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27.狒々もどき
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こうして一行は二手に別れることになった。
広場を迂回し、小高い丘へ続く危なげな坂道をのぼる男たち。
先頭の平泉は、覆いかぶさる藪をブッシュナイフで払いつつ前進した。こうも生い茂っていると、恐ろしく時間がかかりそうだ。
すでに顔から滝のように汗がしたたっており、うしろを歩く交野すら、小わきに抱えた納骨袋は思いのほか重荷で、全身汗だくになっていた。
咲希は母の細い身体を気づかいながら石段をくだっていった。灰色の海原が見渡せた。
平泉は女たちが消えたのを見届けてから、砕けた口調で、
「嘆かわしいことに、じっさいは」と、言った。「ここ最近じゃ、悉平島の人間が死ねば、みんながみな、猿葬にするわけじゃないんだ。残念ながら、時代も変わりつつある」
「絶対的な島のしきたりじゃないのか?」
「内地でさえ、その昔、火葬の制度が導入された当時にしても、あくまで土葬に固執した家系、あるいは故人の遺言もあったわな。ま、これは保守的な考えの場合だが。同じく、悉平島のやり方に疑問をもつ者もいないわけじゃない。じっさい、こういった自然葬に異を唱える団体もいる。逆もしかりってわけだ。……強制するわけにもいくまいよ。島の風土が生んだしきたりとはいえ、現行法に触れるのはまちがいないんだしな。よそから入ってきた人間や、外の空気を吸った地元の人間が戻ってきたりすると、えてしてこんな風習は忌み嫌われる。野蛮だと」
「だろうよ。猿に食べられることで来世につながるなんて発想だって、どうかと思う」
「どうとでも言えってんだ」
「気になっていたんだが、ひとつ、疑問をぶつけていいか」
「疑問だ?」
「前回、猿葬があってから、ずいぶん開きがあるんじゃないのか。この雑草の繁り方を見るにつけ、少なくとも夏場に入ってから久しぶりに行われたような気がするが。失礼な言い方だが、島民の高齢化を考えると、もっとコンスタントに葬儀があってもいいはずだ。なのに納骨堂とやらに続く道が、やけに寂れていると思ったんだ」と、交野は納骨袋を左の肩にかけなおしながら言った。「つまり、この風習も廃れつつあるんじゃないのか?」
「鋭い。ますます気に入った」と、平泉はナイフをふるう手をとめ、笑みをこぼした。横目で広場を見おろし、誰もいないことを確かめてから眠そうな口調で、「さては例の件だな。島のタブーが気になって、おれの口からじかに真実を聞き出さなきゃ納得いかねえんだろ。でなきゃ、わざわざ納骨堂までついて来ねえよな」
「はっきり言えば」平泉の背中につかみかからんばかりに迫り、匕首で刺すように言った。「こんな状況をおいてほかに、あんたと二人きりになれる機会はまたとないからな。それともサシで飲みながら話すか? ここで汗まみれになることもないさ」
交野が目撃した6体の人影の正体がなんであるか確かめず、悉平島から去るわけにはいかなかった。さもないと、残りの人生を黒い蟠りを抱えたまま悶々とすごすことになる。
「悪くないね。猿噛み島の歴史を語るにゃ、時間がいる。もっとも、居酒屋で話す内容じゃあるまいよ」
「それほど後ろ暗いいわくがあるのか? あの原始人みたいな人間たちはなんだ。おれは半分首を突っ込んでる。知る必要があるはずだ。教えろ」
「教えろ、ときたか」ナイフを投げやりに振り、進路方向のタラの木を一刀のもとに切り捨てた。「いいだろ。特別に教えてやる。へんに勘ぐられて、ことが暴露されても困るしな」
「今日は物わかり、いいじゃないか」
