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翌朝、私は朝日が昇ると同時に、泥だらけの長靴を履いて屋敷を飛び出しました。
領主の娘が朝から畑を駆け回る姿に、最初は驚いていた領民たちも、今では「お、お嬢様! あそこの木、少し元気がありませんぜ!」と声をかけてくる始末です。
私は領内の各農家を回り、今年の収穫状況を一つずつチェックしていきました。
「……素晴らしいわ。今年の気候は、まさに桃のためにあったようなもの。どの農家の桃も、去年より一回り大きく、産毛の密度も完璧。これなら、隣国の社交界すら一撃で陥落させられるわ」
私は農家のおじさんから手渡された桃の重みを確かめ、うっとりと目を細めました。
しかし、そんな私の視界に、村の広場に積み上げられた大量の木箱が飛び込んできました。
「あら、これは……? まだ出荷されていない桃がこんなにあるなんて」
農家のピートさんが、申し訳なさそうに麦わら帽子を脱いで頭をかきました。
「それが……お嬢様。例の王家からの通達のせいで、街道の検問が厳しくなっちまいましてね。ピーチベルの紋章が入った荷馬車は、ことごとく足止めを食らってるんです」
「なんですって? 王家は、領民たちの生活まで人質に取るつもりかしら」
私は木箱に歩み寄り、蓋を開けました。
そこには、今まさに食べ頃を迎えた、艶やかで芳醇な香りを放つ桃たちが、ぎっしりと詰まっていました。
「この子たちは、一日経つごとに価値が下がってしまうのよ。それをわざと足止めするなんて……セドリック様、あの方は桃の神様に呪われたいのかしら」
「王都の商人たちも、王家を恐れて近寄ってきません。このままじゃ、せっかくの最高傑作が、豚の餌になるか腐っちまうだけだ……」
ピートさんの声には、農家としての深い悲しみがこもっていました。
私は拳を固く握りしめ、積み上げられた桃の山を見上げました。
王家が流通を止めるというなら、それよりも強大で、誰にも文句を言わせない「道」を切り開くしかありません。
「ピートさん、心配しないで。この桃たちは、私が責任を持って世界一高い場所へ届けてみせますわ」
「世界一高い場所……? お嬢様、まさか王城に殴り込むおつもりで!?」
「いいえ。あんな味覚の死んだ方々に、この子たちを捧げるのはもったいないわ。……狙うのは、北方の『氷の公爵』ですわよ」
私の言葉に、ピートさんだけでなく、周囲にいた領民たちが一斉に凍りつきました。
「ア、アルスター公爵ですか!? あの方は無愛想で、甘いものなんて大嫌いだって有名ですよ!」
「ええ、その噂は私も知っていますわ。でもね、ピートさん。あの方は『潔癖』で『完璧主義』なだけ。なら、我が領地の『完璧な桃』を目の前にして、無視できるはずがありませんわ」
私はその場で、空の木箱を一つ引き寄せました。
「今すぐ、領内で一番の『特級品』を六個集めてちょうだい。私が直々に梱包しますわ」
「え、ええ!? まさか、直接公爵領へ?」
「もちろん。公爵家の馬車なら、王家の検問も素通りですもの。あの方を『桃の虜』にして、我がピーチベル領の専属配送業者になってもらいますわよ!」
私はドレスの裾をまくり上げ、最高級の和紙と緩衝材を手に取りました。
一つ一つの桃を、まるで生まれたばかりの赤子を扱うように、丁寧に、かつ情熱を込めて包んでいきます。
「見てなさいセドリック様。あなたが捨てたこの女が、桃一つでこの国の経済図を塗り替えて差し上げますわ!」
ピーチベル領の視察は、絶望の確認ではなく、逆襲への決意表明へと変わりました。
私は六個の「爆弾(桃)」を抱えて、屋敷へと引き返しました。
目指すは北方、冷徹非情と恐れられる公爵の城。
私の桃が勝つか、彼の氷の心が勝つか……勝負ですわね!
領主の娘が朝から畑を駆け回る姿に、最初は驚いていた領民たちも、今では「お、お嬢様! あそこの木、少し元気がありませんぜ!」と声をかけてくる始末です。
私は領内の各農家を回り、今年の収穫状況を一つずつチェックしていきました。
「……素晴らしいわ。今年の気候は、まさに桃のためにあったようなもの。どの農家の桃も、去年より一回り大きく、産毛の密度も完璧。これなら、隣国の社交界すら一撃で陥落させられるわ」
私は農家のおじさんから手渡された桃の重みを確かめ、うっとりと目を細めました。
しかし、そんな私の視界に、村の広場に積み上げられた大量の木箱が飛び込んできました。
「あら、これは……? まだ出荷されていない桃がこんなにあるなんて」
農家のピートさんが、申し訳なさそうに麦わら帽子を脱いで頭をかきました。
「それが……お嬢様。例の王家からの通達のせいで、街道の検問が厳しくなっちまいましてね。ピーチベルの紋章が入った荷馬車は、ことごとく足止めを食らってるんです」
「なんですって? 王家は、領民たちの生活まで人質に取るつもりかしら」
私は木箱に歩み寄り、蓋を開けました。
そこには、今まさに食べ頃を迎えた、艶やかで芳醇な香りを放つ桃たちが、ぎっしりと詰まっていました。
「この子たちは、一日経つごとに価値が下がってしまうのよ。それをわざと足止めするなんて……セドリック様、あの方は桃の神様に呪われたいのかしら」
「王都の商人たちも、王家を恐れて近寄ってきません。このままじゃ、せっかくの最高傑作が、豚の餌になるか腐っちまうだけだ……」
ピートさんの声には、農家としての深い悲しみがこもっていました。
私は拳を固く握りしめ、積み上げられた桃の山を見上げました。
王家が流通を止めるというなら、それよりも強大で、誰にも文句を言わせない「道」を切り開くしかありません。
「ピートさん、心配しないで。この桃たちは、私が責任を持って世界一高い場所へ届けてみせますわ」
「世界一高い場所……? お嬢様、まさか王城に殴り込むおつもりで!?」
「いいえ。あんな味覚の死んだ方々に、この子たちを捧げるのはもったいないわ。……狙うのは、北方の『氷の公爵』ですわよ」
私の言葉に、ピートさんだけでなく、周囲にいた領民たちが一斉に凍りつきました。
「ア、アルスター公爵ですか!? あの方は無愛想で、甘いものなんて大嫌いだって有名ですよ!」
「ええ、その噂は私も知っていますわ。でもね、ピートさん。あの方は『潔癖』で『完璧主義』なだけ。なら、我が領地の『完璧な桃』を目の前にして、無視できるはずがありませんわ」
私はその場で、空の木箱を一つ引き寄せました。
「今すぐ、領内で一番の『特級品』を六個集めてちょうだい。私が直々に梱包しますわ」
「え、ええ!? まさか、直接公爵領へ?」
「もちろん。公爵家の馬車なら、王家の検問も素通りですもの。あの方を『桃の虜』にして、我がピーチベル領の専属配送業者になってもらいますわよ!」
私はドレスの裾をまくり上げ、最高級の和紙と緩衝材を手に取りました。
一つ一つの桃を、まるで生まれたばかりの赤子を扱うように、丁寧に、かつ情熱を込めて包んでいきます。
「見てなさいセドリック様。あなたが捨てたこの女が、桃一つでこの国の経済図を塗り替えて差し上げますわ!」
ピーチベル領の視察は、絶望の確認ではなく、逆襲への決意表明へと変わりました。
私は六個の「爆弾(桃)」を抱えて、屋敷へと引き返しました。
目指すは北方、冷徹非情と恐れられる公爵の城。
私の桃が勝つか、彼の氷の心が勝つか……勝負ですわね!
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