1 / 1
空を飛んだおばあちゃん
しおりを挟む
なんと、僕のおばあちゃんは空を飛んだことがあるらしい。
アメリカ映画のヒーローなんかじゃない。
映画だと、ヒーローの意思で自由自在に飛びまわることのできる、いわゆる『特殊能力』ってやつだけど、おばあちゃんの場合は、望まずして飛ばされたと言った方が正しいかもしれない。
じっさいに、この現実世界で飛んだわけじゃない。
さすがに僕がまだ小さいからって、それぐらい無茶なのはわかってる。
死にかけたとき、生と死のあいだで、っていう意味でだ。……そうとしか言いようがない。
おばあちゃんは何年か前に、インフルエンザにかかって意識をなくし、救急車で総合病院に運ばれたことがある。
僕が保育園に入ってすぐのことだった。
病室に入れられ、身体じゅう管で通されたうえ、機械の力を借りて命をつないだんだ。
とにかく、自力で生きていられないような状態だったみたい。かなり危なかったそうだ。
ここからはおばあちゃんが生と死のはざまで体験した話。おばあちゃんはこう言った――。
ハッと気づいたら、自分は宙に浮かんでるんだと。
風をはらんだ凧みたいに空を舞い、地面に足をつけたくても、深い海でしっかり足がつかないように、勝手に浮いてしまう。
おばあちゃんはとっさに思った。
「私はいま、霊魂だけとなってしまったのかも。だとしたら、死んでしまったのかしら?」
そうこうするうちに、自分の意思とは関係なしに、暗い夜空を飛行しはじめた。
うつ伏せになった姿勢で、頭を前にし、ぐんぐん加速して飛ぶ。飛びたいわけじゃないのに、飛ばされてるって感じなんだとか。
もう漂うっていうレベルなんかじゃない。
高速で突き進む。オリンピックの競技、ボブスレーなみにとにかく速い。
なにかに引き寄せられるかのように前へ進む強烈な感覚。
まわりは真っ暗な闇。
まるで墨汁をこぼしたかのような黒一色の世界。
さすがに怖い、と思った。
高速移動した先に、地獄が口をあけてるんじゃないか、おばあちゃんは不安でおののいた。
たしかに気が気じゃないと思う。僕でもたまらない。
飛行に身をまかせているうちに、だんだんと眼が闇になれてきた。
さっきまで真っ暗な視界だったけど、まわりの景色がおぼろげにわかるようになってきたんだ。
眼下に竹林が広がっていた。
豊かな枝を張らした竹が一面生えていた。
どうやら竹林の上を、おばあちゃんは猛スピードで飛んでるらしい。
さらに進むにつれ、竹の形がシンプルになったような気がした。
おばあちゃんは眼をこらした。
竹の様子がおかしい。
それもそのはず。枝が断ち切られ、幹さえも中途から斜めにカットされているんだ。
その切り口は、鋭い刃物で切断したようなあざやかさ。先端が尖ってる。
数えきれないほどの竹の罠なんだ。ちょうど生け花に使う剣山みたいな感じ……。
空を飛ぶスピードが落ち、まさかその上に落ちようものなら、串刺しになるような仕掛けだ。
落ちるまい。
あんたところに落ちたらひとたまりもない。落ちてたまるか!
