婚約破棄、万歳!悪役令嬢は変人辺境伯に拾われて。

桃瀬ももな

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王都、大聖堂の審問ホール。
かつてナタリーが優雅にお茶を啜っていた場所は、今や「魔女」を断罪せんとする熱気と憎悪に包まれていました。

ホールの中心に立つのは、純白の聖衣に身を包んだリリィ。
彼女の周囲には、魔法増幅器によって不自然なまでに眩しい「後光」が漂っています。

「ああ、神よ! どうか、あそこで傲慢に胸を張っている魔女ナタリーに、真実の裁きを!」

リリィがわざとらしく天を仰ぐと、ホールの二階席から見守る民衆からは「聖女様!」「魔女を殺せ!」という罵声が飛び交いました。
ナタリーは、被告席の柵に片手をかけ、リリィの背筋をじっと観察しながら口を開きました。

「リリィ様。お言葉ですが、先ほどからそのポーズ……脊柱起立筋(せきちゅうきりつきん)に過度な負担がかかっていますわよ。もっと腹圧を意識しないと、審問が終わる前に腰を言わしますわ」

「黙りなさい、魔女! 聖なる光を前にして、まだ筋肉の話をするつもり!? この不届き者が!」

裁判長席に座るジュリアン王子が、木槌を派手に叩きました。
彼はこの日のために新調した、やたらとフリルの多い正装で悦に浸っています。

「静粛に! ナタリー、君の罪は明白だ。聖女リリィの力を呪いで奪い、辺境伯を惑わして私兵を動かした。これは国家への反逆だ!」

「殿下、論理的に飛躍しすぎですわ。私が彼女から何かを奪ったというのなら、その証明をしていただきたいものです。……例えば、その胡散臭い『光の奇跡』とやらを見せていただけて?」

リリィは待っていましたと言わんばかりに、印を組みました。
「見ていなさい! これが、選ばれし聖女の力……『天の癒やし』ですわ!」

リリィが手を振ると、会場全体が黄金色の光に包まれました。
民衆は「おおお!」と歓喜の声を上げ、跪きます。
しかし、ナタリーは目を細め、リリィの袖口からチラリと覗く銀色の金属部品を見逃しませんでした。

「……なるほど。光魔法の増幅石を組み込んだ魔道具ね。しかも、光の屈折率を操作して、いかにも『癒やされている』と脳に錯覚させる微弱な電波まで飛ばしているわ」

「なっ……ななな、何をデタラメを!」

「デタラメではありませんわ。リリィ様、もしそれが本物の聖なる力なら、あなたの代謝が異常に上がっているはず。ですが、今のあなたの肌、全く汗をかいていませんもの。……真実の力というものはね、常に発汗と心拍数の上昇を伴うものなのです!」

ナタリーは、おもむろに柵を乗り越えて、証言台の中央へと進み出ました。
衛兵たちが止めようとしましたが、背後に控えるルードヴィヒの「動けば殺す」という無言の圧力に、誰も一歩も動けません。

「いいですか、皆様! 奇跡とは、願って起きるものではありません。己の肉体を極限まで追い込み、その細胞が叫び声を上げた時にのみ起きる『物理的現象』なのです!」

ナタリーは、背負っていた特大フライパンを床に突き立てました。
それだけで、大理石の床に深々と亀裂が入ります。

「例えばこれ! 今、私はこのフライパンに一切の魔力を使っていません。あるのは、私の大胸筋から腕橈骨筋(わんとうこつきん)へと伝わる、純粋な運動エネルギーのみ!」

「ひ、ひぃぃっ! 何よそのフライパン! 野蛮だわ、やっぱりあなたは魔女なのよ!」

「野蛮ではありません、実学ですわ。リリィ様、あなたが本物の聖女なら、その『光』で私のこのフライパンを溶かしてみせて? 光とはエネルギー……熱量ですものね。さあ、どうぞ!」

ナタリーがフライパンを差し出すと、リリィは真っ青になって後ずさりました。
魔法増幅器は、見た目を派手にするだけで、物理的な破壊力など一ミリも持ち合わせていないからです。

「ど、どうしたのリリィ。早くあのフライパンを消し炭にしておしまい!」

ジュリアンの無邪気な催促に、リリィの額から初めて本物の「脂汗」が流れ落ちました。

「そ、それは……神の力は、そんな卑俗な道具に使うものではなくて……」

「あら、逃げるのですか? それでは、私が代わりに見せてあげましょう。……本物の『奇跡』というものを!」

ナタリーはフライパンを片手で軽々と掲げ、リリィの足元にある、不自然なほど豪華な「聖女の台座」を指差しました。

「その台座の地下……おそらく、大規模な魔法投影装置が隠されていますわね。私の筋肉の直感がそう告げているわ。……旦那様、あそこを狙ってもよろしいかしら?」

「ああ。お前の納得のいくまで叩き壊せ」

ルードヴィヒが不敵に笑った瞬間、ナタリーのフライパンが閃光のごとく振り下ろされました。

ドォォォォォン!!

轟音と共に台座が粉砕され、中から大量の歯車と、輝く魔石の破片が飛び散りました。
それと同時に、リリィを包んでいた黄金の光が、パチパチというショートする音と共に消失しました。

「あ……ああっ……! 私の、私の奇跡が……!」

「……これがあなたの正体よ、リリィ様。歯車と石ころで作られた、虚飾の奇跡。……皆様、よく見てください! これが、皆様が崇めていた聖女の実体ですわ!」

会場は一転して、静寂に包まれました。
民衆の視線が、光を失い、真っ青になって震えるリリィへと突き刺さります。

「……ナタリー、君、よくも……僕の、僕たちの計画を……!」

ジュリアンが怒りに震えながら立ち上がりましたが、ナタリーはその視線を冷たく一蹴しました。

「殿下、計画などとお呼びにならないで。これは単なる『粉飾決算』です。……さあ、次は誰が私を魔女と呼びますか? 私の広背筋が、まだお話したがっていますけれど?」

ナタリーが肩を鳴らすと、審問ホールの空気は完全に彼女のものへと塗り替えられました。
裁判はまだ始まったばかりですが、勝敗の行方は、もはや誰の目にも明らかでした。
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