絶海の孤島! 猿の群れに遺体を食べさせる葬儀島【猿噛み島】

spell breaker!

文字の大きさ
29 / 37

29.猿どもの聖域を突っ切る

しおりを挟む
 二人はようやく丘を越えた。
 タブノキやビロウ、もみや杉が混然と群生した原生林に足を踏み入れた。
 そこからはくだり坂となっていた。
 蒸し暑く、墓場のように静かで、いたるところからまとわりつくような視線を感じた。不吉な聖域であった。
 杉の大木の高い位置にある枝には、いくつもの猿らしき影がうずくまっていた。

 そこにはひ弱な動物特有の、敵を値踏みするような警戒や、いまにも威嚇してきそうな張りつめた空気はない。そもそも顔なじみである平泉がいるのだ。むしろ、交野が何者であるかを俯瞰ふかんから見定めようとしているような、冷めたものを感じた。たとえるならば、空港の金属探知機のゲートをくぐるまえの心境にさせられた。

 猿の群れを見まわした。
 『狒々もどき』は混じっていない。あの人猿たちは見くだされ、群れのなかに加わる資格がないほど虐げられているのだろう。
 とすれば、彼らはふだん、どこに潜伏しているのか?
 交野は先ほど聞かされた衝撃の話と、蒸し器に閉じこめられたみたいな暑さのせいで頭がクラクラしていた。

 二人が林を海岸に向けてくだるにつれ、猿たちも成り行きが気になるのか、枝から枝へ飛び移り、あとを追ってきた。
 声を殺し、音もたてず、杉の葉も落とさず、地の利に長けた者たちの冷ややかな尾行に、交野は身ぶるいした。

「あんたは顔見知りだから、この先を行くのはゆるされるとして、おれはしょせん外部の人間だ。ほんとに襲われる心配はないよな?」

 平泉は応じず、うしろをふり返り、

「気をつけろよ。落ち葉の積み重なった坂はすべりやすい。おまえが尻餅ついたら、おれまで巻きぞえ食っちまう」と、言った。このあたりはイバラのついた藪も途切れ、歩くのもはかどった。「猿だって選り好みしないともかぎらないがな。おまえと同様、納骨堂までついてくる物好きはいる。幸いにしておれが同伴してるかぎり、過去に襲われた例はない。いまの猿どもは賢いさ。食うべき相手か否か、分別がある」

「分別ね。……だといいが」



 林をくだりきると、急に視界が開けた。
 大きな岩が突き出た岩礁が広がり、波しぶきが砕けていた。
 このあたりはコンクリートの波止場周辺とはちがって浅瀬で、エメラルドグリーンの宝石みたいな水面を透かして、色とりどりの珊瑚礁が見えた。
 波打ち際で数えきれないほどのカツオドリが羽を休ませていた。が、二人がテリトリーを冒したせいでいっせいに舞いあがり、時ならぬ侵犯者をなじるかのようにけたたましく鳴いた。

 沖の向こうで天空のシンバルが打ち鳴らされた。
 やがて小雨が下界を叩きはじめた。
 平泉はかるい足取りで、飛び石みたいに海面から突き出た岩場を渡り歩いた。あとを追う交野は何度も靴を濡らすはめになった。

 そのうち平泉は島のへりを左に曲がっていった。曲がった先は奇岩が林立する入り江となっており、その内陸部には屏風びょうぶのごとき岩壁がそびえ、下にはほら穴が黒い口を開けていた。
 平泉はあごをしゃくった。

「ほれ、あれが例の納骨堂でもあり、こないだおまえたちが言ってた――」

「まさか、猿神伝説に出てくる洞窟のことか」

「島の古老たちはそう信じて疑わねえがな」

「奥は広いのか?」

「いや、伝説みたいに大空洞なんてものはない。あれは神聖な地に近づかせないため、でっちあげたんだろう。なにせ、ここは遺体の片割れが眠る場所だ。むやみにほじくり返されては困るからな。どこかの大学教授のように……。おっと、いいけねえ。口がすべっちまった」

 交野は唇を吊あげた。

「なるほど。こないだ、あんたが言ってたワイロで取材を申し込んだ先生のことか。はるばるここまでついてきたわけだな」

「忘れろ。忘れるんだ。いまのはなかったことにしてくれ」

 と、平泉は言い、舌を出した。

「その人は結局、島の秘密に迫れたのか? だとしたら、猿葬に関する論文でも発表したんだろうか。そんなセンセーショナルな研究報告なら、たちまち世間から槍玉にあげられるだろ」

「ところが水際でとどまった」

「なら、どうやってねじ伏せた?」

「……そんなことより、雨が強くなってきた。納骨袋を濡らすべきじゃないな。とにかく先を急ぐぞ」

 平泉は雨に打たれながら言い、入り江を目指した。
 交野もそれに従った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

アルファポリスとカクヨムってどっちが稼げるの?

無責任
エッセイ・ノンフィクション
基本的にはアルファポリスとカクヨムで執筆活動をしています。 どっちが稼げるのだろう? いろんな方の想いがあるのかと・・・。 2021年4月からカクヨムで、2021年5月からアルファポリスで執筆を開始しました。 あくまで、僕の場合ですが、実データを元に・・・。

意味が分かると、分からないと怖い話【体験談+】

緑川
ホラー
ショートショートの寄せ集め。 幻想的から現実味溢れるものなど様々、存在。 出来の良し悪しについては格差あるので悪しからず。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

「真白」〜〜雪と蛇の女〜〜

まへまへ
キャラ文芸
恋愛ファンタジー小説です。 本作品の画像は全て生成AIを使用しております。 信州の雪深い山中で、母とともに小さなロッジを営む青年・一朗。 父を雪崩で亡くし、幼なじみをかばって手に傷を負った過去を抱え、静かに、淡々と日々を生きていた。 そんな彼の前に、ある日“白い蛇”が現れる。 罠にかかっていたその蛇を助けた夜から、運命は静かに動き出した。 吹雪の晩、ロッジに現れた少女――名を「真白」。 彼女は、あの日の白蛇だった。 純粋で無垢、けれどどこか懐かしい。 人の姿を得た彼女は、初めて知る「世界」に心を震わせ、一朗のそばで少しずつ“人間”を学んでいく。 雪に閉ざされた山のロッジで生まれた、人と白蛇の奇跡の絆。 過去の痛みと孤独を包みこむように、真白は優しく一朗の心に灯をともしていく。 けれど、やがて訪れる春が二人に突きつける――「蛇としての運命」と「人としての願い」。 白い雪の中で出会い、心を通わせた一朗と真白の、静かで切ない恋の物語ですが、ラバーフェチ要素やちょっとR15な要素(まへまへらしさ)が中盤以降登場しますので、、、。笑

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...