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「……よし。これで、ただの『錆びた鉄くず』が、三千年の時を超えた『伝説の聖剣(折損品)』に見えるようになったわ」
私は額の汗を拭い、作業台の上に鎮座する物体を満足げに眺めました。
それは元々、商会の地下室で漬物石の重し代わりにされていた、折れ曲がった古い剣の残骸です。
私はそれを丁寧に磨き上げ、表面にそれっぽい幾何学模様を彫り込みました。
仕上げに、安物の蛍光塗料と魔石の粉末をまぶしたことで、暗闇で怪しく青白く光るギミックを搭載済みです。
「ボス……。それ、私が昨日までキャベツの重しに使ってた鉄の棒ですよね? それがどうして『失われた建国時代の遺物』になるんですか?」
アリスが、引きつった顔で特殊なルーペを覗き込んでいます。
私は鼻で笑い、優雅に筆を置きました。
「アリス、あなたはまだ本質を理解していないわ。人が買うのは『鉄の塊』ではなく、『それに付随する物語』なのよ。この幾何学模様を、古代の聖なる文字だと私が断言すれば、それは聖なる文字になるの」
「詐欺……。いや、プロデュース能力が限界突破してますわね……」
私は次に、小瓶に入った鮮やかなピンク色の液体を取り出しました。
中身は、市場で安売りされていたラズベリーシロップに、少しばかりの炭酸と、疲労回復に効く薬草を混ぜただけのものです。
「これは『女神の吐息』。飲めば心身が浄化され、愛する人との絆が深まるという伝説の霊薬(エリクサー)よ。……まあ、実態はただの美味しいジュースだけど」
「メル様が絶対に飛びつきそうですわね。あの人、そういうスピリチュアルなの大好きですから」
「ええ。彼女のようなタイプは、『限定一個』や『選ばれた人だけ』という言葉に極めて弱いわ。原材料費は銀貨三枚分。……ですが、オークションでの開始価格は金貨百枚に設定するわ」
私は手帳に原価と利益率を書き込みました。
利益率は驚異の数千パーセント。
王宮の予算会議で、一パーセントのコストカットに血道を上げていた自分が馬鹿らしくなるほどの効率です。
その時、工房の重い扉が静かに開きました。
ノックもなしに入ってきたのは、もはや我が物顔で店に出入りしているジェイド様です。
「おや、秘密の実験室かな? ……ほう、その剣は。偽物だとわかっていても、私の審美眼を惑わせるほどの実に見事な仕上がりだ」
「ジェイド様。ここは関係者以外立ち入り禁止です。入室料として、金貨三枚をアリスに払ってちょうだい」
「安いものだ。……それよりダイヤ、面白いニュースを持ってきた。例のアルマ王国の使節団だが、メルが『聖女としての格を示すために、何か歴史的な至宝が必要だ』と王子にねだったらしい」
ジェイド様は、楽しげに私の肩越しに作業台を覗き込みました。
彼の整いすぎた顔が近づくたびに、アリスが「顔面偏差値の暴力……」と呟いて壁際へ逃げていきます。
「カイル王子は、融資の相談に来る立場でありながら、彼女のために秘密の予算を用意しているようだ。……ターゲットは、完全にこちらの網にかかっているよ」
「……最高のニュースだわ。カイル殿下は昔から、見栄を張るためなら国が傾くことも厭わない人でしたから。その性質、今回は私の利益のために最大限に活用させていただきますわ」
私は仮面の奥で、冷徹な笑みを浮かべました。
彼らが失うのは、ただのお金ではありません。
「無能な判断によって資産を溶かした」という、取り返しのつかない信用です。
「ジェイド様、オークションの演出プランを変更します。会場全体に微量の『幻覚作用のある香料(リラックス効果があると偽装)』を撒いてちょうだい。判断力をさらに一割ほど低下させる必要があるわ」
「ふふ、徹底しているね。君のような悪女を敵に回さなくて本当に良かった。……さあ、準備は順調かい? 君が輝く舞台は、もう整いつつある」
「ええ。これまでにないほどの、最高に効率的で愉快な『お掃除』を見せてあげるわ」
私は、偽の聖剣を手に取り、それを鏡の前で掲げました。
かつて、悪役令嬢として虐げられ、都合のいい道具として扱われた過去。
