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空を飛んだおばあちゃん
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なんと、僕のおばあちゃんは空を飛んだことがあるらしい。
アメリカ映画のヒーローなんかじゃない。
映画だと、ヒーローの意思で自由自在に飛びまわることのできる、いわゆる『特殊能力』ってやつだけど、おばあちゃんの場合は、望まずして飛ばされたと言った方が正しいかもしれない。
じっさいに、この現実世界で飛んだわけじゃない。
さすがに僕がまだ小さいからって、それぐらい無茶なのはわかってる。
死にかけたとき、生と死のあいだで、っていう意味でだ。……そうとしか言いようがない。
おばあちゃんは何年か前に、インフルエンザにかかって意識をなくし、救急車で総合病院に運ばれたことがある。
僕が保育園に入ってすぐのことだった。
病室に入れられ、身体じゅう管で通されたうえ、機械の力を借りて命をつないだんだ。
とにかく、自力で生きていられないような状態だったみたい。かなり危なかったそうだ。
ここからはおばあちゃんが生と死のはざまで体験した話。おばあちゃんはこう言った――。
ハッと気づいたら、自分は宙に浮かんでるんだと。
風をはらんだ凧みたいに空を舞い、地面に足をつけたくても、深い海でしっかり足がつかないように、勝手に浮いてしまう。
おばあちゃんはとっさに思った。
「私はいま、霊魂だけとなってしまったのかも。だとしたら、死んでしまったのかしら?」
そうこうするうちに、自分の意思とは関係なしに、暗い夜空を飛行しはじめた。
うつ伏せになった姿勢で、頭を前にし、ぐんぐん加速して飛ぶ。飛びたいわけじゃないのに、飛ばされてるって感じなんだとか。
もう漂うっていうレベルなんかじゃない。
高速で突き進む。オリンピックの競技、ボブスレーなみにとにかく速い。
なにかに引き寄せられるかのように前へ進む強烈な感覚。
まわりは真っ暗な闇。
まるで墨汁をこぼしたかのような黒一色の世界。
さすがに怖い、と思った。
高速移動した先に、地獄が口をあけてるんじゃないか、おばあちゃんは不安でおののいた。
たしかに気が気じゃないと思う。僕でもたまらない。
飛行に身をまかせているうちに、だんだんと眼が闇になれてきた。
さっきまで真っ暗な視界だったけど、まわりの景色がおぼろげにわかるようになってきたんだ。
眼下に竹林が広がっていた。
豊かな枝を張らした竹が一面生えていた。
どうやら竹林の上を、おばあちゃんは猛スピードで飛んでるらしい。
さらに進むにつれ、竹の形がシンプルになったような気がした。
おばあちゃんは眼をこらした。
竹の様子がおかしい。
それもそのはず。枝が断ち切られ、幹さえも中途から斜めにカットされているんだ。
その切り口は、鋭い刃物で切断したようなあざやかさ。先端が尖ってる。
数えきれないほどの竹の罠なんだ。ちょうど生け花に使う剣山みたいな感じ……。
空を飛ぶスピードが落ち、まさかその上に落ちようものなら、串刺しになるような仕掛けだ。
落ちるまい。
あんたところに落ちたらひとたまりもない。落ちてたまるか!
