悪役令嬢の騎士

コムラサキ

文字の大きさ
223 / 404
第四章:騎士学校・陰謀編

第27話 忌まわしき坑道

しおりを挟む

 崩壊した地下室に足を踏み入れた瞬間、冷たく湿った空気と、崩落した瓦礫が放つ土埃の臭いが鼻腔を満たした。

 壁の一部が崩れ落ち、割れた石柱が無造作に積み重なっている。その奥に、黒い闇が口を開けていた。

 灯りの届かない場所で、僕は〈気配察知〉の魔術を展開した。微かな気配のようなものが、瓦礫の隙間や天井の影に潜んでいる気がした。

 けれど、その正体は霧のように掴めず、ただ不快な悪寒が背筋を撫でた。

「何かがいる。でも……存在を捉えられない」

 息を潜め、慎重に瓦礫を乗り越える。砕けた石材が靴の下でわずかに砕け、その音がやけに大きく響く。

 崩落した天井の隙間から、ところどころに苔や黒カビが這い出していた。

 壁面には、血痕のようなものや、古の神官たちの祈祷文がひび割れた文字で刻まれていたが、もはやその意味を成さない。

 ふと、瓦礫の向こうに横穴が口を開けているのを見つけた。そこからは、地底のような湿り気と、嗅ぎ慣れない硫黄の臭いが漂ってきた。

「教団幹部は、この先に逃げたのか……?」

〈気配察知〉を強めるが、嫌な気配はむしろ増すばかりで、敵の輪郭を結ぶことはなかった。

「ここには、何かが潜んでいる。けれど……見えない」

 喉の奥がひりつくほどの緊張感に、思わず唾を飲み込む。

 地下室の天井の一部は崩れかけ、わずかな衝撃でも崩落しそうだった。慎重に瓦礫を踏み越え、僕は横穴の前に立った。

 坑道は黒い闇の中に口を開け、どこまでも深く落ちていくようだった。その暗闇の奥からは、不気味な風が吹き上げ、冷たく頬を撫でる。

 嫌な感じがするけど……進むしかない。体内の魔素を練り直し、僕はゆっくりと横穴へと足を踏み入れた。そこには、未知の恐怖が息を潜めている。

 坑道の奥は、恐ろしく静かだった。足音が砂利を噛み、僅かに湿った石壁が水を含んでじっとりと汗をかいていた。空気は淀み、腐臭が鼻をついた。僕は首巻を引き上げて口元を覆い、吐き気を堪えながら歩みを進めた。
 やがて、壁際に転がるいくつかの死骸が目に入った。闇の中で光を反射する骨と、土気色に崩れた皮膚、髪の名残が床に張り付いている。

