべく、不味い丸焼きにしたいところだけど……妹の闇堕ちを完了させる使命が俺にはある。
こっちはこっちで物語を完結させるぜゴミカスがよ!
「何が異世界がこのイカレ野郎が! こいつはもう俺のもんなんだよ、見ろよ、この堕ちっぷりを!」
悪男の振りをしながら、パシィとして見せつけながら必死に叫ぶ。
「これからなあ、えと、なんかギタギタのめちゃくちゃにするんだよ!!!」
残念なことに、大学受験の国語点数が35点だった俺に語彙力なんてものは無かった。
ギタギタ……とミチカは呟き、ブルッと震えて、首絞めも……となんか欲求してくる。さっきも首絞め言ってたけど俺にそんな趣味ないんだよな、ごめんよ。
「君はなんてことを、ミチカを闇堕ちさせてどうするつもりだい?」
相も変わらず無表情で口だけパカパカする心無し。闇堕ちに追い込まれてるのはおまえのせいだろうが。
しかしどうする、色々言ったところでこの極悪は引く様子を見せない。
行動に移すしか無いのだろうか?
尻パシも限界だろうし、首絞めを余儀なく……
「ヤミイイィィィィィッッ!!!」
……え?
「ヤミィヤミヤミ、ヤミィィッ!!!」
ああ、妹が壊れちゃった。
四つん這いで動き周り明後日の方向に叫び散らかす変態。その姿は狂気、恥ずかしいの意で見てられる光景じゃない。奇跡も魔法も無いんだな。
闇堕ちって絶対ヤミヤミ言いまくることじゃないよ、ミチカは多分闇堕ちのことをよく分かっていないんだ。俺も分からんけど。
闇堕ちとか厨二病が黒歴史になるというのに、これ以上黒歴史作ってどうするんだ。さっきまでの変態行動の方がよっぽどマシだぞ?
シャミュを欺く策なんだろうけど、いくら何でもクズは騙されないって。
「なんてことだ、まさかこうも容易く闇堕ちするなんて……」
ゴミが身体を震わせておののいている。
騙されちゃったよ、脳みそまでゴミカスが溜まっているのかもしれない。
ただね、俺は初めて豚焼きに共感したよ。その気持ちとっても分かる、だって怖いもん。俺の部屋に入ってキスして押し倒して叩かれて発狂してるんだもん。
震えていた生物の恥はクルクルと回転し亜空間を展開。
「もうミチカは用済みだよ。後始末は任せるね」
そう言い残して亜空間へと消える心まで黒いぬいぐるみ。マジで見捨てやがったよあいつ!
最低!!!
静かになった……となるはずが未だにヤミヤミうるさい部屋に二人。無垢の獣が居なくなったとて狂気度は変わらない。
「ヤミる必要ないよ、恥ずかしいからやめてくれ」
もう一匹の大きな獣の尻をペシと叩くと、ヤミコールが途絶えた。恐る恐る振り返るミチカは。
「さっきのことは忘れて?」
「無理に決まってるだろ」
ミチカは忘れろ忘れろと言いながら、俺の頭を叩こうとしてくる。叩いて忘れる便利機能があればとっくに使ってるよ。
「あ~こうして黒歴史は刻まれて行くんだなあ~恥ずかしいなあ~」
「もういいって! 頭のねじが吹き飛んでたの! ヤミヤミは仕方ないの!」
息を切らしたミチカは、すとんと女の子座りして力尽きる。顔色もまあいつも通りの生意気な妹に戻ったし、そろそろ終いかな。
「とりあえず良かったじゃないか、マジで魔法少女になってたなんて驚きだったけどさ、まあ、リビングにでも戻って水分補給でもしようぜ?」
息を整えたミチカの手を引く。アニメ転移のことも色々聞きたいが、ミチカの気持ちが整理着くまでは話を振らずに我慢しよう。