「おまえさんの度胸に根負けしたのさ。ここまで食いついてきた奴もめずらしいからな。アマゾン川のピラニアも真っ青だ」道にふさがるもう一本のタラを斜めに切りつけ、棘のついた木をどけながら言った。「ただし条件つきだ。これから話すことはいっさい口外しないこと。約束を破った日にゃあ、ただじゃおかねえからな。いいか、覚悟しろ」
「しっかり、肝に銘じとくさ」
平泉は藪を突っきり、遅々たる行軍を続けながら言った。
「じつのところ、猿噛み島は猿葬用の無人島と謳いながら、ここには13匹もの人が――人と呼べるほどの理性をもっていればだが――住み着いている。おれの知るかぎりの範囲だ。むろん、人知れずおっ死んだ奴もいるかもしれないし、あるいは雄雌いることだし、考えたくもないが子供を作り、増えたことだってあり得る。まさに、しっちゃかめっちゃかな話だな」
「待てよ。事情が飲みこめない。事の発端から話してくれ」
「おれは漁師兼、猿葬師であって、役人や学校の先生じゃないんだ。1から10まで筋立てて話せっこあるもんか。おれが生まれるまえから、島はこんなだった。これが当たりまえなんで、おれもよくわからんようになっちまってる。異常がまかり通ってるんだ。こんな気持ち、わからんかね」
肩で息をしながら平泉はふり向き、にらみつけた。
「わからんよ。わかってたまるか」
「とにかくだ。奴らは猿どもに混じって、もとから島に住んでる。上下関係じゃ、皮肉にも人間さま――というより、『人猿』だな――の方が格下だ。おれが知るかぎり、その数13匹」
「なぜ体ではなく、匹なんだ」
「見てのとおりだ。かろうじて人の姿をしてるが、奴らは人間じゃねえ。とっくの昔に畜生道に堕ちたからさ」
「彼らに人権すらないのか。だとしても、なぜ島に隠す必要が」
「平たく言や、わけあり連中ばかりだからだ。おれや、この秘密を知ってる人間のあいだじゃ、『狒々もどき』と呼んでる。隠語だ」
広場を迂回し、小高い丘へ続く危なげな坂道をのぼる男たち。
先頭の平泉は、覆いかぶさる藪をブッシュナイフで払いつつ前進した。こうも生い茂っていると、恐ろしく時間がかかりそうだ。
すでに顔から滝のように汗がしたたっており、うしろを歩く交野すら、小わきに抱えた納骨袋は思いのほか重荷で、全身汗だくになっていた。
咲希は母の細い身体を気づかいながら石段をくだっていった。灰色の海原が見渡せた。
平泉は女たちが消えたのを見届けてから、砕けた口調で、
「嘆かわしいことに、じっさいは」と、言った。「ここ最近じゃ、悉平島の人間が死ねば、みんながみな、猿葬にするわけじゃないんだ。残念ながら、時代も変わりつつある」
「絶対的な島のしきたりじゃないのか?」
「内地でさえ、その昔、火葬の制度が導入された当時にしても、あくまで土葬に固執した家系、あるいは故人の遺言もあったわな。ま、これは保守的な考えの場合だが。同じく、悉平島のやり方に疑問をもつ者もいないわけじゃない。じっさい、こういった自然葬に異を唱える団体もいる。逆もしかりってわけだ。……強制するわけにもいくまいよ。島の風土が生んだしきたりとはいえ、現行法に触れるのはまちがいないんだしな。よそから入ってきた人間や、外の空気を吸った地元の人間が戻ってきたりすると、えてしてこんな風習は忌み嫌われる。野蛮だと」
「だろうよ。猿に食べられることで来世につながるなんて発想だって、どうかと思う」
「どうとでも言えってんだ」
「気になっていたんだが、ひとつ、疑問をぶつけていいか」
「疑問だ?」
