婚約破棄はokですが、復縁要請は却下します!

桃瀬ももな

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「――話が違います」

王宮の特別会議室。

私は目の前に積み上げられた書類の塔を見上げ、こめかみをピクリと震わせた。

『クリフォード王国皇太子・御成婚パレード計画書(案)』
『祝賀式典・三日間のスケジュール表』
『招待客リスト(第一次確定分・三千名)』

「殿下。契約交渉の際、私はこう申し上げたはずです。『式は簡素に。身内だけで。所要時間は三十分以内』と」

私がジロリと睨むと、向かいに座るクライヴ殿下は気まずそうに目を逸らした。

「い、言ったな。確かに聞いた」

「では、この『国家規模のフェスティバル』は何ですか? パレード? 国民の休日制定? 記念硬貨の発行? ……正気ですか?」

私はペンで書類を叩いた。

「これだけの規模を実施すれば、準備期間だけで半年、予算は金貨一万枚が吹っ飛びます。私の『定時退社』どころか、過労死ラインを反復横跳びするスケジュールです」

「分かってくれ、ニオ。私も簡素にしたかったのだ。だが……」

殿下は困り顔で、一枚の羊皮紙を差し出した。

「これを見てくれ」

「?」

受け取った書類には、見覚えのある冷徹な筆跡で、こう書かれていた。

『承諾書』

『甲(バルト公爵家)は、乙(クリフォード王家)に対し、娘ニオ・バルトを永年譲渡することに同意する。
 なお、本契約の成立条件として、以下の条項を遵守すること。
 
 一、結婚式は両国の威信をかけた盛大なものとし、その経済効果を最大限に高めること。
 二、式の模様は魔導具を通じて全世界へ中継し、放映権料およびグッズ収益の50%をバルト公爵家へロイヤリティとして支払うこと。
 三、万が一、式が地味で盛り上がりに欠けた場合、違約金として金貨五万枚を請求する。
 四、商品の返品は不可とする(クーリングオフ適用外)。
 
 署名:バルト公爵』

「…………」

私は無言で書類を握りつぶした。クシャッ。

「あのアマチュア守銭奴(おとうさま)……!!」

「というわけだ」

殿下は肩をすくめた。

「君のお父上が、すでに外堀を埋め尽くしていた。この条件を呑まなければ、君との婚約は白紙に戻され、違約金が発生する。……私としては、君を失うわけにはいかない」

「つまり、私の意思とは無関係に、私は『興行(ショービジネス)』の道具にされたと?」

「言い方は悪いが、そういうことだ。……すまない」

殿下は申し訳なさそうに頭を下げた。

「だが、ニオ。考えてもみてくれ。盛大な式を行えば、観光客が増え、経済が回る。君の父上の懐も潤うが、我が国の国庫も潤う。……君の好きな『Win-Win』ではないか?」

「……」

私は計算した。
確かに、父のやり方は強引だが、理にはかなっている。
地味な式で終わらせるより、一大イベントとして盛り上げた方が、回収できる資金(リターン)は大きい。

「……はぁ。分かりました」

私は大きくため息をつき、握りつぶした書類を丁寧に広げ直した。

「やりましょう。とことん派手に」

「本当か!?」

「ええ。ただし」

私は眼鏡の位置を直し、殿下を指差した。

「やるからには、徹底的に黒字を目指します。赤字垂れ流しの無駄な式典は許しません。私のプロデュースで、この結婚式を『ドル箱イベント』に変えてみせます」

「……頼もしいが、少し怖いな」

          ◇

こうして、私の指揮による「結婚式プロジェクト」が始動した。

まず着手したのは、衣装選びだ。

「ニオ様! こちらのドレスはいかがですか!? 総シルクに、ダイヤモンドを三千個散りばめました! 重さは二十キロです!」

王室御用達のデザイナーが、目を輝かせて持ってきたのは、もはやドレスというより「着る宝石箱」だった。

「却下」

私は即答した。

「重すぎます。歩行速度が低下し、式の進行に遅れが出ます。それに、そんな高価なものを着て、もしワインでも零したらクリーニング代が馬鹿になりません」

「ええっ!? で、ではこちらは? 伝統的な十二単(じゅうにひとえ)スタイルで……」

「動きにくい。トイレに行けません。却下」

私はハンガーラックから、シンプルな純白のドレスを選び出した。

「これにしましょう。装飾は最低限。その代わり、生地は汚れに強い撥水加工のものを」

「そ、そんなシンプルすぎては、王族の威厳が……!」

「威厳は服ではなく、中身で示すものです。……それに」

私はニヤリと笑った。

「シンプルなドレスなら、アクセサリーが目立ちます。今回はスポンサー企業として国内の宝飾店を募り、彼らの新作ジュエリーを私が身につけて歩く『広告塔(モデル)』契約を結びました。広告料はガッポリ頂きます」