おばあちゃんはそう念じて、飛び続けた。
どれほど時間が経ったろうか。
なんとか飛行を保ち、だだっ広い竹林の真上を抜けたらしいんだ。
そうすると、前方の夜空に光がさした。
はじめはほのかなオレンジ色だったけど、すみれ色へとかわり、やがてまばゆい雪のような白さが太陽みたいに輝いた。
おばあちゃんは無我夢中で光の中心に身をおどらせた。
全身が光に包まれたと思った瞬間、我に返った。
気づけば病室の天井を見あげていた。ぼんやり、この世に帰ってこれたんだと実感したそうだ。
おばあちゃんはこう語ってくれた。
「一時は重体に陥り、お医者さんが家族の者を集め、ダメかもしれないと告げたそうなの。最後の光の向こうで誰かが見えたわ。もしかしたら、あれが神さまか仏さまだったのかもしれない。でもね、ヒサシちゃん。こうして生きて戻ることができたのも、あなたのパパやママ、それにあなたがあきらめず、夜どおし私の手を握ってくれたからだと思うの。ありがとね、ヒサシちゃん」
おばあちゃんはそう言うと、ホロリと涙を見せた。
了
アメリカ映画のヒーローなんかじゃない。
映画だと、ヒーローの意思で自由自在に飛びまわることのできる、いわゆる『特殊能力』ってやつだけど、おばあちゃんの場合は、望まずして飛ばされたと言った方が正しいかもしれない。
じっさいに、この現実世界で飛んだわけじゃない。
さすがに僕がまだ小さいからって、それぐらい無茶なのはわかってる。
死にかけたとき、生と死のあいだで、っていう意味でだ。……そうとしか言いようがない。
おばあちゃんは何年か前に、インフルエンザにかかって意識をなくし、救急車で総合病院に運ばれたことがある。
僕が保育園に入ってすぐのことだった。
病室に入れられ、身体じゅう管で通されたうえ、機械の力を借りて命をつないだんだ。
とにかく、自力で生きていられないような状態だったみたい。かなり危なかったそうだ。
ここからはおばあちゃんが生と死のはざまで体験した話。おばあちゃんはこう言った――。
ハッと気づいたら、自分は宙に浮かんでるんだと。
風をはらんだ凧みたいに空を舞い、地面に足をつけたくても、深い海でしっかり足がつかないように、勝手に浮いてしまう。
おばあちゃんはとっさに思った。
「私はいま、霊魂だけとなってしまったのかも。だとしたら、死んでしまったのかしら?」
そうこうするうちに、自分の意思とは関係なしに、暗い夜空を飛行しはじめた。
うつ伏せになった姿勢で、頭を前にし、ぐんぐん加速して飛ぶ。飛びたいわけじゃないのに、飛ばされてるって感じなんだとか。
もう漂うっていうレベルなんかじゃない。
高速で突き進む。オリンピックの競技、ボブスレーなみにとにかく速い。
なにかに引き寄せられるかのように前へ進む強烈な感覚。
まわりは真っ暗な闇。
まるで墨汁をこぼしたかのような黒一色の世界。
さすがに怖い、と思った。
高速移動した先に、地獄が口をあけてるんじゃないか、おばあちゃんは不安でおののいた。
たしかに気が気じゃないと思う。僕でもたまらない。
飛行に身をまかせているうちに、だんだんと眼が闇になれてきた。
さっきまで真っ暗な視界だったけど、まわりの景色がおぼろげにわかるようになってきたんだ。
眼下に竹林が広がっていた。
豊かな枝を張らした竹が一面生えていた。
どうやら竹林の上を、おばあちゃんは猛スピードで飛んでるらしい。
さらに進むにつれ、竹の形がシンプルになったような気がした。
おばあちゃんは眼をこらした。
竹の様子がおかしい。
それもそのはず。枝が断ち切られ、幹さえも中途から斜めにカットされているんだ。
その切り口は、鋭い刃物で切断したようなあざやかさ。先端が尖ってる。
数えきれないほどの竹の罠なんだ。ちょうど生け花に使う剣山みたいな感じ……。
空を飛ぶスピードが落ち、まさかその上に落ちようものなら、串刺しになるような仕掛けだ。
落ちるまい。
あんたところに落ちたらひとたまりもない。落ちてたまるか!
おばあちゃんはそう念じて、飛び続けた。
どれほど時間が経ったろうか。
なんとか飛行を保ち、だだっ広い竹林の真上を抜けたらしいんだ。
そうすると、前方の夜空に光がさした。
はじめはほのかなオレンジ色だったけど、すみれ色へとかわり、やがてまばゆい雪のような白さが太陽みたいに輝いた。
おばあちゃんは無我夢中で光の中心に身をおどらせた。
全身が光に包まれたと思った瞬間、我に返った。
気づけば病室の天井を見あげていた。ぼんやり、この世に帰ってこれたんだと実感したそうだ。
おばあちゃんはこう語ってくれた。
「一時は重体に陥り、お医者さんが家族の者を集め、ダメかもしれないと告げたそうなの。最後の光の向こうで誰かが見えたわ。もしかしたら、あれが神さまか仏さまだったのかもしれない。でもね、ヒサシちゃん。こうして生きて戻ることができたのも、あなたのパパやママ、それにあなたがあきらめず、夜どおし私の手を握ってくれたからだと思うの。ありがとね、ヒサシちゃん」
おばあちゃんはそう言うと、ホロリと涙を見せた。
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