「前回、猿葬があってから、ずいぶん開きがあるんじゃないのか。この雑草の繁り方を見るにつけ、少なくとも夏場に入ってから久しぶりに行われたような気がするが。失礼な言い方だが、島民の高齢化を考えると、もっとコンスタントに葬儀があってもいいはずだ。なのに納骨堂とやらに続く道が、やけに寂れていると思ったんだ」と、交野は納骨袋を左の肩にかけなおしながら言った。「つまり、この風習も廃れつつあるんじゃないのか?」
「鋭い。ますます気に入った」と、平泉はナイフをふるう手をとめ、笑みをこぼした。横目で広場を見おろし、誰もいないことを確かめてから眠そうな口調で、「さては例の件だな。島のタブーが気になって、おれの口からじかに真実を聞き出さなきゃ納得いかねえんだろ。でなきゃ、わざわざ納骨堂までついて来ねえよな」
「はっきり言えば」平泉の背中につかみかからんばかりに迫り、匕首で刺すように言った。「こんな状況をおいてほかに、あんたと二人きりになれる機会はまたとないからな。それともサシで飲みながら話すか? ここで汗まみれになることもないさ」
交野が目撃した6体の人影の正体がなんであるか確かめず、悉平島から去るわけにはいかなかった。さもないと、残りの人生を黒い蟠りを抱えたまま悶々とすごすことになる。
「悪くないね。猿噛み島の歴史を語るにゃ、時間がいる。もっとも、居酒屋で話す内容じゃあるまいよ」
「それほど後ろ暗いいわくがあるのか? あの原始人みたいな人間たちはなんだ。おれは半分首を突っ込んでる。知る必要があるはずだ。教えろ」
「教えろ、ときたか」ナイフを投げやりに振り、進路方向のタラの木を一刀のもとに切り捨てた。「いいだろ。特別に教えてやる。へんに勘ぐられて、ことが暴露されても困るしな」
「今日は物わかり、いいじゃないか」
「おまえさんの度胸に根負けしたのさ。ここまで食いついてきた奴もめずらしいからな。アマゾン川のピラニアも真っ青だ」道にふさがるもう一本のタラを斜めに切りつけ、棘のついた木をどけながら言った。「ただし条件つきだ。これから話すことはいっさい口外しないこと。約束を破った日にゃあ、ただじゃおかねえからな。いいか、覚悟しろ」
「しっかり、肝に銘じとくさ」
平泉は藪を突っきり、遅々たる行軍を続けながら言った。
「じつのところ、猿噛み島は猿葬用の無人島と謳いながら、ここには13匹もの人が――人と呼べるほどの理性をもっていればだが――住み着いている。おれの知るかぎりの範囲だ。むろん、人知れずおっ死んだ奴もいるかもしれないし、あるいは雄雌いることだし、考えたくもないが子供を作り、増えたことだってあり得る。まさに、しっちゃかめっちゃかな話だな」
「待てよ。事情が飲みこめない。事の発端から話してくれ」
「おれは漁師兼、猿葬師であって、役人や学校の先生じゃないんだ。1から10まで筋立てて話せっこあるもんか。おれが生まれるまえから、島はこんなだった。これが当たりまえなんで、おれもよくわからんようになっちまってる。異常がまかり通ってるんだ。こんな気持ち、わからんかね」
肩で息をしながら平泉はふり向き、にらみつけた。
「わからんよ。わかってたまるか」
「とにかくだ。奴らは猿どもに混じって、もとから島に住んでる。上下関係じゃ、皮肉にも人間さま――というより、『人猿』だな――の方が格下だ。おれが知るかぎり、その数13匹」
「なぜ体ではなく、匹なんだ」
「見てのとおりだ。かろうじて人の姿をしてるが、奴らは人間じゃねえ。とっくの昔に畜生道に堕ちたからさ」
「彼らに人権すらないのか。だとしても、なぜ島に隠す必要が」
「平たく言や、わけあり連中ばかりだからだ。おれや、この秘密を知ってる人間のあいだじゃ、『狒々もどき』と呼んでる。隠語だ」
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