おばあちゃんはそう念じて、飛び続けた。
どれほど時間が経ったろうか。
なんとか飛行を保ち、だだっ広い竹林の真上を抜けたらしいんだ。
そうすると、前方の夜空に光がさした。
はじめはほのかなオレンジ色だったけど、すみれ色へとかわり、やがてまばゆい雪のような白さが太陽みたいに輝いた。
おばあちゃんは無我夢中で光の中心に身をおどらせた。
全身が光に包まれたと思った瞬間、我に返った。
気づけば病室の天井を見あげていた。ぼんやり、この世に帰ってこれたんだと実感したそうだ。
おばあちゃんはこう語ってくれた。
「一時は重体に陥り、お医者さんが家族の者を集め、ダメかもしれないと告げたそうなの。最後の光の向こうで誰かが見えたわ。もしかしたら、あれが神さまか仏さまだったのかもしれない。でもね、ヒサシちゃん。こうして生きて戻ることができたのも、あなたのパパやママ、それにあなたがあきらめず、夜どおし私の手を握ってくれたからだと思うの。ありがとね、ヒサシちゃん」
おばあちゃんはそう言うと、ホロリと涙を見せた。
了
アメリカ映画のヒーローなんかじゃない。
映画だと、ヒーローの意思で自由自在に飛びまわることのできる、いわゆる『特殊能力』ってやつだけど、おばあちゃんの場合は、望まずして飛ばされたと言った方が正しいかもしれない。
じっさいに、この現実世界で飛んだわけじゃない。
さすがに僕がまだ小さいからって、それぐらい無茶なのはわかってる。
死にかけたとき、生と死のあいだで、っていう意味でだ。……そうとしか言いようがない。
おばあちゃんは何年か前に、インフルエンザにかかって意識をなくし、救急車で総合病院に運ばれたことがある。
僕が保育園に入ってすぐのことだった。
病室に入れられ、身体じゅう管で通されたうえ、機械の力を借りて命をつないだんだ。
とにかく、自力で生きていられないような状態だったみたい。かなり危なかったそうだ。
ここからはおばあちゃんが生と死のはざまで体験した話。おばあちゃんはこう言った――。
ハッと気づいたら、自分は宙に浮かんでるんだと。
風をはらんだ凧みたいに空を舞い、地面に足をつけたくても、深い海でしっかり足がつかないように、勝手に浮いてしまう。
おばあちゃんはとっさに思った。
「私はいま、霊魂だけとなってしまったのかも。だとしたら、死んでしまったのかしら?」
そうこうするうちに、自分の意思とは関係なしに、暗い夜空を飛行しはじめた。
うつ伏せになった姿勢で、頭を前にし、ぐんぐん加速して飛ぶ。飛びたいわけじゃないのに、飛ばされてるって感じなんだとか。
もう漂うっていうレベルなんかじゃない。
高速で突き進む。オリンピックの競技、ボブスレーなみにとにかく速い。
なにかに引き寄せられるかのように前へ進む強烈な感覚。
まわりは真っ暗な闇。
まるで墨汁をこぼしたかのような黒一色の世界。
さすがに怖い、と思った。
高速移動した先に、地獄が口をあけてるんじゃないか、おばあちゃんは不安でおののいた。
たしかに気が気じゃないと思う。僕でもたまらない。
飛行に身をまかせているうちに、だんだんと眼が闇になれてきた。
さっきまで真っ暗な視界だったけど、まわりの景色がおぼろげにわかるようになってきたんだ。
眼下に竹林が広がっていた。
豊かな枝を張らした竹が一面生えていた。
どうやら竹林の上を、おばあちゃんは猛スピードで飛んでるらしい。
さらに進むにつれ、竹の形がシンプルになったような気がした。
おばあちゃんは眼をこらした。
竹の様子がおかしい。
それもそのはず。枝が断ち切られ、幹さえも中途から斜めにカットされているんだ。
その切り口は、鋭い刃物で切断したようなあざやかさ。先端が尖ってる。
数えきれないほどの竹の罠なんだ。ちょうど生け花に使う剣山みたいな感じ……。
空を飛ぶスピードが落ち、まさかその上に落ちようものなら、串刺しになるような仕掛けだ。
落ちるまい。
あんたところに落ちたらひとたまりもない。落ちてたまるか!
