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36.「おれとは運命共同体となったも同然なんだよ」
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「やはり、殺すにゃ惜しい」井戸から降りそそぐ小雨を受けながら、平泉は言った。ブッシュナイフを腰の鞘におさめた。「おめえはなかなか見どころのある男だ。猿葬を目の当たりにしても、臆するどころか、かえって興味を示し、食らいついてくるほどだからな。この大学教授のように行方をくらますよりか、別の選択肢を与えてやろう」
「見逃してくれるのか」
「とにかく、ここから出ようや。ここは本来、人の立ち入るべき場所じゃない。それに早いとこ戻らないと、咲希たちに怪しまれるしな」
と言って、交野の袖を引き、階段をおりていった。
隅にかたまっていた『狒々もどき』たちは、いつまでもいじらしくふるえていた。
交野には、とても大学教授とおぼしき男を救うどころの心境ではなかった。
納骨堂の回廊を歩きながら、平泉は、
「それには、まず咲希のことが先決だ」と言い、交野の肩をつかんだ。そして真っ向から向きなおり、「どうか咲希を幸せにしてやって欲しい。おれが言うのもなんだが、友之さんに代わって頭をさげる。これは本音だ」
「いったい、なんのつもりだ」
「すぐじゃなくったっていい。あと10年、あるいは――おれの命がもてばだが――20年、内地で暮らしてもかまわん。しかし、いつの日か悉平島へ戻ってきて、一緒に住め。役場にはおれが口を利いてやる。できるだけ待遇はよくしてやるから。だから、島の人間になれ」
溺れかけの人間のように、交野はわめいた。
「どういう腹なんだ。話が見えん。なに言ってるんだ!」
「つまりだ」と、平泉は立ち止まり、回廊に響く声で言った。人差し指で交野の胸を突いた。「おれの生業を継いで欲しいんだ。おめえに。おめえは素養を秘めてる。おれにゃわかる」
「ふざけるな。なんでおれが」交野は眼をむいて反論した。「おれなんかにやらせるな。おれは部外者だ!」
「だろうとも。猿葬師は世襲制だからな。だが、後継ぎがいないんだ、わかってくれ。しかたないことなんだ。誰かがやらなくちゃならねえ」
「知ったことか!」
「おれの命が続くかぎり、立派に育てあげる。ちゃんと面倒を見ると約束する。だから、このとおりだ」平泉は全身全霊で低頭した。「たのむ、おめえしかいねえんだ。おれが見こんだんだから、まちがいねえ。おめえならきっとできる」
「冗談はよしてくれ。あんたのマネなんかできっこない!」
「すぐマネできようができまいが、この稼業は絶やしちゃならねえんだ。わかるか? 猿葬とは、島が島であるための存在意義だ。野蛮でも誇るべき伝統なんだ。それを否定すれば、島の未来はない」
「意味がわからん!」
「廃れさせちゃあならねえんだ。なんとしてもおれは守り抜く」
「そんなの、勝手に廃れちまえ!」
「廃れろだと」すかさず平泉はナイフの切っ先を突きつけた。交野の喉もとで、たっぷり焼き入れされた紫色の刃先が小刻みに揺れていた。ここへ来るまで草木を刈ったので、青臭いにおいがした。「命だけは助けてやったんだ。その代価なら高くはあるまいに」と、嗜虐的な口ぶりで言い、切っ先で喉をひと撫でされ、耳のうしろで止めた。「頸動脈はここだ。表皮から2、3センチの深さのところにある。どんな大物の魚だって、急所のひと突きでおとなしくなる。おれのさじ加減ひとつだ」
「だろうな。さばき慣れてるから、かんたんに仕留められるだろうよ」
「せっかく『狒々もどき』とのお友達は避けられたんだ。それとも、ここの死人たちの残骸に加わりたいか?」
「どちらに転んでもデッドエンドってわけかい」
「交野さん……まだまだ余裕があるじゃねえか。え?」と、平泉はナイフで首筋を撫でながら冷めた声で言った。「こんな手は使いたくなかったんだが、しかたあるめえ。おさらいだ。いまの立場を教えてやる。おめえは島のタブーを知ってしまった。おめえだけの胸にしまい、墓場までもっていけば済む問題じゃなくなった。幸か不幸か、おれとは運命共同体となったも同然なんだよ」
「なんでそうなる」
「わかってねえなあ。四の五の言ってる状況じゃねえだろ。表皮一枚のところで宙ぶらりんなんだよ、おめえは。のるか反るかの瀬戸際なんだ。早く決めなよ」
交野はまたもや命の天秤にかけられ、今度こそ観念せざるを得なくなった。
眼をかたくつぶり、
「……わかった。わかったよ」と、声をしぼり出した。「だけど、しばらく考えさせてくれ。引き受けるにせよ、それなりに時間がいる。覚悟がいるはずだ」
「いいとも」平泉は力強く言って、ナイフをおさめた。「とっくり考えるがいい。だが、うまく逃げおおせると思うなよ。おれはどんな手を使ってでも、おめえを追いかけてとっ捕まえてみせるからな。たとえ街に戻り、雑踏のなかに雲隠れしたとしても、草の根をわけてでも捜し出してみせる。こう見えて、おれにゃ独自の情報網をもっているんだ。それこそ底曳き網のように張りめぐらせられる。残念ながら、代えはほかにいねえんだ。おれが、これぞ後釜にふさわしいと思える人材がな」
