13 / 28
13
しおりを挟む
「……はぁ。このお茶会の参加費、金貨三枚ですって? 提供される茶葉のグレードとスコーンの小麦粉の質を考えれば、せいぜい銀貨五枚が妥当ですわ」
私は王都の貴婦人たちが集まるチャリティー茶会で、カップの中身を厳しく検品していた。
隣に座るゼノス公爵は、周囲の熱視線を浴びながらも、私にだけ向ける穏やかな(あるいは面白がっている)表情を崩さない。
「いいじゃないか、アマ。差額は慈善団体への寄付だと思えば、徳という名の『無形資産』が手に入る」
「徳で腹は膨れませんわよ、公爵様。……(ピッ)……はい、本日の私の『退屈な時間を耐え抜くコスト』を追加。もうすぐ収支がマイナスに転じますわ」
私が計算機を懐にしまおうとしたその時。
フリルの多すぎるドレスを揺らしながら、リリィ・男爵令嬢が近づいてきた。
その後ろには、顔色の悪いリュカ殿下が、まるで彼女の付属品のように付き従っている。
「まぁ、アマ様! こんな高貴な席に、まだ計算機を持ち込んでいらっしゃるの? はしたないですわ。……隣にいらっしゃるゼノス様が、恥をかいていらっしゃいますわよ?」
リリィは、わざとらしく胸元を強調するようなポーズでゼノスを上目遣いに見た。
彼女の瞳には「私はお金より愛を大切にする可愛い女です」という、使い古された広告コピーのような言葉が浮かんでいる。
「恥? ……あぁ、リリィ様。あなたが今お召しになっているそのドレスの縫製ミスに比べれば、私の計算機の輝きなど、芸術の域に達しておりますわよ」
「なっ……縫製ミスですって!?」
「ええ。左の脇のラインが三ミリほどズレていますわ。おそらく、格安の仕立屋で納期を急がせたのでしょう。……そんな欠陥品(デッドストック)を纏って公爵様の前に立つことこそ、究極の無作法(マナー違反)ですわよ」
「う、うるさいわね! そんな細かいことより、ゼノス様! 私、最近とっても悲しいんです。アマ様に意地悪をされて、生活が苦しくて……。リュカ様も、あんなに痩せてしまわれて……」
リリィはゼノスの腕にそっと触れようとした。
しかし、ゼノスは汚れた貨幣でも避けるかのように、音もなく椅子を引いた。
「……触らないでいただきたい。私の燕尾服は特注の最高級品だ。君の安物の香水の匂いが移ると、クリーニング代の損失(ロス)が出る」
「えっ……? あ、安物……?」
「ゼノス公爵、失礼だろう! リリィは君を心配して……!」
リュカが声を荒らげるが、ゼノスは冷淡な視線で彼を黙らせた。
「殿下。……君たちの現状を、私の婚約者(アマ)が計算してくれたぞ。……リリィ嬢、君の現在の『資産価値』は、我が領の家畜の評価額を下回っているらしいが?」
「な……なんですって……!?」
リリィの顔が、怒りと屈辱で真っ赤に染まる。
私はすかさず、計算機の最新のデータを提示した。
「リリィ様、感情的にならないで。これは純粋な市場分析ですわ。……あなたの唯一の武器である『若さと愛嬌』。これは年を追うごとに価値が下がる『減価償却資産』です。……一方、あなたの浪費癖と、殿下の借金という『負債』は複利で増え続けている。……はい、差し引き。あなたの人生の純資産は、現在マイナス一億ゴールドですわ」
「い、一億……!?」
「おまけに、リリィ様。あなたがさっきからゼノス様に仕掛けているその『誘惑術』。……古典的な表情筋の使い、声のトーンの調整……。すべて無料の恋愛指南書レベルですわね。……独創性(オリジナリティ)ゼロ。投資する価値、一分(いちぶ)もありませんわ」
私は紅茶を飲み干し、優雅に立ち上がった。
「嫉妬という感情は、最もエネルギー効率の悪い生産活動です。……リリィ様、そんな安上がりな感情に振り回される暇があるなら、まずは近所の内職で一銭でも稼ぐことをお勧めしますわ」
「あ、アマぁ……っ!」
リリィが叫ぼうとした瞬間、ゼノスが彼女を遮るように私の肩を抱いた。
「……行こう、アマ。安価なノイズに付き合うのは、時間の無駄だ。……幸い、この茶会の主催者が、私の持つ不動産の一部を買い叩きたいと泣きついてきている。……君の厳しい査定が必要だ」
「まぁ! それは楽しみですわ! ……公爵様、私のコンサル料、今日は三割増しでいただきますわよ?」
「ああ、いくらでも払おう。君の笑顔が見られるなら、安い買い物だ」
私たちは、呆然と立ち尽くすリリィとリュカを置き去りにして、会場の中央へと歩き出した。
背後で「リリィ、泣かないでくれ……」「離してよ! この貧乏王子!」という不協和音が聞こえてきたが、それもまた、私の計算機では「ノイズ」として処理された。
「……アマ。さっきの彼女の誘惑、君は嫉妬しなかったのか?」
馬車への帰り道、ゼノスが少しだけ期待したような目で私を見た。
「嫉妬? ……公爵様、私は価値のないものには一秒も感情を割きませんわ。……それより、さっきの不動産案件の利回り予測……(チャカチャカチャカ!)……あら、予想以上の利益(リターン)が出そうですわよ!」
「……ふっ。……やはり君は、最高に強欲で、最高に可愛いな」
ゼノスは満足そうに笑い、私の額に軽いキスをした。
悪役令嬢アマの人生において、嫉妬は不要なコスト。
必要なのは、確実な利益と、隣で笑う「最高のビジネスパートナー」だけなのだ。
私は王都の貴婦人たちが集まるチャリティー茶会で、カップの中身を厳しく検品していた。
隣に座るゼノス公爵は、周囲の熱視線を浴びながらも、私にだけ向ける穏やかな(あるいは面白がっている)表情を崩さない。
「いいじゃないか、アマ。差額は慈善団体への寄付だと思えば、徳という名の『無形資産』が手に入る」
「徳で腹は膨れませんわよ、公爵様。……(ピッ)……はい、本日の私の『退屈な時間を耐え抜くコスト』を追加。もうすぐ収支がマイナスに転じますわ」
私が計算機を懐にしまおうとしたその時。
フリルの多すぎるドレスを揺らしながら、リリィ・男爵令嬢が近づいてきた。
その後ろには、顔色の悪いリュカ殿下が、まるで彼女の付属品のように付き従っている。
「まぁ、アマ様! こんな高貴な席に、まだ計算機を持ち込んでいらっしゃるの? はしたないですわ。……隣にいらっしゃるゼノス様が、恥をかいていらっしゃいますわよ?」
リリィは、わざとらしく胸元を強調するようなポーズでゼノスを上目遣いに見た。
彼女の瞳には「私はお金より愛を大切にする可愛い女です」という、使い古された広告コピーのような言葉が浮かんでいる。
「恥? ……あぁ、リリィ様。あなたが今お召しになっているそのドレスの縫製ミスに比べれば、私の計算機の輝きなど、芸術の域に達しておりますわよ」
「なっ……縫製ミスですって!?」
「ええ。左の脇のラインが三ミリほどズレていますわ。おそらく、格安の仕立屋で納期を急がせたのでしょう。……そんな欠陥品(デッドストック)を纏って公爵様の前に立つことこそ、究極の無作法(マナー違反)ですわよ」
「う、うるさいわね! そんな細かいことより、ゼノス様! 私、最近とっても悲しいんです。アマ様に意地悪をされて、生活が苦しくて……。リュカ様も、あんなに痩せてしまわれて……」
リリィはゼノスの腕にそっと触れようとした。
しかし、ゼノスは汚れた貨幣でも避けるかのように、音もなく椅子を引いた。
「……触らないでいただきたい。私の燕尾服は特注の最高級品だ。君の安物の香水の匂いが移ると、クリーニング代の損失(ロス)が出る」
「えっ……? あ、安物……?」
「ゼノス公爵、失礼だろう! リリィは君を心配して……!」
リュカが声を荒らげるが、ゼノスは冷淡な視線で彼を黙らせた。
「殿下。……君たちの現状を、私の婚約者(アマ)が計算してくれたぞ。……リリィ嬢、君の現在の『資産価値』は、我が領の家畜の評価額を下回っているらしいが?」
「な……なんですって……!?」
リリィの顔が、怒りと屈辱で真っ赤に染まる。
私はすかさず、計算機の最新のデータを提示した。
「リリィ様、感情的にならないで。これは純粋な市場分析ですわ。……あなたの唯一の武器である『若さと愛嬌』。これは年を追うごとに価値が下がる『減価償却資産』です。……一方、あなたの浪費癖と、殿下の借金という『負債』は複利で増え続けている。……はい、差し引き。あなたの人生の純資産は、現在マイナス一億ゴールドですわ」
「い、一億……!?」
「おまけに、リリィ様。あなたがさっきからゼノス様に仕掛けているその『誘惑術』。……古典的な表情筋の使い、声のトーンの調整……。すべて無料の恋愛指南書レベルですわね。……独創性(オリジナリティ)ゼロ。投資する価値、一分(いちぶ)もありませんわ」
私は紅茶を飲み干し、優雅に立ち上がった。
「嫉妬という感情は、最もエネルギー効率の悪い生産活動です。……リリィ様、そんな安上がりな感情に振り回される暇があるなら、まずは近所の内職で一銭でも稼ぐことをお勧めしますわ」
「あ、アマぁ……っ!」
リリィが叫ぼうとした瞬間、ゼノスが彼女を遮るように私の肩を抱いた。
「……行こう、アマ。安価なノイズに付き合うのは、時間の無駄だ。……幸い、この茶会の主催者が、私の持つ不動産の一部を買い叩きたいと泣きついてきている。……君の厳しい査定が必要だ」
「まぁ! それは楽しみですわ! ……公爵様、私のコンサル料、今日は三割増しでいただきますわよ?」
「ああ、いくらでも払おう。君の笑顔が見られるなら、安い買い物だ」
私たちは、呆然と立ち尽くすリリィとリュカを置き去りにして、会場の中央へと歩き出した。
背後で「リリィ、泣かないでくれ……」「離してよ! この貧乏王子!」という不協和音が聞こえてきたが、それもまた、私の計算機では「ノイズ」として処理された。
「……アマ。さっきの彼女の誘惑、君は嫉妬しなかったのか?」
馬車への帰り道、ゼノスが少しだけ期待したような目で私を見た。
「嫉妬? ……公爵様、私は価値のないものには一秒も感情を割きませんわ。……それより、さっきの不動産案件の利回り予測……(チャカチャカチャカ!)……あら、予想以上の利益(リターン)が出そうですわよ!」
「……ふっ。……やはり君は、最高に強欲で、最高に可愛いな」
ゼノスは満足そうに笑い、私の額に軽いキスをした。
悪役令嬢アマの人生において、嫉妬は不要なコスト。
必要なのは、確実な利益と、隣で笑う「最高のビジネスパートナー」だけなのだ。
0
あなたにおすすめの小説
彼女が望むなら
mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。
リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
いつか終わりがくるのなら
キムラましゅろう
恋愛
闘病の末に崩御した国王。
まだ幼い新国王を守るために組まれた婚姻で結ばれた、アンリエッタと幼き王エゼキエル。
それは誰もが知っている期間限定の婚姻で……
いずれ大国の姫か有力諸侯の娘と婚姻が組み直されると分かっていながら、エゼキエルとの日々を大切に過ごすアンリエッタ。
終わりが来る事が分かっているからこそ愛しくて優しい日々だった。
アンリエッタは思う、この優しく不器用な夫が幸せになれるように自分に出来る事、残せるものはなんだろうかを。
異世界が難病と指定する悪性誤字脱字病患者の執筆するお話です。
毎度の事ながら、誤字脱字にぶつかるとご自身で「こうかな?」と脳内変換して頂く可能性があります。
ご了承くださいませ。
完全ご都合主義、作者独自の異世界感、ノーリアリティノークオリティのお話です。菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。
小説家になろうさんでも投稿します。
ジェリー・ベケットは愛を信じられない
砂臥 環
恋愛
ベケット子爵家の娘ジェリーは、父が再婚してから離れに追いやられた。
母をとても愛し大切にしていた父の裏切りを知り、ジェリーは愛を信じられなくなっていた。
それを察し、まだ子供ながらに『君を守る』と誓い、『信じてほしい』と様々な努力してくれた婚約者モーガンも、学園に入ると段々とジェリーを避けらるようになっていく。
しかも、義妹マドリンが入学すると彼女と仲良くするようになってしまった。
だが、一番辛い時に支え、努力してくれる彼を信じようと決めたジェリーは、なにも言えず、なにも聞けずにいた。
学園でジェリーは優秀だったが『氷の姫君』というふたつ名を付けられる程、他人と一線を引いており、誰にも悩みは吐露できなかった。
そんな時、仕事上のパートナーを探す男子生徒、ウォーレンと親しくなる。
※世界観はゆるゆる
※ざまぁはちょっぴり
※他サイトにも掲載
チョイス伯爵家のお嬢さま
cyaru
恋愛
チョイス伯爵家のご令嬢には迂闊に人に言えない加護があります。
ポンタ王国はその昔、精霊に愛されし加護の国と呼ばれておりましたがそれももう昔の話。
今では普通の王国ですが、伯爵家に生まれたご令嬢は数百年ぶりに加護持ちでした。
産まれた時は誰にも気が付かなかった【営んだ相手がタグとなって確認できる】トンデモナイ加護でした。
4歳で決まった侯爵令息との婚約は苦痛ばかり。
そんな時、令嬢の言葉が引き金になって令嬢の両親である伯爵夫妻は離婚。
婚約も解消となってしまいます。
元伯爵夫人は娘を連れて実家のある領地に引きこもりました。
5年後、王太子殿下の側近となった元婚約者の侯爵令息は視察に来た伯爵領でご令嬢とと再会します。
さて・・・どうなる?
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる