婚約破棄された悪役令嬢、元婚約者様への復讐を。

桃瀬ももな

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「……さて。アリス、準備はいいわね?」

私は、納品されたばかりの真っ赤なドレスに身を包み、狐の仮面をしっかりと固定しました。
鏡の中には、もはやアルマ公爵家の大人しい(振りをしていた)令嬢の姿はありません。
怪しげで、神秘的で、そして圧倒的な「金持ちのオーラ」を放つ、謎の女主人ミス・クリスタルが立っています。

「はい、お嬢様! いえ、ボス! 準備万端ですわ! でも、本当にこの『在庫処分の型落ちドレス』が売れるんですか?」

アリスが指差す先には、前のオーナーが売れ残らせていた、十年前の流行……いわゆる「ダサい」ドレスの山がありました。
肩パットが無駄に厚く、リボンが過剰に付いた、今では誰も見向きもしない代物です。

「アリス。商売において『古い』というのは、言い換えれば『希少』ということなの。これをただの古着として売るから二束三文なのよ。これを『失われた伝統の復刻版』として売れば、価値は跳ね上がるわ」

私は手際よく、そのダサいドレスの一部をハサミで切り、現代風のタイトなシルエットに改造しました。
ただし、あえて「ダサいデコレーション」の一部は残しておきます。それが「個性」に見えるように。

「さらに、この川原で拾った石……いえ、聖石をブローチにして添えれば、あら不思議。世界に一着だけの、魔力を秘めた(という設定の)ヴィンテージ・ドレスの完成よ」

「設定……。ボス、だんだん詐欺師の顔になってきましたわね」

「失礼ね。私は夢を売っているのよ。……さあ、ターゲットが来たわ。開店よ」

店の前には、私が事前に「限定招待状」を送っておいた、この街の社交界の重鎮、バロン夫人の馬車が止まりました。
彼女は新しい物好きで、かつ「他人と同じものを着るのを極端に嫌う」という、私にとって最高のカモ……もとい、上客です。

「あら、ここが噂の新店舗かしら? ミス・クリスタルとか言ったかしら……まあ、不気味な仮面だこと」

バロン夫人が、扇子で口元を隠しながら入店してきました。
私は優雅に一礼し、あえて声のトーンを一段下げて、ミステリアスな雰囲気を演出します。

「ようこそ、バロン夫人。本日は、あなたの『魂の色』に合わせた特別な一着をご用意いたしましたわ」

「私の魂の色? ふふ、面白いことを言うわね。それで、どこにあるのかしら?」

私は、仰々しくカーテンを開けました。
そこには、スポットライト(魔石の光)を浴びた、先ほどの「改造ダサドレス」が鎮座しています。

「これは……随分と変わったデザインね。少し古い気もするけれど……」

「お目が高い。これは十年前、王宮の秘蔵庫に眠っていた幻のデザインを、私が独自に現代の解釈で蘇らせたものです。今、王都(私の故郷)では、あえてこの『クラシック・ボリューム』を取り入れるのが最先端のステータス。……ただし、あまりにも制作が困難なため、世界にこの一着しか存在いたしません」

私は一歩歩み寄り、バロン夫人の耳元で囁きました。

「他の夫人たちが、流行の同じようなドレスを着て並んでいる中で、あなただけがこの『歴史の重み』を纏う。……その時、皆様はどのような顔をなさるでしょうか?」

バロン夫人の瞳が、ギラリと光りました。
虚栄心という名のガソリンに、私の言葉という火がついた瞬間です。

「……おいくら?」

「金貨三十枚ですわ」

横でアリスが「ヒッ」と短い悲鳴を上げました。
仕入れ値ゼロ(ゴミ同然の在庫)の商品が、一瞬で王国の平民が一生遊んで暮らせる額に化けたのです。

「いいわ。買うわ。今すぐ包んでちょうだい!」

「賢明なご判断です。……あ、お支払いは現金でもよろしいですが、あなたの所有する『港の倉庫の優先使用権』を譲渡していただけるなら、金貨五枚分お値引きいたしますわ」

「ええ、構わないわよ。あんな使っていない倉庫、いくらでも貸してあげるわ」

交渉成立。
私は笑顔(仮面の下ですが)で契約書を差し出しました。
金を手に入れるだけでなく、物流の拠点まで確保する。これこそが効率的な商売というものです。

バロン夫人が満足げに去っていった後、アリスは床にへたり込みました。

「ボス……恐ろしい人……。あんなゴミ……いえ、古いドレスが金貨三十枚なんて……。バロン夫人、明日には社交界で自慢しまくりますよ?」

「いいのよ。彼女が自慢すればするほど、『ミス・クリスタルの店には、一点物の至宝がある』という噂が広まるわ。明日からは、押し寄せる客をどう捌くかだけを考えればいいの」

私は、カウンターに置かれた金貨を一枚手に取り、光にかざしました。

「愛だの恋だので泣いている暇があるなら、こうして数字を積み上げている方がずっと健康的だわ。……さて、アリス。次は『型落ちの靴』を『魔法の歩行器』として売る準備をしましょうか」

「……はい、ついていきますわ。地獄の果てまで!」

私は、賑やかになり始めた街の音を聞きながら、次の作戦を練り始めました。
王宮の冷たい石畳の上で、誰かの顔色を窺って生きていた頃が、遠い昔のことのように感じられます。

「(カイル殿下、メルさん。あなたたちは今ごろ、私が消えたせいで滞った書類の山を見て、泡でも吹いているかしら?)」

私の心は、かつてないほどの解放感に満たされていました。
悪役令嬢、大いに結構。
悪役には悪役なりの、華やかな逆転のステージがあるのですから。
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