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王都、王立大広間。
数ヶ月前、私が婚約破棄を突きつけられ、ティアラを脱ぎ捨てて飛び出したあの場所です。
今夜、その大広間は、かつてないほど「桃色」の熱気に包まれていました。
シャンデリアの光に反射しているのは、着飾った貴族たちの宝石だけではありません。
会場の至る所に設えられた氷の塔、その中に閉じ込められた、瑞々しいピーチベルの桃たちです。
「……信じられない。今夜の主催者は王家ではなく、あの『悪役令嬢』だなんて」
「シーッ、声が大きいですわよ。今は『果実の女神』とお呼びしなくては。この招待状、闇市場では領地一つ分で取引されていたんですから!」
貴族たちの囁きを背中で聞きながら、私はピーチサテンの特注ドレスをなびかせて、悠然と会場を見渡しました。
私の隣には、冷徹な美貌に、どこか満足げな笑みを浮かべたアルスター公爵が控えています。
「……素晴らしい光景だな、モモカ。貴様が土にまみれて育てたものが、この国の最高権力者たちをこれほどまでに支配している」
「ふふ、アルスター様。人間、結局は胃袋を掴まれた方が負けなんですのよ。……さあ、主役の登場かしら?」
大広間の重厚な扉が開き、やつれきった顔のセドリック様が現れました。
かつての婚約者は、誇り高い王太子の面影もなく、ただ「桃を一口食べさせてくれ」と言わんばかりの、飢えた目つきをしています。
「……モ、モモカ。なぜ貴様がここにいる。ここは王宮の、俺の広場だぞ!」
セドリック様が震える指で私を指しましたが、周囲の貴族たちは冷ややかな視線を送るだけでした。
彼らが求めているのは、力の落ちた王子ではなく、今夜ここで振る舞われる『極』の一切れなのです。
「あら、セドリック様。ごきげんよう。今夜は『公爵家主催・ピーチベル新種発表会』ですわ。招待状をお持ちでない方は、あちらの『林檎コーナー』へどうぞ」
「林檎だと!? 俺を馬鹿にしているのか!」
「馬鹿になどしていませんわ。皮を剥くのも、種を取るのも面倒なあなたには、丸かじりできる林檎がお似合いだと言っているのです」
会場から、クスクスと忍び笑いが漏れました。
セドリック様が顔を真っ赤にして叫ぼうとしたその時、背後から泥のついた(でも磨き抜かれた)長靴の音が響きました。
「ちょっと、セドリック! 邪魔よ、どきなさい! 今からモモカ様の新作、桃のシャンパンタワーが始まるんだから!」
現れたのは、元恋人のリリアさんです。
彼女は華やかなドレスを着ていながらも、身のこなしは完全に「農園の番長」のそれでした。
「リ、リリア……! お前、その手は何だ! 土汚れがついているぞ!」
「これは『働く女性の勲章』よ! それより見て! この桃、一玉であなたのひと月分の交際費より高いのよ。それをこれから贅沢に絞っちゃうんだから!」
合図と共に、会場中央の巨大なクリスタルタワーに、搾りたての黄金色の果汁が注がれました。
爆発するような芳醇な香りが、一瞬にして会場を飲み込みます。
「ああ……なんて罪深い香り……!」
「これが、あの伝説の……!」
貴族たちが我先にとタワーに群がります。
セドリック様もその列に加わろうとしましたが、アルスター公爵がその前に立ちはだかりました。
「殿下。……残念ながら、リストにお名前がありません。この桃は、『桃を愛し、桃を守る者』にだけ捧げられるものです。……木を切ろうとした者には、一滴たりとも与えるな、というのが主催者の意向でしてね」
「な……っ!? 公爵! 貴様、俺を干し殺すつもりか!」
「人聞きの悪いことを。……ただの、合理的な資源分配ですよ」
公爵様は冷たく言い放つと、私の腰を抱き寄せ、優雅に乾杯の音頭を取りました。
「皆様! 今夜、この国は新しく生まれ変わります。……甘美なる桃の統治の下で!」
「「「モモカ様に栄光を! 桃に祝福を!」」」
熱狂的な歓声。
かつて私を「悪役」と呼んで追い出した人々が、今は私の靴に口づけをせんばかりの勢いで跪いています。
私は、グラスに残った最後の一滴を飲み干し、絶望に暮れるセドリック様を見据えました。
「セドリック様。……これが、あなたが捨てた『情緒のない女』が作った世界ですわ。いかがかしら? ……あ、林檎はまだ残っているかもしれませんわよ?」
夜会でのリベンジは、完璧な勝利で幕を閉じました。
しかし、私の野望はこれだけでは終わりません。
次は……ついに、あの「お方」が桃の虜になる番ですわ!
