婚約破棄された悪役令嬢、元婚約者様への復讐を。

桃瀬ももな

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「……六百四十二、六百四十三。ふふ、いい音ね。金貨がぶつかり合う音は、どんな一流のオーケストラよりも私の鼓膜を癒やしてくれるわ」

閉店後の店内。私はカウンターに積み上げた金貨の山を、指先で愛おしく撫で回していました。
アリスが呆れた顔で温かいカモミールティーを運んできます。

「ボス、顔が怖いですわよ。仮面をつけていても、金欲が溢れ出してて直視できませんわ」

「失礼ね。これは健全な労働の対価よ。……あ、アリス。今日のオークションの端数は、あなたのボーナスにしておいていいわよ。正確に金貨二枚と銀貨五枚ね」

「えっ、本当ですか!? やっぱりボスは一生ついていくべき神様ですわ!」

アリスが現金な喜びのダンスを披露していると、店の重厚な扉がノックもなしに開きました。
夜の帳を纏ったかのような、あまりにも整いすぎた男――ジェイド・ノートン公爵です。

「夜分に失礼。……おや、金の亡者の儀式の最中だったかな?」

「ジェイド様。不法侵入で訴えてもよろしいかしら? 今の私は、一分につき金貨一枚のコンサルティング料が発生しますの」

ジェイド様は、私の冷たい視線を浴びて「ゾクゾクするね」と楽しげに肩を揺らしました。
彼は私の正面に座ると、懐から一通の、黒いワックスで封印された招待状を取り出しました。

「商談だよ、ミス・クリスタル。来月に迫った我が国の『建国記念大バザール』。その目玉となる『VIP専用オークション』の差配を、君に任せたい」

「あら。先日のお話、もう本決まりですの? 仕事が早くて助かるわ。……ですが、ただの運営代行なら私でなくてもよろしいのでは?」

「普通の商人ならそうだろうね。だが、今回のバザールには、隣の『アルマ王国』からも王族が視察に来る。……そう、君を捨てたあの無能な王子もね」

私は、金貨を数えていた手を止めました。
仮面の奥で、私の脳細胞がこれまでにない速度で「利益とリスク」を計算し始めます。

「……カイル殿下が、この国へ?」

「ああ。どうやらあちらの国は、今ひどい財政難らしい。我が国からの融資を引き出すために、媚を売りに来るのさ。……そこでだ、ダイヤ。君には『ミス・クリスタル』として、彼らから徹底的に金を毟り取ってほしい」

ジェイド様は、獲物を狙う獣のような瞳で私を見つめました。

「君の正体を隠したまま、彼らに『ゴミ』を売りつけ、国庫を空にさせる。成功すれば、売り上げの八割を君の報酬にしよう。……どうだい、この上なく不純で効率的な復讐劇だろう?」

「……売り上げの八割。それに、バザール期間中の免税権もつけてくださる?」

「ふっ、ははは! この状況でさらなる条件を上乗せしてくるとは! いいよ、認めよう。君なら、あの王子から最後の一ルクまで引き出せそうだ」

私は、差し出された招待状を手に取りました。
復讐。そんな感情的な言葉で動くつもりはありません。
ですが、あの無能な王子が、私の血と汗の結晶である予算をメルさんのために浪費したことは、経営者として許しがたい不祥事です。

「わかりました。その仕事、引き受けますわ。……ただし、ジェイド様。一つだけ条件があります」

「何かな? 私の心臓でも差し出そうか?」

「結構です、そんな換金性の低いもの。……オークションの会場、私の好きに改造させてもらいますわよ。心理学的に、人が最も『財布の紐が緩む』地獄のような空間にね」

「……ますます君が好きになったよ。準備はすべて我が公爵家がバックアップしよう」

ジェイド様は、満足げに私の手を取り、今度は拒む隙を与えずに指先に軽くキスをしました。
アリスが後ろで「ひぇっ……」と声を上げていますが、私はそれすらも「演出費用」として計上することに決めました。

「(カイル殿下、メルさん。再会を楽しみにしていますわ。……あなたたちが大切に抱えているそのわずかな資産、私が綺麗に『お掃除』して差し上げますから)」

私は、暗い店内で一人、計算機を力強く叩きました。
はじき出された予想利益の数字は、もはや一商人の枠を大きく超えていました。

愛よりも重い、金の雨が降る予感がします。
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