こうして俺達兄弟の黒歴史は幕を下ろし……ん、なんかミチカが動かん。
「どうした? エネルギー切れで一ミリも動けないのか?」
ミチカは俺に引かれた腕を引き戻すように引っ張り。
「あいつがまた戻って来るかもしれないから、これからも闇堕ちの手伝いに付き合ってよね! あと、まだお母さん帰って来ないって……し、仕方ないの、お兄ちゃんがこの世の人間で一番嫌いだから闇堕ちの効率がいいだけ、仕方なく頼んでるだけだからね?」
長文詠唱を終えたミチカは再び俺をベットに引きずり込み、徐に服を脱ぎ始めている。
忘れて欲しいってヤミヤミだけかよ……
黒歴史はこれからも黒く染まり続けるらしい。
俺の部屋にノックも無しで入って来た妹は、魔法少女のアニメコスプレをしながらそんな事を言って来た。
妹、ミチカは小さな頃はお兄ちゃんっ子だったのだが、ココ最近は兄離れしたようで、何かと口がうるさい。部屋が汚いとか文句言ってくるし、いつ外出するか念入りに聞いてくる。
部屋に入ってこない妹が部屋事情を知っているのは謎だったけど、そんなミチカが珍しく部屋を訪れて来たと思えばこれだ。何が闇堕ちだよ。
中学生にもなると、魔法少女になりたい衝動に駆られるのかもしれない。俺も中学生の頃は眼帯やら包帯やら巻いたものだ。
「闇堕ちっていうか、もう堕ちる所まで行ったんじゃないか?」
厨二病という病にすっぽりとな。
高校卒業する前に這い上がらないと痛い目見るぞ。
「まだ完全には堕ちてないの。だから最終手段で仕方なく手伝って貰いたいの」
魔法少女はジト目で俺を睨みつける。この頃目が合うといつもこうなので慣れたものだが、ため息が出てしまうよ。
さらに両手を腰に当て前かがみになる妹。ジト目ランクがグレードアップだ。
「信じてないでしょ」
「当たり前だろ? コスプレは好きにすれば良いけどさ、もう目を覚ました方が身のためだ。巻き込まないでくれ」
「……見てて」
ミチカがそう言って手をかざすと、何も無い空間から魔法ステッキが出現。手に取ってついでのように俺の頭をペチンする。
凄い手品だなあ、文化祭とかで披露するのか?
「もう少し驚いたらどうなの? そういうとこ凄い嫌いなんだけど」
「魔法とか撃てないの?」
「魔法なんて撃ったらお兄ちゃんと家吹き飛ぶし、闇堕ちの前準備で魔力切れしてるから無理」
「へぇ」
すんごい設定だ、この右手が抑えきれん……早く離れないと殺してしまうぞ……! みたいな。一周まわって笑えてくるぜ。
厨二病はさらに説明を加える。
「とにかくね、私は闇堕ちしないとまたあいつにこき使われる羽目になるの。とことん闇堕ちしてボロボロになれば、使い物にならない私を見捨てるはず」
何!?
あいつって……おいおい聞き捨てならないぞ。知らないところで男に、あんなことやこんなことさせられてたのか?
そうか、心のケアの一環で魔法少女ごっこしてるのか。このお兄ちゃんが大学レポートを犠牲にして、付き合ってやりますか!
俺はニヤリとして。
「闇堕ち手伝うぜ」
「キモ」
いちいちやめよ?
傷ついちゃうから。あ、いちいちウザイ行動する俺が悪いのか?
キモイ発言をしたミチカは、少しモジモジしながら言い放つ。
「じゃあ、えとね……キスしたいの」
……ん?
キス?
キスってなんだっけ?
