今更復縁とか言われても邪魔なんですけど?

桃瀬ももな

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「皆様、手をとめてください! ランチの時間ですわよ!」

改装工事が始まってから三日目。

真新しい厨房から、私の元気な声が響いた。

棟梁の岩鉄さんや、下働きのガロンさんをはじめ、汗だくで作業していた男たちが一斉に顔を上げる。

「おお! 嬢ちゃんの飯か!」

「腹減ったぁ……昨日のササミも悪くなかったが、今日は何だ?」

男たちが期待に胸を膨らませ(大胸筋も膨らませ)、ぞろぞろとカウンターに集まってくる。

私は白いエプロン姿で、自信満々に大皿をドンッ! と置いた。

「本日のメニューは、私の考案した『究極のマッスル・プレート』です!」

「おおお……?」

男たちの歓声が、疑問形に変わる。

皿の上に載っていたのは、以下のラインナップだった。

1.茹でただけの鶏の胸肉(味付けなし)。
2.生のブロッコリーの山(森のようだ)。
3.白身だけのゆで卵(黄身は脂質が高いので除去)。
4.謎の緑色の液体が入ったコップ。

「……嬢ちゃん」

棟梁が引きつった顔で尋ねる。

「こりゃあ……なんだ? 拷問の道具か?」

「失礼な。完璧な栄養管理食ですわ」

私は胸を張る。

「まず、この鶏肉。余計な脂質を極限までカットするために、三回お湯を変えて茹でこぼしました。パサパサ? いいえ、それは『純粋なタンパク質の食感』です」

「……」

「そしてこのブロッコリー。加熱するとビタミンが壊れるので、生です。野生に返ったつもりで齧り付いてください」

「……」

「極めつけは、このドリンク! 大豆の粉末と、ほうれん草と、煮干しを粉砕して混ぜた『特製・骨太シェイク』です!」

シーン……。

活気あふれていた現場が、お通夜のように静まり返った。

「さあ、召し上がれ! 貴方たちの筋肉が、『早くそれをよこせ』と叫んでいるのが聞こえましてよ!」

「いや、俺の筋肉は『ビールと唐揚げをよこせ』って言ってるんだが……」

ガロンさんがボソリと呟く。

「軟弱な! そんなものは筋肉への冒涜です! さあ、食べた食べた!」

私は無慈悲にもフォークを突きつけた。

私の「雇用主(スポンサー)」としての権力は絶対だ。

男たちは涙目でフォークを手に取り、真っ白な鶏肉を口に運んだ。

モグ……モグ……。

「……水」

若い大工の一人が、喉を押さえて苦しみ出した。

「み、水をくれぇ……! 口の中の水分が全部持ってかれたぁ……!」

「お、俺は顎が……! このブロッコリー、硬すぎて顎が砕けそうだ!」

「ぐぼぁッ! なんだこの緑の液体は! 泥か!? 沼の底の泥なのか!?」

あちこちで悲鳴が上がる。

まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だ。

私は腕組みをして、その光景を冷静に分析する。

「ふむ……やはり一般の方には、少々ハードルが高かったかしら」

「少々どころじゃねぇ!」

棟梁が水をガブ飲みしながら叫んだ。

「嬢ちゃん! いくら体に良くても、食えなきゃ意味がねぇぞ! 俺たちゃ肉体労働者だ、もっとこう、ガツンとくる旨いもんが食いたいんだよ!」

「旨いもの……」

私は顎に手を当てる。

「しかし、塩分と脂質は筋肉の大敵……」

「そこをなんとかするのが料理人の腕だろうが! このままじゃ店が開く前に、俺たちが栄養失調で倒れちまうぞ!」

棟梁の切実な訴え。

確かに、従業員が倒れては元も子もない。

それに、カフェとしてオープンする以上、お客様(主に筋肉目当ての貴婦人たち)にも食事を提供しなければならない。

彼女たちにこの「修行僧の食事」を出せば、二度と来店しないだろう。

「わかりました。妥協しましょう」

「妥協!?」

「ええ。美味しさと筋肉の両立……。難しい課題ですが、やってみせますわ」

私は再び厨房へと戻った。

目指すは、『ジャンクな見た目で、中身はヘルシー』な詐欺……いえ、魔法のような料理だ。

          ◇

数時間後。

厨房から、いい匂いが漂ってきた。

スパイスの香ばしい香りだ。

「おっ、今度はまともそうだぞ」

男たちが再び集まってくる。

「お待たせしました。改良版、『大豆ミートのハンバーグ・特製ハーブソースがけ』と、『全粒粉のパンケーキ・メープルシロップ(風)添え』です」

私が差し出した皿には、こんがりと焼けたハンバーグが乗っていた。

見た目は普通の、肉汁溢れるハンバーグだ。

「いただきやす!」

ガロンさんが警戒しつつも、一口食べる。

その目が大きく見開かれた。

「う、旨ぇ……ッ!!」

「本当か!?」

「ああ! 肉だ! ちゃんと肉の味がするぞ! しかもなんか、体の底から力が湧いてくる気がする!」

「それはそうでしょう」

私はニヤリと笑った。

「肉の代わりに大豆と赤身のミンチを使い、つなぎには山芋を使用。さらにソースには、脂肪燃焼効果のあるカプサイシンと、疲労回復効果のあるニンニクをたっぷりと使っていますから」

「これならいける! これなら何個でも食えるぞ!」

男たちが次々とハンバーグに食らいつく。

「パンケーキもうめぇ! 甘いのに、腹にもたれねぇぞ!」

「砂糖の代わりに、希少な天然甘味料を使いましたからね。血糖値の上昇も緩やかですわ」

厨房は一転して、笑顔と活気に包まれた。

「嬢ちゃん、あんたすげぇな! ただの筋肉バカかと思ってたが、天才じゃねぇか!」

棟梁が親指を立てる。

「お褒めに預かり光栄です。ただの筋肉バカ、という部分は訂正していただきたいですが」

「ガハハ! こりゃ店も繁盛するわ!」

私は満足げに頷いた。

これでフードメニューの方向性は決まった。

罪悪感なく食べられる、ガッツリ系マッスル飯。

これなら、体型を気にする貴族の令嬢たちも、そして筋肉を育てたい男たちも、両方取り込めるはずだ。

「あとは……ドリンクね」

私は先ほどの「緑の泥(特製シェイク)」を見つめた。

味は最悪だが、栄養価は最強だ。

これを捨てるのは惜しい。

「よし、これを『罰ゲーム』……じゃなくて、『勇者の聖水』として裏メニューにしましょう」

「絶対注文しねぇよ!」

ガロンさんがツッコんだ。

こうして、カフェの根幹となるメニュー開発は完了した。

日は傾き、夕暮れ時。

作業を終えた男たちが帰っていく中、私は一人、店の前に立った。

頭上には、塗り直された真新しい看板が掲げられている。

『Cafe Muscle Paradise(カフェ・マッスル・パラダイス)』

その文字の下には、小さくこう添えられていた。

~No Protein, No Life~

「完璧ね」

私は看板を見上げ、うっとりと呟く。

建物はできた。

メニューもできた。

あとは、この舞台(ステージ)に立つ、主役が必要だ。

「神様、筋肉の神様。どうか私に、とびっきりの逸材をお与えください」

私は西の空に祈った。

まさかその祈りが、あんなにもドラマチックな形で、しかも物理的に「重たい」形で届くことになろうとは。

翌日。

店の前で掃き掃除をしていた私の視界に、ふらふらと歩いてくる巨大な影が入った。

それは、ボロボロのマントを羽織った、山のような大男だった。

ドサァッ……!

男は私の目の前で、力尽きたように倒れ込んだ。

「きゃっ!?」

私はほうきを放り出し、駆け寄る。

「大丈夫ですか!? もしもし!」

男の体を揺さぶる。

重い。

なんて重さだ。

まるで岩だ。

そして、そのマントの下から覗く腕の太さを見た瞬間、私の心臓がドキン! と高鳴った。

(こ、この上腕の太さは……私の太ももより太いじゃないの!?)

気絶している男の顔を覗き込む。

泥と血にまみれているが、その顔には大きな古傷が走っていた。

普通なら悲鳴を上げて逃げ出すような、凶悪な人相。

しかし、私には違って見えた。

(なんて……なんてワイルドで素敵なの!)

これぞ、私が探し求めていた「野獣系マッチョ」の最高傑作。

「お水……」

男がうわごとのように呟く。

「お腹が……すいた……」

「まあ、大変!」

私はガッツポーズをしたくなるのを必死に抑え、聖女のような声を出した。

「すぐに何かお持ちしますわ! プロテインでいいかしら!?」

これが、私とレオナルド様――王国の「魔獣」と恐れられる騎士団長との、運命の出会いだった。
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