婚約破棄、万歳!悪役令嬢は変人辺境伯に拾われて。

桃瀬ももな

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王都の北門付近。
夜も更けて人通りが疎らになった路地裏で、ナタリーとアンを乗せた馬車は一度足を止めました。

「ナタリー様、ここからは目立ちすぎる馬車を捨てて、徒歩で検問を抜ける計画でしたわね。……って、聞いていらっしゃいます?」

アンの呆れた声に、ナタリーはトランクから取り出した「干し肉」を噛みちぎりながら頷きました。

「モグモグ……分かっているわ。この馬車は囮として南へ走らせる手配も済んでいる。さあ、行くわよ。深夜のピクニックの始まりだわ」

二人は簡素なマントを羽織り、暗い路地へと足を踏み入れました。
しかし、数歩も歩かないうちに、周囲の空気がじっとりと湿り気を帯びたものに変わります。

「おやおや、こんな時間に可愛らしい小鳥さんが二羽、迷い込んできたようだぜ」

前方の暗がりから、見るからに人相の悪い男たちが三名、ニヤニヤと笑いながら現れました。
一人は錆びたナイフを弄び、もう一人は太い棍棒を肩に担いでいます。

「おいおい、よく見りゃ上等な服を着てやがる。お嬢ちゃん、迷子なら俺たちが優しく案内してやろうか? もちろん、その重そうな荷物を『通行料』として置いていくならの話だがな」

男たちの下卑た笑い声が路地に響きます。
アンは恐怖でナタリーの背後に隠れましたが、当のナタリーはといえば……。

「……アン、今の聞いた?『重そうな荷物』って言ったわよね」

「ナ、ナタリー様? 今はそれどころでは……」

「失礼しちゃうわ。これには私の全財産と、明日への希望が詰まっているのよ。それを『通行料』だなんて……そんな低俗な投資に回すわけないじゃない」

ナタリーはマントを脱ぎ捨て、肩をぐるぐると回しました。
その動作は、淑女のそれとは程遠い、獲物を前にした格闘家の風格を漂わせています。

「おい、何をぶつぶつ言ってやがる。大人しく……ぐふぇっ!?」

一番前にいた男が言い終わる前に、ナタリーの拳がその顎を正確に捉えました。
脳が揺れる鈍い音とともに、男は白目を剥いて地面に沈みます。

「な、なんだと!? このアマ、やりやがったな!」

「アマとは失礼ね。これでも数時間前までは、この国で一番『お淑やか(仮)』と謳われた公爵令嬢だったのよ」

棍棒を振り上げた二人目の男に対し、ナタリーは流れるような動作で懐から「金貨がぎっしり詰まった革袋」を取り出しました。
それをブラックジャックのように振り回し、男の脳天に叩き込みます。

「ガッ……!?」

「あ、今の音、金貨と頭蓋骨のハーモニーね。なかなか良い響きだったわ」

残った一人がナイフを構えて震え上がりました。
彼は目の前の美貌の女性が、化け物か何かに見えているようです。

「ひ、ひぃぃ……! くるな、くるんじゃねえ!」

「あら、逃がさないわよ。私、さっきまでドレスとコルセットのせいで、ものすごくストレスが溜まっていたの。せっかくの『動くサンドバッグ』を無駄にするほど、私は贅沢ではないのよ」

ナタリーは、令嬢時代に隠れて鍛え上げた「護身術(という名のガチ格闘技)」を存分に振るい始めました。
路地裏からは、男たちの悲鳴と、時折混じる「お金の重みを知りなさい!」というナタリーの怒号が響き渡ります。

数分後。
そこには、折り重なるようにして伸びている三人の男と、息一つ乱れていないナタリーの姿がありました。

「……ふう、いい汗をかいたわ。やっぱり運動は最高ね」

「ナタリー様……。私、あなたについていくのが少し怖くなってきました。その金貨の袋、中身が変形していませんか?」

「大丈夫よ、金は叩いても価値は変わらないわ。さあ、検問が閉まる前に急ぎましょう」

ナタリーが立ち去ろうとしたその時。
暗がりのさらに奥から、低い、地を這うような笑い声が聞こえてきました。

「……くくく、実に見事な一撃だった。令嬢の皮を被った獣とは、面白いものを見せてもらったな」

そこには、漆黒の毛皮を纏った大柄な男が壁に寄りかかって立っていました。
その瞳は、夜闇の中で金色の光を放ち、獲物を定める狼のような鋭さを湛えています。

「……誰? もしあなたの分も『通行料(物理)』が必要なら、今すぐ用意するけれど?」

ナタリーは即座に戦闘態勢をとりましたが、男はゆっくりと首を振りました。

「いや、俺は野次馬だ。……と言いたいところだが、あんまりにも『面白い女』がいたのでな。つい見惚れてしまった」

男が歩み寄ると、その圧倒的な威圧感にアンが息を呑みました。
しかしナタリーは、その男の服の隙間から覗く、鋼のような筋肉に釘付けになります。

(……何この筋肉。彫刻? いえ、実戦で鍛え抜かれた最高の仕上がりだわ! この国に、こんなに美しい大胸筋を持つ男がいたなんて!)

ナタリーの「筋肉センサー」が最高潮に達した瞬間。
これまでの追放劇とは全く別の意味で、彼女の胸が高鳴り始めました。

「俺はルードヴィヒ。……お嬢さん、そんな物騒な場所にいないで、もっと『刺激的な場所』へ行く気はないか?」

「刺激的な場所? 美味しいご飯と、素晴らしい筋肉……もとい、安全な宿があるのなら、検討してあげなくもないわよ」

ナタリーは不敵に微笑み返しました。
最悪の出会いのはずが、なぜかナタリーの直感は「こいつは利用できる(し、筋肉が拝める)」と告げていたのです。
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