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ピーチベル領の正門に、これ見よがしに王家の紋章が入った豪華な馬車が停まりました。
現れたのは、フワフワのピンク髪を揺らし、守ってあげたくなるような可憐なドレスに身を包んだリリアさんです。
私は、ちょうど新種の肥料を撒き終えて、顔に少し土がついたままの作業着姿で彼女を迎えました。
「まあ、お辞儀の角度も忘れてしまったの? モモカ様。そんな泥だらけの格好で……まるで、畑に転がっているジャガイモのようですわ」
リリアさんは扇子で鼻を覆い、クスクスと意地悪そうに笑いました。
ジャガイモ? 失礼ね。今の私は、収穫を控えた『完熟前の桃』のように、エネルギーに満ち溢れている状態ですわよ。
「ごきげんよう、リリアさん。王都での生活が退屈すぎて、わざわざ田舎の空気を吸いにいらしたのかしら? それとも、セドリック様の愛が足りなくて、お肌が乾燥してしまいましたの?」
「な……っ!? 相変わらず失礼な方ね! 私は、セドリック様から預かった『最後通牒』を届けに来ただけですわ。ピーチベル家が速やかに謝罪し、桃を無償で王宮に献上しない限り、貴女たちは一生、日の目を見ることはないと!」
最後通牒。つまり、セドリック様は桃が食べたくて食べたくて、ついにプライドをかなぐり捨てて脅迫してきたというわけですね。
私はリリアさんの顔をじっと観察しました。
……ふむ。口では強気なことを言っていますが、彼女の視線が、私の背後のキッチンワゴンに向けられているのを見逃しませんでしたわ。
「あら、それは大変。でも、リリアさん。わざわざ遠路はるばる来ていただいたのですもの。まずは我が家の自信作、『ピーチベル・アルティメット・パフェ』を召し上がってからでも遅くはありませんわよ?」
「パ、パフェ……? ふん、どうせ田舎臭い盛り付けの、甘いだけの食べ物でしょうけれど……。毒が入っていないか、私が毒見してあげてもよくてよ」
リリアさんは喉をゴクリと鳴らしながら、テラス席へと座りました。
私は、冷やしておいた特大のグラスを彼女の前に置きました。
最下層には、桃の果肉を煮詰めた濃厚なコンポート。その上には、搾りたての山羊のミルクで作ったジェラート。
さらに、角切りの黄金桃をこれでもかと敷き詰め、頂点には、最も美しいピンク色の完熟桃を丸ごと一個、贅沢に冠しています。
「……っ!? な、何よこれ。桃が……桃が光っているじゃない!」
「光っているのは、糖度が極限まで高まった果汁が溢れ出している証拠ですわ。さあ、リリアさん。王宮では決して口にできない、禁断の味をどうぞ」
リリアさんは震える手でスプーンを握り、頂上の桃を一口、口に運びました。
……その瞬間。
カラン、とスプーンが皿に落ちる音が響きました。
リリアさんの瞳から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出したのです。
「……おいしい。おいしいわ、これ……! 何なの!? 口の中で桃が踊っている! 脳が……脳が桃色に染まっていくわ!」
「リリアさん、落ち着いて。まだ一口目ですわよ」
「うるさいわね! セドリック様が毎日『ピーチベルの桃なんて食べなくていい』って言うから、私、王宮でパサパサの林檎ばかり食べさせられていたのよ! もう我慢できない! このパフェ、全部私のものよ!」
かつての「儚げな令嬢」はどこへやら。
彼女はなりふり構わずパフェを頬張り、鼻の頭にクリームをつけて、恍惚の表情を浮かべていました。
「……ねえ、モモカ。私、決めたわ」
完食後。リリアさんは、空になったグラスを名残惜しそうに見つめながら、真剣な顔で私を見上げました。
「私、セドリック様に嘘を報告するわ。『ピーチベルの桃は害虫にやられて全滅していました』って。だから、私をこの領地の『桃試食担当』として雇ってくれないかしら?」
「あら、王太子妃の座を捨ててまで、桃を選びますの?」
「当然よ! 愛なんて数年で冷めるけれど、この桃の甘さは永遠だわ! ねえお願い、あと一個……あと一個だけでいいから、あの黄金のやつを食べさせて!」
嫌がらせに来たはずの宿敵が、桃の魔力によって、あっさりと私の「桃信者」へと成り下がりました。
私は彼女の肩を優しく叩き、不敵に微笑みました。
「いいでしょう、リリアさん。共に、桃による世界の平和を目指しましょう。……ただし、仕事は厳しいですわよ? まずはそのドレスを脱いで、草むしりから始めていただきますわ」
「……桃のためなら、泥水だってすするわよ!」
こうして、セドリック様の最大の味方であったはずのリリアさんは、私の農園の「研修生」として、ピーチベル領に残留することになったのでした。
王宮で一人、最後通牒の返事を待っているセドリック様。
あなたの愛しい人は今、全力で堆肥を運んでいますわよ!
