露包むランタン

奈月遥

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I escaped into showerslamp

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 らんの肌粟立った。
 一度意識してしまえば、はっきりと分かる。
 雨の気配と、自分の存在が入れ替わる感覚が、近い。
 嫌だと思った。雨も、露包つゆつつむの存在も、拒絶する。
 今、入れ替わってしまったら。
 この逞しい恋人が嵐に押し入っている、今この位置が入れ替わってしまったら。
 しんとの初めてを、露包むに奪われてしまう。
 その事実に嵐の胸で嫉妬の冷たい炎が渦巻いた。
 絶対に嫌だ。
 ぐちゃぐちゃと、懸命に腰を振る真に振り返ったら、目泉みずみが熱くなる。
 ちゃんと最後までさせてあげたかった。
 それでも、嵐はそんなに長いこと、露包むを拒めないのが分かっていた。
「ごめん、なさいっ」
 嵐は体を捩じって、真の体を押し返した。
 ずぷりと、真が嵐から離れる。
「えっ」
 これからもう一度嵐を思う様に貫いて快楽を得ようとしていたのに、急に外に放り出されて戸惑う真の顔を、嵐は見れなかった。
 スマートフォンを握りしめて、嵐は力なく首を振る。
「ごめんなさい、帰らなきゃいけなくなりました。ごめんなさい、ごめんなさい」
 必死に謝りながら、しかし本当に時間がない嵐は、真の返事も置き去りにして、脱ぎ捨てた服を引っ掴んで、飛び出した。
「待って、嵐ちゃん、そんなかっこで!」
 こんな、裏切りみたいな真似をしたのに、それでも心配してくれるのが先に来る真の優しさが、嵐に涙を零れさせた。
 靴をつっかけて、ドアに手をかけようとして。
 嵐の左手が、霧のように消え去る。
 頬が引きつった。
 スマートフォンを握った逆の手首で、ドアノブを押し下げて、体をぶつけて外へと転がり出る。
 足が縺れて、髪が幾筋か、滴になって床に散らばった。
「ふぐっ、うぅ、っ――」
 泣き声がただただ降り頻り、廊下を曲がる。
 見えなくなった角の向こうで、ドアが乱暴に開け放たれる音がした。
「嵐ちゃん! 荷物も! 嵐ちゃん!」
 真の叫び声を聞きながら、嵐の体が露と消え失せて。
 その手から零れ落ちたスマートフォンを、細くしなやかな指が上から飛びついて、地面に落ちる前に拾い上げた。
「……嵐が抵抗したから、中途半端ね」
 嵐の服を腕に抱える露包むの未言巫女みことみこは、愁眉を下げて憂いを見せる。
 しばらくは露包む街灯を辿って跳ぶことも出来なさそうだ。
 露包むは、壁にぴたりと体を付けた。
 焦った足音を鳴らす真が、曲がり角を直進して走り抜けていく。
 雨音に紛れるように気配を消していた露包むは、真の足音が階段を降るのを聞き止めてから、ひっそりとその場から離れる。
 スマートフォンを握った手を薄い胸に当てて、けして無くさないように注意しながら、篠突く雨に潜んで真の住むマンションを早足で進む。
 エントランスまで来て、露包むは一息に抜けようとした足を止める。
 飛沫を上げる雨が埋め尽くす夜闇に、ずぶ濡れになって左右を見回す真の姿が見えた。
 古いマンションだから、出入り出来るのはそこしかない。
 空間を飛び越える力が満ちるまで待とうかと、露包むが逡巡したその一瞬に。
 真の顔が確かにこちらを向いて、目が見開かれた。
 流石の露包むも、体の動きを一拍止めてしまい。
 確かに真の愛鏡まなかがみに、嵐の服を抱えた、嵐と同じ顔立ちの、しかし嵐よりも色素が薄くて儚く曖昧な露包むの存在が映った。
「――っ」
 露包むの足が、全力で床を蹴る。
 雨滴よりも速く、露包むの体が真の前を横切る。
 篠突く雨が煙り滴が視界を歪める景色の中で、露包むの姿は非常に曖昧で、一瞬にして過ぎ去ったそれは幻のように思えただろう。
 けれど、それは真なる愛の絆の前では、どれほどの意味を持つのか。
 露包むは気休めにでもなれとばかりに、全速力の疾走を続ける。
 真は追い駆けては来ない。もしそうだとしても、車も平然と後ろへ流していく露包むの速度について来れるはずもない。
 それでも。
 露包むの胸には、歯痒さが靄かかっている。
「失敗した」
 ぽつりとぼやき、足を緩める。
 迷って、あんなところに立ち止まるんじゃなかった。階段を駆け上がって、屋上辺りに身を潜めておくべきだった。
 どう判断したかは分からないけれど、露包むの姿ははっきりと真に見られていた。
 しかし、露包むには落ち込む暇も与えられなかった。
 雨の気配が遠のいていく。
 気圧の谷間に、夏の熱気が溜まって水蒸気を淀ませて一息に降らせるゲリラ豪雨は、雨量が激しければ止むのも唐突だ。
 こんなどことも知れない道路に嵐を放り出したら、一晩中彷徨うのが、火を見るよりも明らかだ。
「いけそうね」
 篠突く雨に光を抱え込む街灯に、露包むは飛び込んだ。
 飛び出た先は、灯理が待つマンションの目の前で。
 雨雲の端だったのか、露包むが水溜りに飛沫を上げた時には、勢いをなくした雨は露包む街灯の幕を引き上げていく。
 曖昧に、存在が、入れ替わり。
 嵐は僅かに残る雨に頬を濡らされた。服だけはどうにかしてか、露包むが着させてくれたみたいで、嵐は素肌を雨に濡らすことはなかったけれど、ただそれだけだった。
 虚ろな足取りで、とぼとぼと家へと帰る。
 玄関を開けて、家に入って、呆然と灯理の靴を見下ろした。
「露包む? いや、嵐か? どっちだ?」
 ドアの音を聞きつけて、灯理がリビングから飛び出してきた。
 嵐は、ありありと心配を貼り付ける灯理の顔を見て。
「ふぐっ、あか、あかりさ、あたし、あたしぃい!」
 堪えきれなくなって、涙は堰を切った。
 灯理が嵐の前に立ち、優しく両腕で体を温めてくれた。
「今、甘いココアを淹れてやる。……悔しいよな、嵐」
「ああぁあ、うあっ、あああっ、あああ、ふぐ、ぅあ、あっ、ああぁぁあっ!」
 灯理はけして、泣きじゃくる嵐を止めようとはしなかった。
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