28 / 37
28.「いずれにせよ、現代の姥捨て山か」
しおりを挟む
「隠語」
どうにか丘を越えたあと、平泉は手近の岩に腰かけ、小休止させてくれと言った。
平泉がかたわらの岩をあごでしゃくった。
交野も納骨袋をおろすと、へたり込むように座った。
「むごい話さ。明治28年ごろだ。悉平島のみならずトカラ列島一帯に伝染病が猛威をふるった。コレラだ。当時の致死率は5割。症状が末期になり、医者にサジを投げられた患者が、人知れずここに置き去りにされた。当時の猿どもはいまより飢えていた。生きたまま猿のえじきにされたこともあったらしい。考えてもみろ。生きたままガブリとやられるんだぜ。……おおこわ!」
「コレラにかかってるからって、そんなことがゆるされたのか? 法もクソもないじゃないか」
「当時はあまりにも患者の数が多すぎて、倫理を謳ってる余裕はなかったんだろ。現実はこんなもんさ。弱者は淘汰される」
「待て待て……。島に置き去りにされた人間が、一方で猿に食われ、もう一方でどうやって生き延びられたんだ?」
「なかには反対に猿を手なずけ、同胞となった者もいた。同胞というより、猿どもに服従を誓って、生を勝ち取ったというべきか。その末裔こそ、奴らの正体さ。猿どもに囲まれて生きてきたため、ろくに言葉もしゃべることができん」
交野はうなって首をふった。
「荒唐無稽もいいところだ。島で生まれただと? 物理的にそんなことが可能なもんか。抗生物質もない島だぞ」
「しっかと見たじゃねえか。あれが動かぬ証拠さ。あれこそ現実だ。認めたくないのはわかるが」と、平泉は辛抱強く言った。「もっとも、病気に対する免疫はあるはずもない。ちょっとした感染症になっただけで、イチコロになるにちがいない。が、ごくまれに生命力の強い奴だけが、ああして生きながらえてるわけだ」
交野は烈しく頭をふった。
「そんなことって、あるはずが――」
平泉は掌にこぶしを打ちつけた。乾いた音に、交野は尻が浮きあがる思いをした。
「それだけじゃないんだ。コレラによる患者だけのみならず、ここ近年だって、連れてこられた事例もあるらしい。『らしい』っていうのは、おれは部外者だからだ。ひそかに聞いた話だと、悉平島に流れてきた素性の知れんやくざ者や、働きもせず親の年金を食いつぶしてる穀潰し、あるいは町で悪さばかりして、どうにもならんガキなんかもひっくるめて、ここに捨てた歴史があるそうだ」
「むちゃくちゃだ」
「誰に拉致されるかまでは知らん。堅気の人間のしわざではなかろうよ」と、平泉は言い、ブッシュナイフの刃先をかたむけて陽光を反射させた。刃は念入りに焼き入れされ、紫色を帯びていた。「そんな奴らを捕え、泳いで逃亡しないよう、おれの親父や、そのまた先代は、足首を切り落とすのに一役買ったとのことだ。とは言っても、不衛生な場所柄、たいていは破傷風をこじらせたりして、長くは生きられんかったろうが」
「鬼畜もいいところじゃないか。いくら悪さするからって」交野は声を荒げ、眼を見開いた。「まさか、こんなタブーが隠されていたなんて夢にも思わなかった。……ひょっとして、それを知ったおれは消されるんじゃなかろうな?」
平泉は下からにらみあげ、クスクス笑った。
「心配しなさんな。おめえが秘密を知ったところで、同じように置き去りにするつもりはねえさ。だいいち、咲希たちになんて説明すりゃいい。真っ先にサツに疑われるわな」
「冷汗をかかせるな。口ぶりから察するに、あんたは手を染めていないわけだな。あんたはそこまでやる人じゃないと、信じてるつもりだ」
平泉は口を開けたまま、拍子抜けしたような表情を見せ、
「信じてくれるってか。都会もんのおまえさんが。ありがたくて、涙がチョチョ切れるね」と言い、ひとしきりカラカラと大笑した。
「物騒なものはおろせよ。そいつは生きた人間相手に使うべきじゃあない」
