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王都の社交界は、今や空前の「桃」ブームに沸いていました。
かつては「王室御用達」という看板が最大の価値でしたが、今やその権威は失墜。
貴族たちの間でステータスとなっているのは、アルスター公爵家の紋章が刻印された木箱に入った、ピーチベル領直送の「黄金桃」です。
王都の高級サロン『ラ・セーヌ』では、令嬢たちが扇子を片手に、血眼になって情報を交換していました。
「ねえ、聞いた? 今日のオークションに出されたピーチベルの桃、金貨五枚で落札されたんですって!」
「金貨五枚!? まあ、でも納得だわ。あのとろけるような甘さと、鼻に抜ける高貴な香り……一度食べたら、他の果物なんて砂を噛んでいるみたいに思えてしまいますもの」
「それに、あのパッケージも素敵よね。『悪役令嬢の贈り物』なんて、なんて扇情的なキャッチコピーかしら」
……そうです。
私が仕掛けた「桃のテロリズム」は、公爵家の強力な流通網という翼を得て、王都全域を完全に制圧したのです。
ピーチベル領の自室で、私はセバスから届けられた王都の流行報告書を読み、口角を吊り上げました。
「ふふ、ふふふふ……! 読み通りですわ、セバス。人間、禁止されればされるほど、それを手に入れたくなる生き物なのです。王家が『不適切な令嬢の桃』として流通を制限したことが、最高のスパイスになりましたわ!」
「お嬢様、お顔が少々……いえ、かなり悪役らしくなっております。ですが、戦略としては完璧ですな。現在、王都の闇市場……もとい、裏取引ルートでの需要は、去年の十倍を超えております」
セバスが淡々と、しかし誇らしげに眼鏡のブリッジを押し上げました。
「『悪役令嬢の桃』。いい響きですわね。毒があるほど美しい。そして甘い。このブランディングさえ確立してしまえば、セドリック様がどんなに不買運動を扇動したところで、無駄なあがきですわ」
「王宮内でも、リリア様がピーチベルの桃を欲しがって、殿下に毎日泣きついているという噂です。……皮肉なことに、殿下が差し止めたせいで、殿下自身のテーブルからも桃が消えたわけですからな」
私は窓から広大な桃農園を見渡しました。
今日も領民たちは、誇りを持って桃を育て、収穫し、公爵家の馬車へと積み込んでいます。
彼らの生活は潤い、領地の経済はかつてないほどの好景気に沸いていました。
そこへ、弟のモモタロウが鼻の頭を真っ赤にして飛び込んできました。
「お姉様! 大変だよ! アルスター公爵家から、追加の発注が来たんだけど……これ、桁を間違えてないかな!?」
「どれどれ……あら、間違いありませんわ。公爵領の全守備隊、計五千名への『慰問品』として、特級品を一人一個配るそうですわ」
「五千個!? 特級品を!? ……あ、アルスター公爵、本当に桃に狂っちゃったの?」
「狂ったのではありません、モモタロウ。彼は『効率的』な投資をしただけです。桃を食べた兵士は、厳しい寒さの中でも士気が上がり、訓練の効率が三割増しになる……という私のプレゼンを、彼がその身をもって証明しただけのこと」
私はモモタロウの手から注文書を受け取り、真っ赤な印を力強く押し込みました。
「公爵様も、案外お人がよろしい。……それとも、単に私の顔(と桃)を拝む口実を作っているのかしら?」
「お姉様、その自信はどこから来るの……?」
「桃の糖度と同じですわ、モモタロウ。計ればわかることよ。さあ、今すぐ出荷作業を加速させて! 一分一秒でも早く、この幸せ(糖分)を北の凍てつく男たちへ届けるのです!」
王都では、私の名前は「不徳な令嬢」から「果実の女王」へと書き換えられつつありました。
一方で、王宮の空気は、日ごとに悪化しているという情報も入っています。
甘い香りのしない王宮で、セドリック様とリリアさんがどのような顔をしているのか……。
想像するだけで、桃をもう一個余分に食べられそうですわ!
