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第七章:騎士・小隊長
第34話 工作員
しおりを挟む数日の休暇――表向きはそういう名目だった。
けれど商館を離れる理由としては十分だ。帳簿も荷物の整理も、他の見習いたちに任せられる。俺とセリスは、何事もなかったように都市を出た。目的地は、国境線に沿って築かれた砦だ。
かつては防衛線の要だったが、戦線が移動してから放棄されていた場所でもある。地図上では死んだ拠点になっている。にもかかわらず、近頃になって物資の搬入が確認されていた。量も頻度も、ただの補給の域を越えている。
事前に調査を行った工作員たちは、さらに厄介な事実を持ち帰ってきた。
砦の周辺に出入りする人間を洗い出すと、公国軍の研究員、正規の部隊章を持たない護衛、そして――魔術結社の人間。公国の軍籍にない者たちが、自由に行き来している。
捕虜の存在はまだ不明だったが、修道院の件を思えば見過ごす理由はない。
日が落ちる前、僕たちは現地の工作員と合流した。名前は聞かないし、その必要もない。彼らは数日前から砦に張り込み、見張りの配置と巡回の癖を掴んでいた。
砦は荒涼とした山岳地帯に横たわっていた。外壁は崩れかけているが、補修された痕跡がある。見張りの配置も、放棄された施設のそれではない。
潜入は夜に行う。月は薄雲に隠れていて視界は悪いが、条件としては悪くない。僕らは闇に紛れて砦に接近した。音を殺し、呼吸を抑える。重たい鎧は身に着けない。
最初の見張りは、外壁の崩れた角にいた。よく訓練された兵だ。僕は背後から距離を詰め、口を塞ぎ、短剣を顎の下に差し込む。喉元を断つ感触が指先に伝わる。
もうひとりは、セリスが魔術で昏睡させた。死体を壁際に引きずり、影の中に沈める。巡回が来るまで、時間は限られている。
人の気配が多い。放棄された砦にしては明らかに過剰だ。松明の光が内壁の隙間から漏れている。巡回も規則的すぎる。
つぎは正門脇。ここは厄介だった。二人の巡回兵が配置されていて、常に視線がある。しかし配属されたばかりなのか、実戦経験は浅い。
工作員のひとりが小石を投げた。
その音に反応してひとりが振り向く。その瞬間、僕が前に出る。音を立てず踏み込み、刃を肋骨の隙間に差し入れる。息が漏れる音が、夜に溶けた。
最後に残った兵士が、何かに気づいたように顔を上げる。その瞬間、セリスの指先が光った。視覚だけを奪う微細な幻惑だ。僕は躊躇なく踏み込み、刃を振るう。
砦の外周は制圧できた。壁に背を預け、耳を澄ます。詰め所の中から微かな光が漏れている。人の気配がある。それも複数だ。研究員か、護衛か、それとも――
僕は短く息を吐いた。ここから先は引き返せない。この砦が何を抱えているのか。捕虜がいるのか。それとも、もっと別の何かが行われているのか。
闇の中で、僕とセリスは視線を交わした。言葉は不要だった。僕らは闇に紛れるようにして砦の中へ踏み込んだ。
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