おばあちゃんはそう念じて、飛び続けた。
どれほど時間が経ったろうか。
なんとか飛行を保ち、だだっ広い竹林の真上を抜けたらしいんだ。
そうすると、前方の夜空に光がさした。
はじめはほのかなオレンジ色だったけど、すみれ色へとかわり、やがてまばゆい雪のような白さが太陽みたいに輝いた。
おばあちゃんは無我夢中で光の中心に身をおどらせた。
全身が光に包まれたと思った瞬間、我に返った。
気づけば病室の天井を見あげていた。ぼんやり、この世に帰ってこれたんだと実感したそうだ。
おばあちゃんはこう語ってくれた。
「一時は重体に陥り、お医者さんが家族の者を集め、ダメかもしれないと告げたそうなの。最後の光の向こうで誰かが見えたわ。もしかしたら、あれが神さまか仏さまだったのかもしれない。でもね、ヒサシちゃん。こうして生きて戻ることができたのも、あなたのパパやママ、それにあなたがあきらめず、夜どおし私の手を握ってくれたからだと思うの。ありがとね、ヒサシちゃん」
おばあちゃんはそう言うと、ホロリと涙を見せた。
了
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
瑠璃の姫君と鉄黒の騎士
石河 翠
児童書・童話
可愛いフェリシアはひとりぼっち。部屋の中に閉じ込められ、放置されています。彼女の楽しみは、窓の隙間から空を眺めながら歌うことだけ。
そんなある日フェリシアは、貧しい身なりの男の子にさらわれてしまいました。彼は本来自分が受け取るべきだった幸せを、フェリシアが台無しにしたのだと責め立てます。
突然のことに困惑しつつも、男の子のためにできることはないかと悩んだあげく、彼女は一本の羽を渡すことに決めました。
大好きな友達に似た男の子に笑ってほしい、ただその一心で。けれどそれは、彼女の命を削る行為で……。
記憶を失くしたヒロインと、幸せになりたいヒーローの物語。ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:249286)をお借りしています。
おっとりドンの童歌
花田 一劫
児童書・童話
いつもおっとりしているドン(道明寺僚) が、通学途中で暴走車に引かれてしまった。
意識を失い気が付くと、この世では見たことのない奇妙な部屋の中。
「どこ。どこ。ここはどこ?」と自問していたら、こっちに雀が近づいて来た。
なんと、その雀は歌をうたい狂ったように踊って(跳ねて)いた。
「チュン。チュン。はあ~。らっせーら。らっせいら。らせらせ、らせーら。」と。
その雀が言うことには、ドンが死んだことを(津軽弁や古いギャグを交えて)伝えに来た者だという。
道明寺が下の世界を覗くと、テレビのドラマで観た昔話の風景のようだった。
その中には、自分と瓜二つのドン助や同級生の瓜二つのハナちゃん、ヤーミ、イート、ヨウカイ、カトッぺがいた。
みんながいる村では、ヌエという妖怪がいた。
ヌエとは、顔は鬼、身体は熊、虎の手や足をもち、何とシッポの先に大蛇の頭がついてあり、人を食べる恐ろしい妖怪のことだった。
ある時、ハナちゃんがヌエに攫われて、ドン助とヤーミがヌエを退治に行くことになるが、天界からドラマを観るように楽しんで鑑賞していた道明寺だったが、道明寺の体は消え、意識はドン助の体と同化していった。
ドン助とヤーミは、ハナちゃんを救出できたのか?恐ろしいヌエは退治できたのか?
【もふもふ手芸部】あみぐるみ作ってみる、だけのはずが勇者ってなんなの!?
釈 余白(しやく)
児童書・童話
網浜ナオは勉強もスポーツも中の下で無難にこなす平凡な少年だ。今年はいよいよ最高学年になったのだが過去5年間で100点を取ったことも運動会で1等を取ったこともない。もちろん習字や美術で賞をもらったこともなかった。
しかしそんなナオでも一つだけ特技を持っていた。それは編み物、それもあみぐるみを作らせたらおそらく学校で一番、もちろん家庭科の先生よりもうまく作れることだった。友達がいないわけではないが、人に合わせるのが苦手なナオにとっては一人でできる趣味としてもいい気晴らしになっていた。
そんなナオがあみぐるみのメイキング動画を動画サイトへ投稿したり動画配信を始めたりしているうちに奇妙な場所へ迷い込んだ夢を見る。それは現実とは思えないが夢と言うには不思議な感覚で、沢山のぬいぐるみが暮らす『もふもふの国』という場所だった。
そのもふもふの国で、元同級生の丸川亜矢と出会いもふもふの国が滅亡の危機にあると聞かされる。実はその国の王女だと言う亜美の願いにより、もふもふの国を救うべく、ナオは立ち上がった。
そうして、女の子は人形へ戻ってしまいました。
桗梛葉 (たなは)
児童書・童話
神様がある日人形を作りました。
それは女の子の人形で、あまりに上手にできていたので神様はその人形に命を与える事にしました。
でも笑わないその子はやっぱりお人形だと言われました。
そこで神様は心に1つの袋をあげたのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる