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ピーチベル辺境伯家の応接室は、今や「ピーチ・戦略本部」へと変貌を遂げていました。
壁には領地の地図が貼られ、至る所に桃の糖度表や出荷予定表が乱舞しています。
私は、執事のセバスが淹れてくれた桃のフレーバーティーを一口啜り、深く椅子に身を沈めました。
「お父様、現状を整理しましょう。王家による検問の強化。これにより、王都への流通は事実上壊滅しましたわね」
「ああ……。嫌がらせにしては手が込みすぎている。セドリック殿下も、よほどお前に恥をかかされたのが悔しかったのだろうな」
父が頭を抱えて溜息をつきますが、その手元にはしっかりと「桃のタルト」が握られています。
「恥をかいたのは自業自得ですわ。それよりお父様、ピンチはチャンスです。王家という、甘えきった巨大顧客を切り捨てる絶好の機会だと考えればいいのです」
「切り捨てるって……モモカ。あちらから切られたのだぞ?」
「些細な違いですわ。重要なのは、私たちの桃を、王家なんかに安売りする必要がなくなったということです」
私は立ち上がり、地図の北の方角を扇子で指し示しました。
そこには、広大な面積を誇るアルスター公爵領があります。
「お父様。アルスター公爵家は、王家に対しても中立を保つ強大な勢力です。そして、あそこの領地は寒冷で、果物の栽培には向きません。つまり、需要はあっても供給がないのです」
「しかし、アルスター公爵は『氷の公爵』と呼ばれているんだぞ? 贅沢品や甘味には一切興味がなく、合理的でないものは排除する男だと聞く」
「合理的……。ふふ、それこそが私の狙いですわ」
私は、机の上に置いた六個の特級桃「黄金桃」を見つめました。
「これだけの糖度、ビタミン、そして食べた瞬間に脳内に溢れる多幸感。これほど『合理的』に人間を幸福にする物質が他にあるでしょうか? いいえ、ありませんわ!」
「お前の桃理論は、時々、宗教の域に達しているな……」
父が引き気味に呟きますが、私は構わず続けます。
「公爵様が求めているのは、無意味な社交ではなく、価値のある実益のはずです。ならば、我が領の桃がもたらす経済効果と、精神的安定をプレゼンすればいいだけのことですわ」
そこへ、弟のモモタロウが慌てた様子で飛び込んできました。
「お姉様! 大変だよ! 裏の森の秘密の小道まで、王家の兵士が偵察に来ているみたいだ。完全に閉じ込められるつもりだよ!」
「あら、セドリック様も意外としつこいですわね。まるで、根が深い雑草のようですこと」
私は余裕の笑みを浮かべ、モモタロウの頭を優しく撫でました。
「大丈夫よ、モモタロウ。王家の兵士なんて、美味しい桃を食べさせたことがないから、あんなに攻撃的になるのですわ。……さて、セバス。旅の準備を」
「畏まりました。モモカ様。どのような装備を整えましょうか?」
「一番頑丈な荷馬車。それから、道中の護衛には領内一の腕利き農夫たちを。彼らの鍬(くわ)さばきは、騎士団の剣術よりも実戦的ですもの」
私は、汚れ一つない作業着の襟を正しました。
「お父様。私はこれより、アルスター公爵領へ向かいます。王家が止めた道を、桃の力でこじ開けてまいりますわ」
「モモカ……。もし失敗したら、どうするつもりだ?」
「失敗? 私の辞書にその文字はありません。あるのは『完熟』か『未熟』かだけですわ」
私は扇子を華麗に広げ、高らかに宣言しました。
「隣国への輸出ルートを確保し、王家が『やっぱり桃を売ってください』と泣きついてきても、皮一枚分も分けてあげない未来を作ってきます!」
領民たちの期待と、大量の桃を背負って、私の「逆襲の行商」が今、始まろうとしていました。
王都の夜会で私を笑った貴族たち。
見ていなさい。
次にあなたたちが私の名前を聞くときは、桃の価格を決定する「果実の支配者」としてですわよ!