「もう一度」
「だから、キスしたいって言ったの。勘違いしないでくれる? 大っ嫌いなお兄ちゃんにファーストキスを奪われることで、最悪な気持ちになってドス黒い感情を呼び起こすだけ。これも全て闇堕ちの為だし」
とても饒舌でかつ早口な妹に困惑が隠せない。そもそもこんなミチカと会話したのも久しぶりなのにさ、キスって突拍子すぎるって。
……ファーストとか言って、嫌いな男に奪われたファーストを上書きしたいってことなのだろうか。
「でも俺じゃなくても……」
「言ったでしょ、嫌いなお兄ちゃんじゃないと闇堕ちなんてしないの」
と言っても妹だぞ?
救うとしてもキスってアウトでしょ。アウトだけどまあ、キスで救えるなら……
「可愛い妹の為、お兄ちゃんファーストをあげましょう」
「え、お兄ちゃんもフ、ファーストキスまだなんだ。へえ~」
なんかフッ……と口元が歪むミチカ。これは分からせないといけないな。
「俺に彼女出来ると思うか? ……後悔するなよ」
一歩近づく俺に、ビクッとして一歩引く妹。顔を真っ赤にして目を瞑る妹に、静かに重ねる。
「……ええ!?」
思わず声に出して驚いてしまった。
重ねたのは指だ。妹にいきなりキスはマズイ、だからファーストとは言ってもファースト指キスをしたんだ。イモ男で悪かったな。
それで唇にそっと触れた指を、あろうことかミチカは舌を出して舐めだしたのだ。
これってあれでしょ、キスしてたらファースト×ディープしてたってことだろ?
上書きに本気なんだな、病んでるミチカに後でコンビニの大きなプリンでも買ってきてやるか。
「え、指? なんで指なのもう!!!」
「ちょっ……ッ!」
涙ぐんで怒るミチカは、怒った勢いでそのまま俺に飛びつき唇を奪って来た。
動揺する俺に追撃するように、舌を遠慮なしにズコズコ入れてくる妹。
逃げ場を探す俺は、後ろに下がろうとするも両手を首に回されて身動きが取れない。
やばいってこれ、妹相手に何ドキドキしてるんだ俺は。
でもさ、経験無しの俺にさ、キスしながら変な声を漏らす妹が悪いんだよな?
生理現象だよな?
……頭が回らなくなって来た、何で俺ミチカとキスしてるんだっけ……
長く続くキスに、俺はよろめきベットに押し倒される。
目の座ったミチカが、息をハアハアしながら言う。
「これで、闇堕ちへの道に一歩進めたはず。あともう一押し嫌いなお兄ちゃんに嫌なことされたら……完全に堕ちるから、手伝ってよ……お兄ちゃん……」
俺の両手を掴み、指を恋人繋ぎのようにして絡み合わせて来る。流されて俺からも握ってしまったのが恥ずかしい。
もう一押しって、どちらかと言えば俺が十分に舌で押されたし、なんなら物理的にも押されてるんだが。
「まだ満足しないのかよ、手伝うって今度は何を?」
これ以上することないだろ。
手を握って離さない赤面ミチカは、目をも開いて答える。
「お兄ちゃんに、私を無理やり襲って貰いたいの」
あったわ、超えちゃいけないすることあったわ。
「俺達兄弟なんだぞ? それだけはダメだろ」
「ダメだからこそ闇堕ちに打って付けなの! 大っ嫌いなお兄ちゃんに、無理やり押し倒されて……罵倒されて貶されて叩かれて甘噛みされて首絞められて、最後はボロ雑巾になった私に背を向けてタバコを一服するの!」
大っ嫌いじゃ済まされない表情をしながら嬉々と語った変態。口から滴るヨダレをじゅるりと啜っている。
闇堕ちじゃなくてさ、別方向に堕ちてないか?
Mに目覚めて快楽堕ちしそうだぞ?
しつこいが押し倒されてるのは俺だし、タバコも吸ったことも無いし、ツッコミどころは満載だが……その前に、兄の威厳を守らねばならない。
この場を沈めて、いつも通りのツンツン反抗期な妹に戻すんだ!