「こ、広告塔……!?」

デザイナーは白目を剥いて倒れそうになった。

次に、引き出物の選定。

「通常は、王家の紋章入りのお皿や時計などが一般的ですが……」

「無駄です。貰っても困るだけです。家に死ぬほどある皿を増やしてどうするんですか」

私はリストをバツ印で消し、新しい案を書き込んだ。

「引き出物は『カタログギフト』にします」

「カ、カタログ……?」

「ええ。ゲストが好きなものを選べる。合理的です。さらに、カタログには我が国の特産品をずらりと並べ、地方経済の活性化を狙います。ついでに、カタログの表紙は殿下のブロマイドにして、ファン心理を煽ります」

「……ニオ様、商魂がたくましすぎます」

担当者が震えながらメモを取る。

そして、最大の難関。招待客リスト。

「三千名……多すぎます。全員と挨拶していたら夜が明けます」

私はリストを睨みつけた。

「ここからここまで、顔も名前も知らない遠い親戚や、付き合いだけの貴族はカット。代わりに……」

「代わりに?」

「『有料観覧席』を設けます」

「はあああ!?」

「式場のバルコニー席を一般開放し、チケット制にします。S席は金貨十枚、A席は五枚。……殿下の生キスシーンが見られる特等席なら、即完売でしょう」

私は電卓を叩いた。

「これで式の費用の六割は回収できます。残りはグッズ販売と放映権料で補填し、最終利益は金貨三万枚を見込んでいます」

「け、結婚式で利益を出す気ですか!?」

「当然です。赤字のイベントなど、やる意味がありません」

私はスケジュール帳を閉じた。

「……ふふ。お父様、見ていてください。貴方が仕掛けた外堀、黄金で埋め尽くしてやりますから」

          ◇

その夜。

私は疲労困憊で執務室のソファに沈み込んでいた。

「……働きすぎだ、ニオ」

クライヴ殿下が、温かいハーブティーを持ってきてくれた。

「君のおかげで、式の準備は驚くほど順調だ。……財務大臣が『予算が余った!』と泣いて喜んでいたぞ」

「それは何よりです。……余った予算は、私の『猫カフェ建設費』に回してくださいね」

「分かっている。君の取り分は確保してある」

殿下は私の隣に座り、そっと肩を抱いた。

「……しかし、本当にいいのか? ドレスも、演出も……君自身の『夢』はないのか?」

「夢?」

「女の子なら、一度は憧れるだろう? お姫様のような豪華な結婚式に」

殿下は心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「利益や効率ばかりで……君自身が楽しめていないなら、私は悲しい」

「……」

私はカップを置き、殿下の肩に頭をもたせかけた。

「殿下。私の夢は、とっくに叶っていますよ」

「え?」

「定時退社。老後の資金。猫。……そして」

私は少し顔を上げ、殿下の頬にキスをした。

「私の計算を面白がって、隣で笑ってくれるパートナー。……これ以上、何を望むんですか?」

殿下は一瞬きょとんとして、それから耳まで真っ赤にした。

「……君には敵わないな」

「当然です。私は計算高い悪女ですから」

「……ああ。世界一愛しい悪女だ」

殿下は私を強く抱きしめた。

「覚悟しておけよ、ニオ。式当日は、君の計算が狂うくらい、私が君を幸せにしてやる」

「……お手柔らかにお願いします。心拍数の異常上昇は、医療費がかさみますので」

外堀は埋まった。
逃げ場はない。
でも、この檻の中なら――悪くないかもしれない。

私は殿下の腕の中で、静かに目を閉じた。
結婚式まで、あと一週間。
私の独身生活最後の戦いは、いよいよクライヴ殿下との「甘い攻防戦」へと突入していく。
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