婚約破棄の慰謝料はツケ払い分、愛よりも忙しい!

桃瀬ももな

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「……はぁ。このお茶会の参加費、金貨三枚ですって? 提供される茶葉のグレードとスコーンの小麦粉の質を考えれば、せいぜい銀貨五枚が妥当ですわ」


私は王都の貴婦人たちが集まるチャリティー茶会で、カップの中身を厳しく検品していた。
隣に座るゼノス公爵は、周囲の熱視線を浴びながらも、私にだけ向ける穏やかな(あるいは面白がっている)表情を崩さない。


「いいじゃないか、アマ。差額は慈善団体への寄付だと思えば、徳という名の『無形資産』が手に入る」


「徳で腹は膨れませんわよ、公爵様。……(ピッ)……はい、本日の私の『退屈な時間を耐え抜くコスト』を追加。もうすぐ収支がマイナスに転じますわ」


私が計算機を懐にしまおうとしたその時。
フリルの多すぎるドレスを揺らしながら、リリィ・男爵令嬢が近づいてきた。
その後ろには、顔色の悪いリュカ殿下が、まるで彼女の付属品のように付き従っている。


「まぁ、アマ様! こんな高貴な席に、まだ計算機を持ち込んでいらっしゃるの? はしたないですわ。……隣にいらっしゃるゼノス様が、恥をかいていらっしゃいますわよ?」


リリィは、わざとらしく胸元を強調するようなポーズでゼノスを上目遣いに見た。
彼女の瞳には「私はお金より愛を大切にする可愛い女です」という、使い古された広告コピーのような言葉が浮かんでいる。


「恥? ……あぁ、リリィ様。あなたが今お召しになっているそのドレスの縫製ミスに比べれば、私の計算機の輝きなど、芸術の域に達しておりますわよ」


「なっ……縫製ミスですって!?」


「ええ。左の脇のラインが三ミリほどズレていますわ。おそらく、格安の仕立屋で納期を急がせたのでしょう。……そんな欠陥品(デッドストック)を纏って公爵様の前に立つことこそ、究極の無作法(マナー違反)ですわよ」


「う、うるさいわね! そんな細かいことより、ゼノス様! 私、最近とっても悲しいんです。アマ様に意地悪をされて、生活が苦しくて……。リュカ様も、あんなに痩せてしまわれて……」


リリィはゼノスの腕にそっと触れようとした。
しかし、ゼノスは汚れた貨幣でも避けるかのように、音もなく椅子を引いた。


「……触らないでいただきたい。私の燕尾服は特注の最高級品だ。君の安物の香水の匂いが移ると、クリーニング代の損失(ロス)が出る」


「えっ……? あ、安物……?」


「ゼノス公爵、失礼だろう! リリィは君を心配して……!」


リュカが声を荒らげるが、ゼノスは冷淡な視線で彼を黙らせた。


「殿下。……君たちの現状を、私の婚約者(アマ)が計算してくれたぞ。……リリィ嬢、君の現在の『資産価値』は、我が領の家畜の評価額を下回っているらしいが?」


「な……なんですって……!?」


リリィの顔が、怒りと屈辱で真っ赤に染まる。
私はすかさず、計算機の最新のデータを提示した。


「リリィ様、感情的にならないで。これは純粋な市場分析ですわ。……あなたの唯一の武器である『若さと愛嬌』。これは年を追うごとに価値が下がる『減価償却資産』です。……一方、あなたの浪費癖と、殿下の借金という『負債』は複利で増え続けている。……はい、差し引き。あなたの人生の純資産は、現在マイナス一億ゴールドですわ」


「い、一億……!?」


「おまけに、リリィ様。あなたがさっきからゼノス様に仕掛けているその『誘惑術』。……古典的な表情筋の使い、声のトーンの調整……。すべて無料の恋愛指南書レベルですわね。……独創性(オリジナリティ)ゼロ。投資する価値、一分(いちぶ)もありませんわ」


私は紅茶を飲み干し、優雅に立ち上がった。


「嫉妬という感情は、最もエネルギー効率の悪い生産活動です。……リリィ様、そんな安上がりな感情に振り回される暇があるなら、まずは近所の内職で一銭でも稼ぐことをお勧めしますわ」


「あ、アマぁ……っ!」


リリィが叫ぼうとした瞬間、ゼノスが彼女を遮るように私の肩を抱いた。


「……行こう、アマ。安価なノイズに付き合うのは、時間の無駄だ。……幸い、この茶会の主催者が、私の持つ不動産の一部を買い叩きたいと泣きついてきている。……君の厳しい査定が必要だ」


「まぁ! それは楽しみですわ! ……公爵様、私のコンサル料、今日は三割増しでいただきますわよ?」


「ああ、いくらでも払おう。君の笑顔が見られるなら、安い買い物だ」


私たちは、呆然と立ち尽くすリリィとリュカを置き去りにして、会場の中央へと歩き出した。
背後で「リリィ、泣かないでくれ……」「離してよ! この貧乏王子!」という不協和音が聞こえてきたが、それもまた、私の計算機では「ノイズ」として処理された。


「……アマ。さっきの彼女の誘惑、君は嫉妬しなかったのか?」


馬車への帰り道、ゼノスが少しだけ期待したような目で私を見た。


「嫉妬? ……公爵様、私は価値のないものには一秒も感情を割きませんわ。……それより、さっきの不動産案件の利回り予測……(チャカチャカチャカ!)……あら、予想以上の利益(リターン)が出そうですわよ!」


「……ふっ。……やはり君は、最高に強欲で、最高に可愛いな」


ゼノスは満足そうに笑い、私の額に軽いキスをした。


悪役令嬢アマの人生において、嫉妬は不要なコスト。
必要なのは、確実な利益と、隣で笑う「最高のビジネスパートナー」だけなのだ。
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