「まあ、まずは尻でも叩くか?」
「叩かれるぅ!」
あれ、止めるつもりが何で進めてるんだよ。兄失格じゃないか。
俺の言葉に興奮しすぎたのか、俺に尻を突き上げ、四つん這いになりながらも足をガクブルさせているM。さっきまでの俺だったら、もしかして怖がって震えてるのか……みたいな反応だったに違いない。
騙されてはいけないぞ俺、目の前にいる妹は闇堕ちを免罪符に快楽に浸っている哀れな獣なんだ。
ここまで追い詰めたあいつもとい穢れた男を許せない。助けてやるよ妹よ。
獣を沈めるには、完全フォローが可能なお兄ちゃんである俺しかいないからな!
─── パァン!!!
ま、叩くんだけどね。
いっその事、叩きまくて俺にうんざりしてもらうしか道は無い気がするんだ。
目の前の悦にしか食いつかないミチカに、物理的に目を覚まして気づいてもらおうという策だ。
おまえの目の前にぶら下がってるのは、人参でも闇堕ちでもない、ただのお兄ちゃんであるということを。
部屋に響き渡る尻音と妹音を無視して、俺は無心になってひたすら叩く。いもうと、たたくのたのしい。
卑猥な音を奏でる兄弟に、ふわっと近づく生物が一匹。無視で叩いていたものだから、声をかけられるまでは気づけなかった。
「君達は何をしてるんだい?」
横を振り向くと、視界に映りこんだのは黒い毛並みの狐マスコット。青い目をキラキラさせた生命体は、首を傾げながらそう言ったのだ。
……見た事がある。
この見た目だけが可愛い妖怪は、アニメ《魔法少女あやかしマジカル》に出てくるペット枠に似ている。というかまんまの姿だ。
可愛い以外の取り柄のない悪魔こと、シャミュというこの獣は、一般少女をホイホイ魔法少女にしては敵と戦わせる異常生物なのだ。
こんなクズが俺の部屋でふわふわしてるところを見るだけでも、俺の推しが無惨に殺された恨みが込み上げて来る。
妹がコスプレしてる衣装も、あやマジに出てくるキャラの衣装に似てるし、もしかしてアニメに転移とかして巻き込まれたとか?
いやいや、ラノベの読み過ぎだって。そんな訳があるまい。
四つん這いミチカは、良いとこだったのに邪魔すんなと舌打ちしている気がしたので、聞きづらいしな。
うん、そう聞こえただけで実際違うよな?
これ以上尻叩いたら血が出ちゃうからさ、もっと叩いてと言わんばかりに赤くなった尻をフリフリするんじゃない。
フリフリを見ていた、小化け物の皮を被った大化け物が可愛い口を開く。
「現代世界に逃げ込んでももう遅いよ。早く異世界に戻ってヴィランを倒してもらわないと、物語が完結しないんだ」
あ~え、本当にアニメ転移なの?
闇堕ち懇願も全てマジだったの?
あ、ミチカが言ってたあいつってこの黒い豚のことだったのか。変な男に色々奪われたのかと心配してたがホッとしたぜ。
クズ男以下のクズ豚に奪われたみたいだがな!
今すぐこの生きる無機物を炭素に変えるべく、不味い丸焼きにしたいところだけど……妹の闇堕ちを完了させる使命が俺にはある。
こっちはこっちで物語を完結させるぜゴミカスがよ!
「何が異世界がこのイカレ野郎が! こいつはもう俺のもんなんだよ、見ろよ、この堕ちっぷりを!」
悪男の振りをしながら、パシィとして見せつけながら必死に叫ぶ。
「これからなあ、えと、なんかギタギタのめちゃくちゃにするんだよ!!!」
残念なことに、大学受験の国語点数が35点だった俺に語彙力なんてものは無かった。
ギタギタ……とミチカは呟き、ブルッと震えて、首絞めも……となんか欲求してくる。さっきも首絞め言ってたけど俺にそんな趣味ないんだよな、ごめんよ。
「君はなんてことを、ミチカを闇堕ちさせてどうするつもりだい?」
相も変わらず無表情で口だけパカパカする心無し。闇堕ちに追い込まれてるのはおまえのせいだろうが。
しかしどうする、色々言ったところでこの極悪は引く様子を見せない。
行動に移すしか無いのだろうか?