「しかも駆け引き上手ときた」と言って、立ちあがった。ふたたび獣道にふさがるイバラを払いはじめた。刈らずに強行すれば、たちまち二の腕やふくらはぎが傷だらけになるだろう。「おれもこんな稼業を続けてると、悉平島の人間のなかにゃ、あることないこと陰口叩く奴がいるもんでね。つい疑り深くなるってもんよ。我慢してるつもりだが、こちとら血の気が多くてかなわん。『おまえは遺体をさばくのに慣れてるんだから、どうせ生きた人間だって手にかけたこともあるんじゃないか』とね。いらぬ想像をされがちだ」
「職業差別だな」
交野の方をふり向き、真顔で、
「おれはあくまで死体解体人であり、猿葬師にすぎん。この件についてはノータッチだ。親父や、そのまた先代こそ『狒々もどき』に関わってきたらしいがな。さっきも言ったように、秘密裏に島へ捨てにくる『業者』が別に存在した。くわしく説明するまでもあるまい。それはおれの関知するところではない。『狒々もどき』に関しては、深入りするなという暗黙の了解があるほどだ。誰から?なんて野暮な質問はなしだ」
交野は長いあいだ、うなった。
「いずれにせよ、現代の姥捨て山か。ことが明るみに出たら、えらい騒ぎになるぞ」
「だろうな。人権問題で報道陣が殺到する。悉平島も好奇な眼で見られ、思いっきり叩かれるだろう。そうなったら、この風習もおしまいだ」
どうにか丘を越えたあと、平泉は手近の岩に腰かけ、小休止させてくれと言った。
平泉がかたわらの岩をあごでしゃくった。
交野も納骨袋をおろすと、へたり込むように座った。
「むごい話さ。明治28年ごろだ。悉平島のみならずトカラ列島一帯に伝染病が猛威をふるった。コレラだ。当時の致死率は5割。症状が末期になり、医者にサジを投げられた患者が、人知れずここに置き去りにされた。当時の猿どもはいまより飢えていた。生きたまま猿のえじきにされたこともあったらしい。考えてもみろ。生きたままガブリとやられるんだぜ。……おおこわ!」
「コレラにかかってるからって、そんなことがゆるされたのか? 法もクソもないじゃないか」
「当時はあまりにも患者の数が多すぎて、倫理を謳ってる余裕はなかったんだろ。現実はこんなもんさ。弱者は淘汰される」
「待て待て……。島に置き去りにされた人間が、一方で猿に食われ、もう一方でどうやって生き延びられたんだ?」
「なかには反対に猿を手なずけ、同胞となった者もいた。同胞というより、猿どもに服従を誓って、生を勝ち取ったというべきか。その末裔こそ、奴らの正体さ。猿どもに囲まれて生きてきたため、ろくに言葉もしゃべることができん」
交野はうなって首をふった。
「荒唐無稽もいいところだ。島で生まれただと? 物理的にそんなことが可能なもんか。抗生物質もない島だぞ」
「しっかと見たじゃねえか。あれが動かぬ証拠さ。あれこそ現実だ。認めたくないのはわかるが」と、平泉は辛抱強く言った。「もっとも、病気に対する免疫はあるはずもない。ちょっとした感染症になっただけで、イチコロになるにちがいない。が、ごくまれに生命力の強い奴だけが、ああして生きながらえてるわけだ」
交野は烈しく頭をふった。
「そんなことって、あるはずが――」
平泉は掌にこぶしを打ちつけた。乾いた音に、交野は尻が浮きあがる思いをした。
「それだけじゃないんだ。コレラによる患者だけのみならず、ここ近年だって、連れてこられた事例もあるらしい。『らしい』っていうのは、おれは部外者だからだ。ひそかに聞いた話だと、悉平島に流れてきた素性の知れんやくざ者や、働きもせず親の年金を食いつぶしてる穀潰し、あるいは町で悪さばかりして、どうにもならんガキなんかもひっくるめて、ここに捨てた歴史があるそうだ」
「むちゃくちゃだ」
「誰に拉致されるかまでは知らん。堅気の人間のしわざではなかろうよ」と、平泉は言い、ブッシュナイフの刃先をかたむけて陽光を反射させた。刃は念入りに焼き入れされ、紫色を帯びていた。「そんな奴らを捕え、泳いで逃亡しないよう、おれの親父や、そのまた先代は、足首を切り落とすのに一役買ったとのことだ。とは言っても、不衛生な場所柄、たいていは破傷風をこじらせたりして、長くは生きられんかったろうが」
