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第四章:騎士学校・陰謀編
第27話 忌まわしき坑道
しおりを挟む崩壊した地下室に足を踏み入れた瞬間、冷たく湿った空気と、崩落した瓦礫が放つ土埃の臭いが鼻腔を満たした。
壁の一部が崩れ落ち、割れた石柱が無造作に積み重なっている。その奥に、黒い闇が口を開けていた。
灯りの届かない場所で、僕は〈気配察知〉の魔術を展開した。微かな気配のようなものが、瓦礫の隙間や天井の影に潜んでいる気がした。
けれど、その正体は霧のように掴めず、ただ不快な悪寒が背筋を撫でた。
「何かがいる。でも……存在を捉えられない」
息を潜め、慎重に瓦礫を乗り越える。砕けた石材が靴の下でわずかに砕け、その音がやけに大きく響く。
崩落した天井の隙間から、ところどころに苔や黒カビが這い出していた。
壁面には、血痕のようなものや、古の神官たちの祈祷文がひび割れた文字で刻まれていたが、もはやその意味を成さない。
ふと、瓦礫の向こうに横穴が口を開けているのを見つけた。そこからは、地底のような湿り気と、嗅ぎ慣れない硫黄の臭いが漂ってきた。
「教団幹部は、この先に逃げたのか……?」
〈気配察知〉を強めるが、嫌な気配はむしろ増すばかりで、敵の輪郭を結ぶことはなかった。
「ここには、何かが潜んでいる。けれど……見えない」
喉の奥がひりつくほどの緊張感に、思わず唾を飲み込む。
地下室の天井の一部は崩れかけ、わずかな衝撃でも崩落しそうだった。慎重に瓦礫を踏み越え、僕は横穴の前に立った。
坑道は黒い闇の中に口を開け、どこまでも深く落ちていくようだった。その暗闇の奥からは、不気味な風が吹き上げ、冷たく頬を撫でる。
嫌な感じがするけど……進むしかない。体内の魔素を練り直し、僕はゆっくりと横穴へと足を踏み入れた。そこには、未知の恐怖が息を潜めている。
坑道の奥は、恐ろしく静かだった。足音が砂利を噛み、僅かに湿った石壁が水を含んでじっとりと汗をかいていた。空気は淀み、腐臭が鼻をついた。僕は首巻を引き上げて口元を覆い、吐き気を堪えながら歩みを進めた。
やがて、壁際に転がるいくつかの死骸が目に入った。闇の中で光を反射する骨と、土気色に崩れた皮膚、髪の名残が床に張り付いている。
小動物の腐乱死体もあった。鼠や蛇の死骸が、足元で押し潰されるように腐りかけていた。暗い坑道に潜む湿り気が、冷たく背筋を撫でる。
さらに慎重に進むと、坑道の脇に寄りかかるように倒れた死骸が目に留まった。
最初は人かと思ったが、目を凝らすと、皮膚の一部が異様に変色し、まるで爬虫類のような鱗片が浮き出している。手の指は伸びきり、骨が奇怪に変形していた。
「怪人……なのか? いや、途中で変異を失敗したのか」
身体のあちこちに施された縫合痕や、半ば崩れた魔術の刻印が浮き上がっている。おそらく、何か想像もつかない忌まわしい実験が行われていたのだろう。
胸の奥で鼓動が早まった。血の気が引き、短刀を握る手に汗がにじむ。
「この先に何かある」
慎重に歩を進め、壁伝いに移動すると、不意に視界が開けた。
そこには、ごつごつとした岩が剥き出しの大空洞が広がっていた。天井は高く、亀裂から地下水が滲み、ぽたぽたと水音が響いている。
岩盤が歪んで波打ち、あちこちに黒い鉱脈が走っていた。
中央には、巨大な円形の石台が設けられていて、いくつかの儀式具や奇怪な文様が刻まれているのが見えた。
空洞の奥からは、不気味な風が吹き抜け、まるで何かの囁きのように僕の耳元をかすめた。
今、この場所には、この世ならざる何かが息を潜めている気がしてならなかった。
地面からは石筍が伸び、列柱のように並んでいた。その空間に足を踏み入れると、息が白く曇るほどの冷気が肌を刺した。
硬質な石柱の根元には、天井から鍾乳石の雫がぽたり、ぽたりと落ち、冷たい水たまりを作っていた。その間を縫うように、僕は足を進めた。
やがて視界の先に、乱雑に積み重なった無数の装置が姿をあらわした。金属の筒や硝子の器具、錬金術の魔術刻印が施された石盤、動力源らしきマナ結晶。
どれも血や奇妙な薬液の痕跡が付着し、異様な禍々しさを漂わせていた。
「ここで……怪人の実験をしていたのか」
装置のひとつが、微かに冷気を帯びて唸りをあげている。氷の結晶が周囲に広がり、青白い光が機械の心臓部を脈動させていた。
その奥には、水たまりが広がり、その中で氷漬けになった人間や動物の遺体が浮かんでいた。
人間の顔は苦悶に歪み、髪が凍りついて水面下で揺れている。手足が変色し、どこかの部位が異様に膨張している者もいた。
となりには小動物の群れが同じように凍結され、皮膚の一部が鱗のように変化しているものもあった。
「……教団の実験の、なれの果てか」
僕は眉をひそめ、慎重に近づこうとした。その時だった。
背後から、鋭い殺気が空気を裂いた。心臓が跳ね上がり、反射的に身体を横に投げ出す。瞬間、空気が爆ぜた。
轟音とともに衝撃波が炸裂し、凍りついていた死骸が一斉に砕け散った。
氷の破片が水面を叩きつけ、飛沫が顔に降り注ぐ。水たまりに散った氷片が、音を立てて波紋を広げた。
地面を転がりながら短刀を抜き放つ。緊張で息が荒く、喉奥で血の味がした。
再び立ち上がると、視線の先には人影が立っていた。黒い外套をまとい、フードの奥で赤い眼光がこちらを射抜いていた。
目の奥で何かが鈍く光る。間違いない、教団の幹部のひとりだ。空気が粘りつくように重く、敵意が鋭い刃となって肌を刺した。
「やはり、ここに隠れていたのか……」
血の臭いと氷の破片が入り混じり、呼吸すら重くなる。
僕は刃を構え、地面を蹴った。背後の装置が微かに唸りをあげ、薄暗い空洞に不気味な反響を残した。
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