尻パシも限界だろうし、首絞めを余儀なく……
「ヤミイイィィィィィッッ!!!」
……え?
「ヤミィヤミヤミ、ヤミィィッ!!!」
ああ、妹が壊れちゃった。
四つん這いで動き周り明後日の方向に叫び散らかす変態。その姿は狂気、恥ずかしいの意で見てられる光景じゃない。奇跡も魔法も無いんだな。
闇堕ちって絶対ヤミヤミ言いまくることじゃないよ、ミチカは多分闇堕ちのことをよく分かっていないんだ。俺も分からんけど。
闇堕ちとか厨二病が黒歴史になるというのに、これ以上黒歴史作ってどうするんだ。さっきまでの変態行動の方がよっぽどマシだぞ?
シャミュを欺く策なんだろうけど、いくら何でもクズは騙されないって。
「なんてことだ、まさかこうも容易く闇堕ちするなんて……」
ゴミが身体を震わせておののいている。
騙されちゃったよ、脳みそまでゴミカスが溜まっているのかもしれない。
ただね、俺は初めて豚焼きに共感したよ。その気持ちとっても分かる、だって怖いもん。俺の部屋に入ってキスして押し倒して叩かれて発狂してるんだもん。
震えていた生物の恥はクルクルと回転し亜空間を展開。
「もうミチカは用済みだよ。後始末は任せるね」
そう言い残して亜空間へと消える心まで黒いぬいぐるみ。マジで見捨てやがったよあいつ!
最低!!!
静かになった……となるはずが未だにヤミヤミうるさい部屋に二人。無垢の獣が居なくなったとて狂気度は変わらない。
「ヤミる必要ないよ、恥ずかしいからやめてくれ」
もう一匹の大きな獣の尻をペシと叩くと、ヤミコールが途絶えた。恐る恐る振り返るミチカは。
「さっきのことは忘れて?」
「無理に決まってるだろ」
ミチカは忘れろ忘れろと言いながら、俺の頭を叩こうとしてくる。叩いて忘れる便利機能があればとっくに使ってるよ。
「あ~こうして黒歴史は刻まれて行くんだなあ~恥ずかしいなあ~」
「もういいって! 頭のねじが吹き飛んでたの! ヤミヤミは仕方ないの!」
息を切らしたミチカは、すとんと女の子座りして力尽きる。顔色もまあいつも通りの生意気な妹に戻ったし、そろそろ終いかな。
「とりあえず良かったじゃないか、マジで魔法少女になってたなんて驚きだったけどさ、まあ、リビングにでも戻って水分補給でもしようぜ?」
息を整えたミチカの手を引く。アニメ転移のことも色々聞きたいが、ミチカの気持ちが整理着くまでは話を振らずに我慢しよう。
こうして俺達兄弟の黒歴史は幕を下ろし……ん、なんかミチカが動かん。
「どうした? エネルギー切れで一ミリも動けないのか?」
ミチカは俺に引かれた腕を引き戻すように引っ張り。
「あいつがまた戻って来るかもしれないから、これからも闇堕ちの手伝いに付き合ってよね! あと、まだお母さん帰って来ないって……し、仕方ないの、お兄ちゃんがこの世の人間で一番嫌いだから闇堕ちの効率がいいだけ、仕方なく頼んでるだけだからね?」
長文詠唱を終えたミチカは再び俺をベットに引きずり込み、徐に服を脱ぎ始めている。
忘れて欲しいってヤミヤミだけかよ……
黒歴史はこれからも黒く染まり続けるらしい。
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