 小動物の腐乱死体もあった。鼠や蛇の死骸が、足元で押し潰されるように腐りかけていた。暗い坑道に潜む湿り気が、冷たく背筋を撫でる。

 さらに慎重に進むと、坑道の脇に寄りかかるように倒れた死骸が目に留まった。

 最初は人かと思ったが、目を凝らすと、皮膚の一部が異様に変色し、まるで爬虫類のような鱗片が浮き出している。手の指は伸びきり、骨が奇怪に変形していた。

「怪人……なのか? いや、途中で変異を失敗したのか」

 身体のあちこちに施された縫合痕や、半ば崩れた魔術の刻印が浮き上がっている。おそらく、何か想像もつかない忌まわしい実験が行われていたのだろう。

 胸の奥で鼓動が早まった。血の気が引き、短刀を握る手に汗がにじむ。

「この先に何かある」
 慎重に歩を進め、壁伝いに移動すると、不意に視界が開けた。

 そこには、ごつごつとした岩が剥き出しの大空洞が広がっていた。天井は高く、亀裂から地下水が滲み、ぽたぽたと水音が響いている。

 岩盤が歪んで波打ち、あちこちに黒い鉱脈が走っていた。

 中央には、巨大な円形の石台が設けられていて、いくつかの儀式具や奇怪な文様が刻まれているのが見えた。

 空洞の奥からは、不気味な風が吹き抜け、まるで何かの囁きのように僕の耳元をかすめた。

 今、この場所には、この世ならざる何かが息を潜めている気がしてならなかった。

 地面からは石筍が伸び、列柱のように並んでいた。その空間に足を踏み入れると、息が白く曇るほどの冷気が肌を刺した。

 硬質な石柱の根元には、天井から鍾乳石の雫がぽたり、ぽたりと落ち、冷たい水たまりを作っていた。その間を縫うように、僕は足を進めた。

 やがて視界の先に、乱雑に積み重なった無数の装置が姿をあらわした。金属の筒や硝子の器具、錬金術の魔術刻印が施された石盤、動力源らしきマナ結晶。

 どれも血や奇妙な薬液の痕跡が付着し、異様な禍々しさを漂わせていた。

「ここで……怪人の実験をしていたのか」

 装置のひとつが、微かに冷気を帯びて唸りをあげている。氷の結晶が周囲に広がり、青白い光が機械の心臓部を脈動させていた。

 その奥には、水たまりが広がり、その中で氷漬けになった人間や動物の遺体が浮かんでいた。

 人間の顔は苦悶に歪み、髪が凍りついて水面下で揺れている。手足が変色し、どこかの部位が異様に膨張している者もいた。

 となりには小動物の群れが同じように凍結され、皮膚の一部が鱗のように変化しているものもあった。

「……教団の実験の、なれの果てか」
 僕は眉をひそめ、慎重に近づこうとした。その時だった。

 背後から、鋭い殺気が空気を裂いた。心臓が跳ね上がり、反射的に身体を横に投げ出す。瞬間、空気が爆ぜた。

 轟音とともに衝撃波が炸裂し、凍りついていた死骸が一斉に砕け散った。

 氷の破片が水面を叩きつけ、飛沫が顔に降り注ぐ。水たまりに散った氷片が、音を立てて波紋を広げた。

 地面を転がりながら短刀を抜き放つ。緊張で息が荒く、喉奥で血の味がした。

 再び立ち上がると、視線の先には人影が立っていた。黒い外套をまとい、フードの奥で赤い眼光がこちらを射抜いていた。

 目の奥で何かが鈍く光る。間違いない、教団の幹部のひとりだ。空気が粘りつくように重く、敵意が鋭い刃となって肌を刺した。

「やはり、ここに隠れていたのか……」
 血の臭いと氷の破片が入り混じり、呼吸すら重くなる。

 僕は刃を構え、地面を蹴った。背後の装置が微かに唸りをあげ、薄暗い空洞に不気味な反響を残した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界でカイゼン

soue kitakaze
ファンタジー
作者:北風 荘右衛(きたかぜ そうえ)  この物語は、よくある「異世界転生」ものです。  ただ ・転生時にチート能力はもらえません ・魔物退治用アイテムももらえません ・そもそも魔物退治はしません ・農業もしません ・でも魔法が当たり前にある世界で、魔物も魔王もいます  そこで主人公はなにをするのか。  改善手法を使った問題解決です。  主人公は現世にて「問題解決のエキスパート」であり、QC手法、IE手法、品質工学、ワークデザイン法、発想法など、問題解決技術に習熟しており、また優れた発想力を持つ人間です。ただそれを正統に評価されていないという鬱屈が溜まっていました。  そんな彼が飛ばされた異世界で、己の才覚ひとつで異世界を渡って行く。そういうお話をギャグを中心に描きます。簡単に言えば。 「人の死なない邪道ファンタジーな、異世界でカイゼンをするギャグ物語」 ということになります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

逆ハーレムを完成させた男爵令嬢は死ぬまで皆に可愛がられる(※ただし本人が幸せかは不明である)

ラララキヲ
恋愛
 平民生まれだが父が男爵だったので母親が死んでから男爵家に迎え入れられたメロディーは、男爵令嬢として貴族の通う学園へと入学した。  そこでメロディーは第一王子とその側近候補の令息三人と出会う。4人には婚約者が居たが、4人全員がメロディーを可愛がってくれて、メロディーもそれを喜んだ。  メロディーは4人の男性を同時に愛した。そしてその4人の男性からも同じ様に愛された。  しかし相手には婚約者が居る。この関係は卒業までだと悲しむメロディーに男たちは寄り添い「大丈夫だ」と言ってくれる。  そして学園の卒業式。  第一王子たちは自分の婚約者に婚約破棄を突き付ける。  そしてメロディーは愛する4人の男たちに愛されて……── ※話全体通して『ざまぁ』の話です(笑) ※乙女ゲームの様な世界観ですが転生者はいません。 ※性行為を仄めかす表現があります(が、行為そのものの表現はありません) ※バイセクシャルが居るので醸(カモ)されるのも嫌な方は注意。  ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げてます。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。

秋田ノ介
ファンタジー
  88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。  異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。  その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。  飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。  完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。  

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

転生?したら男女逆転世界

美鈴
ファンタジー
階段から落ちたら見知らぬ場所にいた僕。名前は覚えてるけど名字は分からない。年齢は多分15歳だと思うけど…。えっ…男性警護官!?って、何?男性が少ないって!?男性が襲われる危険がある!?そんな事言われても…。えっ…君が助けてくれるの?じゃあお願いします!って感じで始まっていく物語…。 ※カクヨム様にも掲載しております

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

処理中です...