現れたのは、フワフワのピンク髪を揺らし、守ってあげたくなるような可憐なドレスに身を包んだリリアさんです。
私は、ちょうど新種の肥料を撒き終えて、顔に少し土がついたままの作業着姿で彼女を迎えました。
「まあ、お辞儀の角度も忘れてしまったの? モモカ様。そんな泥だらけの格好で……まるで、畑に転がっているジャガイモのようですわ」
リリアさんは扇子で鼻を覆い、クスクスと意地悪そうに笑いました。
ジャガイモ? 失礼ね。今の私は、収穫を控えた『完熟前の桃』のように、エネルギーに満ち溢れている状態ですわよ。
「ごきげんよう、リリアさん。王都での生活が退屈すぎて、わざわざ田舎の空気を吸いにいらしたのかしら? それとも、セドリック様の愛が足りなくて、お肌が乾燥してしまいましたの?」
「な……っ!? 相変わらず失礼な方ね! 私は、セドリック様から預かった『最後通牒』を届けに来ただけですわ。ピーチベル家が速やかに謝罪し、桃を無償で王宮に献上しない限り、貴女たちは一生、日の目を見ることはないと!」
最後通牒。つまり、セドリック様は桃が食べたくて食べたくて、ついにプライドをかなぐり捨てて脅迫してきたというわけですね。
私はリリアさんの顔をじっと観察しました。
……ふむ。口では強気なことを言っていますが、彼女の視線が、私の背後のキッチンワゴンに向けられているのを見逃しませんでしたわ。
「あら、それは大変。でも、リリアさん。わざわざ遠路はるばる来ていただいたのですもの。まずは我が家の自信作、『ピーチベル・アルティメット・パフェ』を召し上がってからでも遅くはありませんわよ?」
「パ、パフェ……? ふん、どうせ田舎臭い盛り付けの、甘いだけの食べ物でしょうけれど……。毒が入っていないか、私が毒見してあげてもよくてよ」
リリアさんは喉をゴクリと鳴らしながら、テラス席へと座りました。
私は、冷やしておいた特大のグラスを彼女の前に置きました。
最下層には、桃の果肉を煮詰めた濃厚なコンポート。その上には、搾りたての山羊のミルクで作ったジェラート。
さらに、角切りの黄金桃をこれでもかと敷き詰め、頂点には、最も美しいピンク色の完熟桃を丸ごと一個、贅沢に冠しています。
「……っ!? な、何よこれ。桃が……桃が光っているじゃない!」
「光っているのは、糖度が極限まで高まった果汁が溢れ出している証拠ですわ。さあ、リリアさん。王宮では決して口にできない、禁断の味をどうぞ」
リリアさんは震える手でスプーンを握り、頂上の桃を一口、口に運びました。
……その瞬間。
カラン、とスプーンが皿に落ちる音が響きました。
リリアさんの瞳から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出したのです。
「……おいしい。おいしいわ、これ……! 何なの!? 口の中で桃が踊っている! 脳が……脳が桃色に染まっていくわ!」
「リリアさん、落ち着いて。まだ一口目ですわよ」
「うるさいわね! セドリック様が毎日『ピーチベルの桃なんて食べなくていい』って言うから、私、王宮でパサパサの林檎ばかり食べさせられていたのよ! もう我慢できない! このパフェ、全部私のものよ!」
かつての「儚げな令嬢」はどこへやら。
彼女はなりふり構わずパフェを頬張り、鼻の頭にクリームをつけて、恍惚の表情を浮かべていました。
「……ねえ、モモカ。私、決めたわ」
完食後。リリアさんは、空になったグラスを名残惜しそうに見つめながら、真剣な顔で私を見上げました。
「私、セドリック様に嘘を報告するわ。『ピーチベルの桃は害虫にやられて全滅していました』って。だから、私をこの領地の『桃試食担当』として雇ってくれないかしら?」
「あら、王太子妃の座を捨ててまで、桃を選びますの?」
「当然よ! 愛なんて数年で冷めるけれど、この桃の甘さは永遠だわ! ねえお願い、あと一個……あと一個だけでいいから、あの黄金のやつを食べさせて!」
嫌がらせに来たはずの宿敵が、桃の魔力によって、あっさりと私の「桃信者」へと成り下がりました。
私は彼女の肩を優しく叩き、不敵に微笑みました。
「いいでしょう、リリアさん。共に、桃による世界の平和を目指しましょう。……ただし、仕事は厳しいですわよ? まずはそのドレスを脱いで、草むしりから始めていただきますわ」
「……桃のためなら、泥水だってすするわよ!」
こうして、セドリック様の最大の味方であったはずのリリアさんは、私の農園の「研修生」として、ピーチベル領に残留することになったのでした。
王宮で一人、最後通牒の返事を待っているセドリック様。
あなたの愛しい人は今、全力で堆肥を運んでいますわよ!
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