数ヶ月前、私が婚約破棄を突きつけられ、ティアラを脱ぎ捨てて飛び出したあの場所です。
今夜、その大広間は、かつてないほど「桃色」の熱気に包まれていました。
シャンデリアの光に反射しているのは、着飾った貴族たちの宝石だけではありません。
会場の至る所に設えられた氷の塔、その中に閉じ込められた、瑞々しいピーチベルの桃たちです。
「……信じられない。今夜の主催者は王家ではなく、あの『悪役令嬢』だなんて」
「シーッ、声が大きいですわよ。今は『果実の女神』とお呼びしなくては。この招待状、闇市場では領地一つ分で取引されていたんですから!」
貴族たちの囁きを背中で聞きながら、私はピーチサテンの特注ドレスをなびかせて、悠然と会場を見渡しました。
私の隣には、冷徹な美貌に、どこか満足げな笑みを浮かべたアルスター公爵が控えています。
「……素晴らしい光景だな、モモカ。貴様が土にまみれて育てたものが、この国の最高権力者たちをこれほどまでに支配している」
「ふふ、アルスター様。人間、結局は胃袋を掴まれた方が負けなんですのよ。……さあ、主役の登場かしら?」
大広間の重厚な扉が開き、やつれきった顔のセドリック様が現れました。
かつての婚約者は、誇り高い王太子の面影もなく、ただ「桃を一口食べさせてくれ」と言わんばかりの、飢えた目つきをしています。
「……モ、モモカ。なぜ貴様がここにいる。ここは王宮の、俺の広場だぞ!」
セドリック様が震える指で私を指しましたが、周囲の貴族たちは冷ややかな視線を送るだけでした。
彼らが求めているのは、力の落ちた王子ではなく、今夜ここで振る舞われる『極』の一切れなのです。
「あら、セドリック様。ごきげんよう。今夜は『公爵家主催・ピーチベル新種発表会』ですわ。招待状をお持ちでない方は、あちらの『林檎コーナー』へどうぞ」
「林檎だと!? 俺を馬鹿にしているのか!」
「馬鹿になどしていませんわ。皮を剥くのも、種を取るのも面倒なあなたには、丸かじりできる林檎がお似合いだと言っているのです」
会場から、クスクスと忍び笑いが漏れました。
セドリック様が顔を真っ赤にして叫ぼうとしたその時、背後から泥のついた(でも磨き抜かれた)長靴の音が響きました。
「ちょっと、セドリック! 邪魔よ、どきなさい! 今からモモカ様の新作、桃のシャンパンタワーが始まるんだから!」
現れたのは、元恋人のリリアさんです。
彼女は華やかなドレスを着ていながらも、身のこなしは完全に「農園の番長」のそれでした。
「リ、リリア……! お前、その手は何だ! 土汚れがついているぞ!」
「これは『働く女性の勲章』よ! それより見て! この桃、一玉であなたのひと月分の交際費より高いのよ。それをこれから贅沢に絞っちゃうんだから!」
合図と共に、会場中央の巨大なクリスタルタワーに、搾りたての黄金色の果汁が注がれました。
爆発するような芳醇な香りが、一瞬にして会場を飲み込みます。
「ああ……なんて罪深い香り……!」
「これが、あの伝説の……!」
貴族たちが我先にとタワーに群がります。
セドリック様もその列に加わろうとしましたが、アルスター公爵がその前に立ちはだかりました。
「殿下。……残念ながら、リストにお名前がありません。この桃は、『桃を愛し、桃を守る者』にだけ捧げられるものです。……木を切ろうとした者には、一滴たりとも与えるな、というのが主催者の意向でしてね」
「な……っ!? 公爵! 貴様、俺を干し殺すつもりか!」
「人聞きの悪いことを。……ただの、合理的な資源分配ですよ」
公爵様は冷たく言い放つと、私の腰を抱き寄せ、優雅に乾杯の音頭を取りました。
「皆様! 今夜、この国は新しく生まれ変わります。……甘美なる桃の統治の下で!」
「「「モモカ様に栄光を! 桃に祝福を!」」」
熱狂的な歓声。
かつて私を「悪役」と呼んで追い出した人々が、今は私の靴に口づけをせんばかりの勢いで跪いています。
私は、グラスに残った最後の一滴を飲み干し、絶望に暮れるセドリック様を見据えました。
「セドリック様。……これが、あなたが捨てた『情緒のない女』が作った世界ですわ。いかがかしら? ……あ、林檎はまだ残っているかもしれませんわよ?」
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