断罪よりもドレスが大事!婚約破棄されましたが、お構いなく!

桃瀬ももな

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「リア・ド・ラ・メール! 貴様のような身も心も醜い女との婚約を、私は今この場を持って破棄する!」


きらびやかなシャンデリアが輝く、王立学院の卒業パーティー会場。
その中央で、第一王子ウィルフレッドが、隣に寄り添う男爵令嬢シャーリーの肩を抱き寄せながら高らかに宣言した。
周囲の貴族たちは、一斉に息を呑み、静まり返る。


しかし、糾弾の矢面に立たされているはずの公爵令嬢リアは、微塵も動揺していなかった。


「(……まずいわ。今、左斜め四十五度から。確実に視線が一点に集中しているわね)」


リアは、自身の扇の隙間から、厳しい目つきで下方を見つめていた。


「(ライトアップのせいで、私のドレスのドレープに影が強く出すぎている。これではせっかくの最高級シルクが持つ、繊細な光沢が台無しだわ。せめてあと五センチ、右に移動したい……!)」


「おい、聞いているのかリア! 貴様の悪行はすべて暴かれたのだぞ!」


業を煮やした王子が、さらに声を張り上げる。


「……あ、はい。聞いておりますわ。婚約、破棄ですよね。了解いたしました」


「な、なんだその気の抜けた返事は! もっと反省の言葉や、絶望の叫びはないのか!」


リアは、ようやく視線を王子の方へと向けた。
だが、その瞳には悲しみなど一滴も混じっていない。


「殿下、恐縮ですが……そのように大声を出して腕を振り回されますと、お隣のシャーリー様の袖が、殿下のジャケットのボタンに引っかかりそうでハラハラいたしますわ」


「何……?」


「見てくださいまし。そのジャケット。既製品ではございませんでしょうが、少しばかり肩のラインが浮いていますわよ。お怒りで肩をいからせると、せっかくの裁断が泣きますわ」


リアは心底、もったいないものを見るような目で王子を眺めた。


「……貴様、今の状況がわかっているのか? これは断罪だ。真実の愛に目覚めた私と、愛らしいシャーリーをいじめた罪を償わせる儀式なのだぞ!」


王子の腕の中で、シャーリーが「ひっ」と可愛らしく身を震わせる。


「……リア様。私、怖いです。そんなに怖い顔で、私たちの服を睨まないでください……」


「あら、シャーリー様。睨んでいるのではなく、観察しているのですわ」


リアは一歩、また一歩とシャーリーに近づいた。
周囲が「いよいよ手が出るのか!?」と色めき立つ。


「シャーリー様。そのドレス。若草色を選ばれたのは、ご自身の瞳の色に合わせたのでしょうけれど……。染料の質が落ちますわね。光の下だと、どうしても安っぽさが目立ちます」


「え、あ、あの……?」


「それと、その胸元のフリル。左右でわずかに形が違いますわよ。おそらく、急いで仕立てたせいでアイロンの当て方が甘いのでしょう。……あぁ、気になって仕方ありませんわ! 今すぐそのフリルを、私の指で整えさせていただきたい!」


「ひ、ひぃっ! 来ないで!」


「待ちなさい、逃げないで! その乱れは国家の損失ですわ!」


リアが詰め寄るたび、シャーリーは王子の背後に隠れ、王子は「狂ったかリア!」と剣を抜かんばかりの勢いで威嚇する。


「いい加減にしろ! 他人の服にケチをつける前に、自分の立場を弁えろ! 貴様は今日、公爵家からも追放される身なのだぞ!」


王子の言葉に、リアはぴたりと足を止めた。


「……追放。それはつまり、私が自由になれるということでしょうか?」


「そうだ! 地位も名誉も、そしてこの私との結婚という栄光も失うのだ!」


「まぁ……! なんて素晴らしい響きかしら!」


リアの両目が、今日一番の輝きを見せた。


「自由……。ということは、王妃教育のために着せられていた、この『重くて、保守的で、ちっとも冒険心のない、退屈極まりないドレス』から解放されるということですわね!」


リアは自分のドレスの裾を、乱暴に掴み上げた。


「いいですわ、婚約破棄! 喜んでお受けいたします! こんな格式ばっただけの夜会なんて、こりごりでしたの。……あぁ、今すぐ部屋に戻って、自分自身でデザインした新作の型紙に向き合いたいわ!」


「な、何を言っているんだ貴様は……」


呆然とする王子を置き去りにして、リアはくるりと背を向けた。


「それでは皆様、ごきげんよう。私はこれから、失われたドレス愛を取り戻すために忙しくなりますので、失礼させていただきますわ」


「待て! まだ話は終わって……!」


「あと王子。最後に一点だけアドバイスを」


リアは出口の扉の前で、優雅に、かつ冷徹に言い放った。


「そのネクタイの結び目。あまりに凡庸です。真実の愛を語るなら、せめてもっと情熱的な『エルドリッジ・ノット』くらい試されたらいかがかしら? それでは、さようなら」


大きな扉が、バタンと音を立てて閉まった。


静まり返った会場には、ただ、呆然と立ち尽くす王子と、小刻みに震えるシャーリーだけが残された。


一方、リアは廊下を猛烈な勢いで突き進んでいた。


「(急がないと! 明日の朝一番で、市場に最高級のベルベットが入荷するはずなの! 婚約破棄なんてイベントに時間を取られている場合じゃないわ!)」


彼女の頭の中には、すでに悲しみなど微塵もなかった。
あるのは、新しいドレスの設計図と、未知なる布地への情熱だけである。
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