「あんたなら、きっとやるにちがいない……」
「見逃してくれるのか」
「とにかく、ここから出ようや。ここは本来、人の立ち入るべき場所じゃない。それに早いとこ戻らないと、咲希たちに怪しまれるしな」
と言って、交野の袖を引き、階段をおりていった。
隅にかたまっていた『狒々もどき』たちは、いつまでもいじらしくふるえていた。
交野には、とても大学教授とおぼしき男を救うどころの心境ではなかった。
納骨堂の回廊を歩きながら、平泉は、
「それには、まず咲希のことが先決だ」と言い、交野の肩をつかんだ。そして真っ向から向きなおり、「どうか咲希を幸せにしてやって欲しい。おれが言うのもなんだが、友之さんに代わって頭をさげる。これは本音だ」
「いったい、なんのつもりだ」
「すぐじゃなくったっていい。あと10年、あるいは――おれの命がもてばだが――20年、内地で暮らしてもかまわん。しかし、いつの日か悉平島へ戻ってきて、一緒に住め。役場にはおれが口を利いてやる。できるだけ待遇はよくしてやるから。だから、島の人間になれ」
溺れかけの人間のように、交野はわめいた。
「どういう腹なんだ。話が見えん。なに言ってるんだ!」
「つまりだ」と、平泉は立ち止まり、回廊に響く声で言った。人差し指で交野の胸を突いた。「おれの生業を継いで欲しいんだ。おめえに。おめえは素養を秘めてる。おれにゃわかる」
「ふざけるな。なんでおれが」交野は眼をむいて反論した。「おれなんかにやらせるな。おれは部外者だ!」
「だろうとも。猿葬師は世襲制だからな。だが、後継ぎがいないんだ、わかってくれ。しかたないことなんだ。誰かがやらなくちゃならねえ」
「知ったことか!」
「おれの命が続くかぎり、立派に育てあげる。ちゃんと面倒を見ると約束する。だから、このとおりだ」平泉は全身全霊で低頭した。「たのむ、おめえしかいねえんだ。おれが見こんだんだから、まちがいねえ。おめえならきっとできる」
「冗談はよしてくれ。あんたのマネなんかできっこない!」
「すぐマネできようができまいが、この稼業は絶やしちゃならねえんだ。わかるか? 猿葬とは、島が島であるための存在意義だ。野蛮でも誇るべき伝統なんだ。それを否定すれば、島の未来はない」
「意味がわからん!」
「廃れさせちゃあならねえんだ。なんとしてもおれは守り抜く」
「そんなの、勝手に廃れちまえ!」
「廃れろだと」すかさず平泉はナイフの切っ先を突きつけた。交野の喉もとで、たっぷり焼き入れされた紫色の刃先が小刻みに揺れていた。ここへ来るまで草木を刈ったので、青臭いにおいがした。「命だけは助けてやったんだ。その代価なら高くはあるまいに」と、嗜虐的な口ぶりで言い、切っ先で喉をひと撫でされ、耳のうしろで止めた。「頸動脈はここだ。表皮から2、3センチの深さのところにある。どんな大物の魚だって、急所のひと突きでおとなしくなる。おれのさじ加減ひとつだ」
「だろうな。さばき慣れてるから、かんたんに仕留められるだろうよ」
「せっかく『狒々もどき』とのお友達は避けられたんだ。それとも、ここの死人たちの残骸に加わりたいか?」
「どちらに転んでもデッドエンドってわけかい」
「交野さん……まだまだ余裕があるじゃねえか。え?」と、平泉はナイフで首筋を撫でながら冷めた声で言った。「こんな手は使いたくなかったんだが、しかたあるめえ。おさらいだ。いまの立場を教えてやる。おめえは島のタブーを知ってしまった。おめえだけの胸にしまい、墓場までもっていけば済む問題じゃなくなった。幸か不幸か、おれとは運命共同体となったも同然なんだよ」
「なんでそうなる」
「わかってねえなあ。四の五の言ってる状況じゃねえだろ。表皮一枚のところで宙ぶらりんなんだよ、おめえは。のるか反るかの瀬戸際なんだ。早く決めなよ」
交野はまたもや命の天秤にかけられ、今度こそ観念せざるを得なくなった。
眼をかたくつぶり、
「……わかった。わかったよ」と、声をしぼり出した。「だけど、しばらく考えさせてくれ。引き受けるにせよ、それなりに時間がいる。覚悟がいるはずだ」
「いいとも」平泉は力強く言って、ナイフをおさめた。「とっくり考えるがいい。だが、うまく逃げおおせると思うなよ。おれはどんな手を使ってでも、おめえを追いかけてとっ捕まえてみせるからな。たとえ街に戻り、雑踏のなかに雲隠れしたとしても、草の根をわけてでも捜し出してみせる。こう見えて、おれにゃ独自の情報網をもっているんだ。それこそ底曳き網のように張りめぐらせられる。残念ながら、代えはほかにいねえんだ。おれが、これぞ後釜にふさわしいと思える人材がな」
「あんたなら、きっとやるにちがいない……」
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