「鬼畜もいいところじゃないか。いくら悪さするからって」交野は声を荒げ、眼を見開いた。「まさか、こんなタブーが隠されていたなんて夢にも思わなかった。……ひょっとして、それを知ったおれは消されるんじゃなかろうな?」
平泉は下からにらみあげ、クスクス笑った。
「心配しなさんな。おめえが秘密を知ったところで、同じように置き去りにするつもりはねえさ。だいいち、咲希たちになんて説明すりゃいい。真っ先にサツに疑われるわな」
「冷汗をかかせるな。口ぶりから察するに、あんたは手を染めていないわけだな。あんたはそこまでやる人じゃないと、信じてるつもりだ」
平泉は口を開けたまま、拍子抜けしたような表情を見せ、
「信じてくれるってか。都会もんのおまえさんが。ありがたくて、涙がチョチョ切れるね」と言い、ひとしきりカラカラと大笑した。
「物騒なものはおろせよ。そいつは生きた人間相手に使うべきじゃあない」
「しかも駆け引き上手ときた」と言って、立ちあがった。ふたたび獣道にふさがるイバラを払いはじめた。刈らずに強行すれば、たちまち二の腕やふくらはぎが傷だらけになるだろう。「おれもこんな稼業を続けてると、悉平島の人間のなかにゃ、あることないこと陰口叩く奴がいるもんでね。つい疑り深くなるってもんよ。我慢してるつもりだが、こちとら血の気が多くてかなわん。『おまえは遺体をさばくのに慣れてるんだから、どうせ生きた人間だって手にかけたこともあるんじゃないか』とね。いらぬ想像をされがちだ」
「職業差別だな」
交野の方をふり向き、真顔で、
「おれはあくまで死体解体人であり、猿葬師にすぎん。この件についてはノータッチだ。親父や、そのまた先代こそ『狒々もどき』に関わってきたらしいがな。さっきも言ったように、秘密裏に島へ捨てにくる『業者』が別に存在した。くわしく説明するまでもあるまい。それはおれの関知するところではない。『狒々もどき』に関しては、深入りするなという暗黙の了解があるほどだ。誰から?なんて野暮な質問はなしだ」
交野は長いあいだ、うなった。
「いずれにせよ、現代の姥捨て山か。ことが明るみに出たら、えらい騒ぎになるぞ」
「だろうな。人権問題で報道陣が殺到する。悉平島も好奇な眼で見られ、思いっきり叩かれるだろう。そうなったら、この風習もおしまいだ」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
アルファポリスとカクヨムってどっちが稼げるの?
無責任
エッセイ・ノンフィクション
基本的にはアルファポリスとカクヨムで執筆活動をしています。
どっちが稼げるのだろう?
いろんな方の想いがあるのかと・・・。
2021年4月からカクヨムで、2021年5月からアルファポリスで執筆を開始しました。
あくまで、僕の場合ですが、実データを元に・・・。
「真白」〜〜雪と蛇の女〜〜
まへまへ
キャラ文芸
恋愛ファンタジー小説です。
本作品の画像は全て生成AIを使用しております。
信州の雪深い山中で、母とともに小さなロッジを営む青年・一朗。
父を雪崩で亡くし、幼なじみをかばって手に傷を負った過去を抱え、静かに、淡々と日々を生きていた。
そんな彼の前に、ある日“白い蛇”が現れる。
罠にかかっていたその蛇を助けた夜から、運命は静かに動き出した。
吹雪の晩、ロッジに現れた少女――名を「真白」。
彼女は、あの日の白蛇だった。
純粋で無垢、けれどどこか懐かしい。
人の姿を得た彼女は、初めて知る「世界」に心を震わせ、一朗のそばで少しずつ“人間”を学んでいく。
雪に閉ざされた山のロッジで生まれた、人と白蛇の奇跡の絆。
過去の痛みと孤独を包みこむように、真白は優しく一朗の心に灯をともしていく。
けれど、やがて訪れる春が二人に突きつける――「蛇としての運命」と「人としての願い」。
白い雪の中で出会い、心を通わせた一朗と真白の、静かで切ない恋の物語ですが、ラバーフェチ要素やちょっとR15な要素(まへまへらしさ)が中盤以降登場しますので、、、。笑
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる