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公爵邸の重厚な門を、ナタリーを乗せた馬車が猛スピードでくぐり抜けました。
御者が止める間もなく、ナタリーはまだ動いている馬車の扉を開け、地面へと飛び降ります。
「お嬢様!? 危ないではございませんか!」
出迎えた老執事のセバスチャンが目を丸くしましたが、ナタリーは彼を無視して玄関を突破しました。
「セバスチャン! 今から三十分以内に、私がこれから指名する私物だけを馬車に積み込みなさい! それ以外は一切不要よ!」
「はあ……? しかし、パーティーはまだ続いているはずでは。それに旦那様は……」
「お父様なら今頃、王子の『真実の愛』という名のポエムを聞かされて白目を剥いているわよ! いいから急いで! 私の部屋の侍女たちを全員集めて!」
ナタリーはドレスの裾を豪快に掴み上げ、階段を二段飛ばしで駆け上がりました。
自室に飛び込むなり、彼女は待ち構えていた専属侍女のアンに叫びました。
「アン! ハサミを持ってきて! 今すぐ、この忌々しい布の塊を切り刻むわよ!」
「お、お嬢様!? このドレスは特注の最高級シルクで……」
「いいから切りなさい! 背中の紐を解いている時間すら惜しいわ! 私は今、一秒でも早くこのコルセットという名の拷問器具から解放されたいの!」
アンはおののきながらも、主人のただならぬ気迫に押され、裁縫用の大きなハサミを手に取りました。
ジャキッ、ジャキッという小気味よい音とともに、ナタリーを縛り付けていた豪華なドレスが無惨な切れ端へと変わっていきます。
「ふう……っ! はぁ、はぁ……死ぬかと思ったわ……」
ついにコルセットの締め付けから解放されたナタリーは、深く、深く息を吸い込みました。
肺が酸素で満たされる喜び。それは何物にも代えがたい「自由の味」でした。
「お嬢様、一体何があったのですか? まるで戦場から帰還されたようなご様子ですが」
「戦場よ、アン。でも、私が勝ったわ。婚約破棄という名の勝利をね!」
「……はい?」
アンが呆然とする中、ナタリーは下着姿のまま部屋の隅にある巨大な金庫へと向かいました。
淀みない手つきで暗証番号を入力し、扉が開くと、そこには整然と並べられた金貨の山と宝石類が収められていました。
「よし、無事ね。アン、この宝石箱を全部トランクに。それから、クローゼットの奥にある『あの服』を出して」
「『あの服』……。まさか、以前こっそり作らせていた、あの……」
「そうよ。旅装よ。それも、有事の際に全力疾走できて、かつ返り血が目立たない濃い茶色のやつよ!」
「お嬢様、令嬢が『返り血』なんて言葉を使わないでくださいませ……」
アンが持ってきたのは、一見すると質の良い町娘のような、しかし非常に機能的な乗馬服に近い衣装でした。
ナタリーはそれを素早く身に纏い、革のベルトをきつく締めました。
「見て、アン。この腕の可動域! これなら不届き者をいつでも殴り倒せるわ。ドレスなんて、ただの重りだったのよ」
「……お嬢様、少しずつ本性が隠せなくなっておりますよ」
「いいのよ、もう隠す必要なんてないんだから。さあ、次は換金性の高い美術品よ。壁に掛かっているあの小さな絵、あれは私の曾祖母様が私に残してくれた個人資産よね? それからこの金時計も。全部持っていくわ」
ナタリーは部屋の中を嵐のように動き回り、自分に所有権があるものだけを正確にピックアップしていきました。
その判断の速さは、熟練の競売人も驚くほどです。
「お嬢様……。旦那様が戻られたら、大変なことになります。本当に、お屋敷を出て行かれるのですか?」
アンが不安そうに尋ねると、ナタリーは一瞬だけ手を止め、鏡に映る自分を見つめました。
そこには、かつての「公爵令嬢」としての仮面を脱ぎ捨て、生命力に満ち溢れた一人の女性が立っていました。
「アン。私はね、誰かの所有物として生涯を終えるのは嫌なの。王子の飾り物になるのも、お父様の政略の道具になるのも、もう真っ平。私は私の筋肉……いえ、私の意志で生きていきたいのよ」
「お嬢様……」
「もしあなたが望むなら、一緒についてもいいわよ? ただし、かなりの珍道中になることは保証するけれど」
アンは少しだけ考え、それから深々と頭を下げました。
「……お嬢様の着替えを誰がお手伝いするのですか。私もお供いたします。ただし、お給料はしっかりいただきますわよ?」
「いいわね、その現金な態度! 大好きよ!」
二人は顔を見合わせてニヤリと笑うと、最後のトランクを閉じました。
その時、屋敷の玄関の方から、激昂した父・エヴァンス公爵の怒鳴り声が聞こえてきました。
「ナタリー! ナタリーはどこだ! あの馬鹿娘を引きずり出せ!」
「おっと、タイムアップね。さあ、アン! 裏口の馬車へ急ぐわよ!」
ナタリーは窓から外の様子を確認すると、迷うことなくアンの手を引いて、秘密の通路へと走り出しました。
彼女たちの背後で、完璧に整えられていた令嬢の部屋が、もぬけの殻となって残されました。
夜の闇に紛れて、一台の馬車が公爵邸を密かに発進しました。
それは、ナタリーにとっての「本当の人生」への出航でもあったのです。
御者が止める間もなく、ナタリーはまだ動いている馬車の扉を開け、地面へと飛び降ります。
「お嬢様!? 危ないではございませんか!」
出迎えた老執事のセバスチャンが目を丸くしましたが、ナタリーは彼を無視して玄関を突破しました。
「セバスチャン! 今から三十分以内に、私がこれから指名する私物だけを馬車に積み込みなさい! それ以外は一切不要よ!」
「はあ……? しかし、パーティーはまだ続いているはずでは。それに旦那様は……」
「お父様なら今頃、王子の『真実の愛』という名のポエムを聞かされて白目を剥いているわよ! いいから急いで! 私の部屋の侍女たちを全員集めて!」
ナタリーはドレスの裾を豪快に掴み上げ、階段を二段飛ばしで駆け上がりました。
自室に飛び込むなり、彼女は待ち構えていた専属侍女のアンに叫びました。
「アン! ハサミを持ってきて! 今すぐ、この忌々しい布の塊を切り刻むわよ!」
「お、お嬢様!? このドレスは特注の最高級シルクで……」
「いいから切りなさい! 背中の紐を解いている時間すら惜しいわ! 私は今、一秒でも早くこのコルセットという名の拷問器具から解放されたいの!」
アンはおののきながらも、主人のただならぬ気迫に押され、裁縫用の大きなハサミを手に取りました。
ジャキッ、ジャキッという小気味よい音とともに、ナタリーを縛り付けていた豪華なドレスが無惨な切れ端へと変わっていきます。
「ふう……っ! はぁ、はぁ……死ぬかと思ったわ……」
ついにコルセットの締め付けから解放されたナタリーは、深く、深く息を吸い込みました。
肺が酸素で満たされる喜び。それは何物にも代えがたい「自由の味」でした。
「お嬢様、一体何があったのですか? まるで戦場から帰還されたようなご様子ですが」
「戦場よ、アン。でも、私が勝ったわ。婚約破棄という名の勝利をね!」
「……はい?」
アンが呆然とする中、ナタリーは下着姿のまま部屋の隅にある巨大な金庫へと向かいました。
淀みない手つきで暗証番号を入力し、扉が開くと、そこには整然と並べられた金貨の山と宝石類が収められていました。
「よし、無事ね。アン、この宝石箱を全部トランクに。それから、クローゼットの奥にある『あの服』を出して」
「『あの服』……。まさか、以前こっそり作らせていた、あの……」
「そうよ。旅装よ。それも、有事の際に全力疾走できて、かつ返り血が目立たない濃い茶色のやつよ!」
「お嬢様、令嬢が『返り血』なんて言葉を使わないでくださいませ……」
アンが持ってきたのは、一見すると質の良い町娘のような、しかし非常に機能的な乗馬服に近い衣装でした。
ナタリーはそれを素早く身に纏い、革のベルトをきつく締めました。
「見て、アン。この腕の可動域! これなら不届き者をいつでも殴り倒せるわ。ドレスなんて、ただの重りだったのよ」
「……お嬢様、少しずつ本性が隠せなくなっておりますよ」
「いいのよ、もう隠す必要なんてないんだから。さあ、次は換金性の高い美術品よ。壁に掛かっているあの小さな絵、あれは私の曾祖母様が私に残してくれた個人資産よね? それからこの金時計も。全部持っていくわ」
ナタリーは部屋の中を嵐のように動き回り、自分に所有権があるものだけを正確にピックアップしていきました。
その判断の速さは、熟練の競売人も驚くほどです。
「お嬢様……。旦那様が戻られたら、大変なことになります。本当に、お屋敷を出て行かれるのですか?」
アンが不安そうに尋ねると、ナタリーは一瞬だけ手を止め、鏡に映る自分を見つめました。
そこには、かつての「公爵令嬢」としての仮面を脱ぎ捨て、生命力に満ち溢れた一人の女性が立っていました。
「アン。私はね、誰かの所有物として生涯を終えるのは嫌なの。王子の飾り物になるのも、お父様の政略の道具になるのも、もう真っ平。私は私の筋肉……いえ、私の意志で生きていきたいのよ」
「お嬢様……」
「もしあなたが望むなら、一緒についてもいいわよ? ただし、かなりの珍道中になることは保証するけれど」
アンは少しだけ考え、それから深々と頭を下げました。
「……お嬢様の着替えを誰がお手伝いするのですか。私もお供いたします。ただし、お給料はしっかりいただきますわよ?」
「いいわね、その現金な態度! 大好きよ!」
二人は顔を見合わせてニヤリと笑うと、最後のトランクを閉じました。
その時、屋敷の玄関の方から、激昂した父・エヴァンス公爵の怒鳴り声が聞こえてきました。
「ナタリー! ナタリーはどこだ! あの馬鹿娘を引きずり出せ!」
「おっと、タイムアップね。さあ、アン! 裏口の馬車へ急ぐわよ!」
ナタリーは窓から外の様子を確認すると、迷うことなくアンの手を引いて、秘密の通路へと走り出しました。
彼女たちの背後で、完璧に整えられていた令嬢の部屋が、もぬけの殻となって残されました。
夜の闇に紛れて、一台の馬車が公爵邸を密かに発進しました。
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