壁には領地の地図が貼られ、至る所に桃の糖度表や出荷予定表が乱舞しています。
私は、執事のセバスが淹れてくれた桃のフレーバーティーを一口啜り、深く椅子に身を沈めました。
「お父様、現状を整理しましょう。王家による検問の強化。これにより、王都への流通は事実上壊滅しましたわね」
「ああ……。嫌がらせにしては手が込みすぎている。セドリック殿下も、よほどお前に恥をかかされたのが悔しかったのだろうな」
父が頭を抱えて溜息をつきますが、その手元にはしっかりと「桃のタルト」が握られています。
「恥をかいたのは自業自得ですわ。それよりお父様、ピンチはチャンスです。王家という、甘えきった巨大顧客を切り捨てる絶好の機会だと考えればいいのです」
「切り捨てるって……モモカ。あちらから切られたのだぞ?」
「些細な違いですわ。重要なのは、私たちの桃を、王家なんかに安売りする必要がなくなったということです」
私は立ち上がり、地図の北の方角を扇子で指し示しました。
そこには、広大な面積を誇るアルスター公爵領があります。
「お父様。アルスター公爵家は、王家に対しても中立を保つ強大な勢力です。そして、あそこの領地は寒冷で、果物の栽培には向きません。つまり、需要はあっても供給がないのです」
「しかし、アルスター公爵は『氷の公爵』と呼ばれているんだぞ? 贅沢品や甘味には一切興味がなく、合理的でないものは排除する男だと聞く」
「合理的……。ふふ、それこそが私の狙いですわ」
私は、机の上に置いた六個の特級桃「黄金桃」を見つめました。
「これだけの糖度、ビタミン、そして食べた瞬間に脳内に溢れる多幸感。これほど『合理的』に人間を幸福にする物質が他にあるでしょうか? いいえ、ありませんわ!」
「お前の桃理論は、時々、宗教の域に達しているな……」
父が引き気味に呟きますが、私は構わず続けます。
「公爵様が求めているのは、無意味な社交ではなく、価値のある実益のはずです。ならば、我が領の桃がもたらす経済効果と、精神的安定をプレゼンすればいいだけのことですわ」
そこへ、弟のモモタロウが慌てた様子で飛び込んできました。
「お姉様! 大変だよ! 裏の森の秘密の小道まで、王家の兵士が偵察に来ているみたいだ。完全に閉じ込められるつもりだよ!」
「あら、セドリック様も意外としつこいですわね。まるで、根が深い雑草のようですこと」
私は余裕の笑みを浮かべ、モモタロウの頭を優しく撫でました。
「大丈夫よ、モモタロウ。王家の兵士なんて、美味しい桃を食べさせたことがないから、あんなに攻撃的になるのですわ。……さて、セバス。旅の準備を」
「畏まりました。モモカ様。どのような装備を整えましょうか?」
「一番頑丈な荷馬車。それから、道中の護衛には領内一の腕利き農夫たちを。彼らの鍬(くわ)さばきは、騎士団の剣術よりも実戦的ですもの」
私は、汚れ一つない作業着の襟を正しました。
「お父様。私はこれより、アルスター公爵領へ向かいます。王家が止めた道を、桃の力でこじ開けてまいりますわ」
「モモカ……。もし失敗したら、どうするつもりだ?」
「失敗? 私の辞書にその文字はありません。あるのは『完熟』か『未熟』かだけですわ」
私は扇子を華麗に広げ、高らかに宣言しました。
「隣国への輸出ルートを確保し、王家が『やっぱり桃を売ってください』と泣きついてきても、皮一枚分も分けてあげない未来を作ってきます!」
領民たちの期待と、大量の桃を背負って、私の「逆襲の行商」が今、始まろうとしていました。
王都の夜会で私を笑った貴族たち。
見ていなさい。
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