かつては「王室御用達」という看板が最大の価値でしたが、今やその権威は失墜。
貴族たちの間でステータスとなっているのは、アルスター公爵家の紋章が刻印された木箱に入った、ピーチベル領直送の「黄金桃」です。
王都の高級サロン『ラ・セーヌ』では、令嬢たちが扇子を片手に、血眼になって情報を交換していました。
「ねえ、聞いた? 今日のオークションに出されたピーチベルの桃、金貨五枚で落札されたんですって!」
「金貨五枚!? まあ、でも納得だわ。あのとろけるような甘さと、鼻に抜ける高貴な香り……一度食べたら、他の果物なんて砂を噛んでいるみたいに思えてしまいますもの」
「それに、あのパッケージも素敵よね。『悪役令嬢の贈り物』なんて、なんて扇情的なキャッチコピーかしら」
……そうです。
私が仕掛けた「桃のテロリズム」は、公爵家の強力な流通網という翼を得て、王都全域を完全に制圧したのです。
ピーチベル領の自室で、私はセバスから届けられた王都の流行報告書を読み、口角を吊り上げました。
「ふふ、ふふふふ……! 読み通りですわ、セバス。人間、禁止されればされるほど、それを手に入れたくなる生き物なのです。王家が『不適切な令嬢の桃』として流通を制限したことが、最高のスパイスになりましたわ!」
「お嬢様、お顔が少々……いえ、かなり悪役らしくなっております。ですが、戦略としては完璧ですな。現在、王都の闇市場……もとい、裏取引ルートでの需要は、去年の十倍を超えております」
セバスが淡々と、しかし誇らしげに眼鏡のブリッジを押し上げました。
「『悪役令嬢の桃』。いい響きですわね。毒があるほど美しい。そして甘い。このブランディングさえ確立してしまえば、セドリック様がどんなに不買運動を扇動したところで、無駄なあがきですわ」
「王宮内でも、リリア様がピーチベルの桃を欲しがって、殿下に毎日泣きついているという噂です。……皮肉なことに、殿下が差し止めたせいで、殿下自身のテーブルからも桃が消えたわけですからな」
私は窓から広大な桃農園を見渡しました。
今日も領民たちは、誇りを持って桃を育て、収穫し、公爵家の馬車へと積み込んでいます。
彼らの生活は潤い、領地の経済はかつてないほどの好景気に沸いていました。
そこへ、弟のモモタロウが鼻の頭を真っ赤にして飛び込んできました。
「お姉様! 大変だよ! アルスター公爵家から、追加の発注が来たんだけど……これ、桁を間違えてないかな!?」
「どれどれ……あら、間違いありませんわ。公爵領の全守備隊、計五千名への『慰問品』として、特級品を一人一個配るそうですわ」
「五千個!? 特級品を!? ……あ、アルスター公爵、本当に桃に狂っちゃったの?」
「狂ったのではありません、モモタロウ。彼は『効率的』な投資をしただけです。桃を食べた兵士は、厳しい寒さの中でも士気が上がり、訓練の効率が三割増しになる……という私のプレゼンを、彼がその身をもって証明しただけのこと」
私はモモタロウの手から注文書を受け取り、真っ赤な印を力強く押し込みました。
「公爵様も、案外お人がよろしい。……それとも、単に私の顔(と桃)を拝む口実を作っているのかしら?」
「お姉様、その自信はどこから来るの……?」
「桃の糖度と同じですわ、モモタロウ。計ればわかることよ。さあ、今すぐ出荷作業を加速させて! 一分一秒でも早く、この幸せ(糖分)を北の凍てつく男たちへ届けるのです!」
王都では、私の名前は「不徳な令嬢」から「果実の女王」へと書き換えられつつありました。
一方で、王宮の空気は、日ごとに悪化しているという情報も入っています。
甘い香りのしない王宮で、セドリック様とリリアさんがどのような顔をしているのか……。
想像するだけで、桃をもう一個余分に食べられそうですわ!
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