そのすべてを、この偽物の剣で叩き壊し、本物の富へと変換してやるのです。
「アリス、次は『ただの古びた手鏡』を、『未来を映す魔鏡』に仕立てるわよ。……忙しくなるわよ、私たちの未来のためにね」
「はい、ボス! 一生、お財布についていきます!」
工房に、私たちの高らかな笑い声が響きました。
復讐という名のビジネス。
それは、どんな恋物語よりも私の心を躍らせるのでした。
私は額の汗を拭い、作業台の上に鎮座する物体を満足げに眺めました。
それは元々、商会の地下室で漬物石の重し代わりにされていた、折れ曲がった古い剣の残骸です。
私はそれを丁寧に磨き上げ、表面にそれっぽい幾何学模様を彫り込みました。
仕上げに、安物の蛍光塗料と魔石の粉末をまぶしたことで、暗闇で怪しく青白く光るギミックを搭載済みです。
「ボス……。それ、私が昨日までキャベツの重しに使ってた鉄の棒ですよね? それがどうして『失われた建国時代の遺物』になるんですか?」
アリスが、引きつった顔で特殊なルーペを覗き込んでいます。
私は鼻で笑い、優雅に筆を置きました。
「アリス、あなたはまだ本質を理解していないわ。人が買うのは『鉄の塊』ではなく、『それに付随する物語』なのよ。この幾何学模様を、古代の聖なる文字だと私が断言すれば、それは聖なる文字になるの」
「詐欺……。いや、プロデュース能力が限界突破してますわね……」
私は次に、小瓶に入った鮮やかなピンク色の液体を取り出しました。
中身は、市場で安売りされていたラズベリーシロップに、少しばかりの炭酸と、疲労回復に効く薬草を混ぜただけのものです。
「これは『女神の吐息』。飲めば心身が浄化され、愛する人との絆が深まるという伝説の霊薬(エリクサー)よ。……まあ、実態はただの美味しいジュースだけど」
「メル様が絶対に飛びつきそうですわね。あの人、そういうスピリチュアルなの大好きですから」
「ええ。彼女のようなタイプは、『限定一個』や『選ばれた人だけ』という言葉に極めて弱いわ。原材料費は銀貨三枚分。……ですが、オークションでの開始価格は金貨百枚に設定するわ」
私は手帳に原価と利益率を書き込みました。
利益率は驚異の数千パーセント。
王宮の予算会議で、一パーセントのコストカットに血道を上げていた自分が馬鹿らしくなるほどの効率です。
その時、工房の重い扉が静かに開きました。
ノックもなしに入ってきたのは、もはや我が物顔で店に出入りしているジェイド様です。
「おや、秘密の実験室かな? ……ほう、その剣は。偽物だとわかっていても、私の審美眼を惑わせるほどの実に見事な仕上がりだ」
「ジェイド様。ここは関係者以外立ち入り禁止です。入室料として、金貨三枚をアリスに払ってちょうだい」
「安いものだ。……それよりダイヤ、面白いニュースを持ってきた。例のアルマ王国の使節団だが、メルが『聖女としての格を示すために、何か歴史的な至宝が必要だ』と王子にねだったらしい」
ジェイド様は、楽しげに私の肩越しに作業台を覗き込みました。
彼の整いすぎた顔が近づくたびに、アリスが「顔面偏差値の暴力……」と呟いて壁際へ逃げていきます。
「カイル王子は、融資の相談に来る立場でありながら、彼女のために秘密の予算を用意しているようだ。……ターゲットは、完全にこちらの網にかかっているよ」
「……最高のニュースだわ。カイル殿下は昔から、見栄を張るためなら国が傾くことも厭わない人でしたから。その性質、今回は私の利益のために最大限に活用させていただきますわ」
私は仮面の奥で、冷徹な笑みを浮かべました。
彼らが失うのは、ただのお金ではありません。
「無能な判断によって資産を溶かした」という、取り返しのつかない信用です。
「ジェイド様、オークションの演出プランを変更します。会場全体に微量の『幻覚作用のある香料(リラックス効果があると偽装)』を撒いてちょうだい。判断力をさらに一割ほど低下させる必要があるわ」
「ふふ、徹底しているね。君のような悪女を敵に回さなくて本当に良かった。……さあ、準備は順調かい? 君が輝く舞台は、もう整いつつある」
「ええ。これまでにないほどの、最高に効率的で愉快な『お掃除』を見せてあげるわ」
私は、偽の聖剣を手に取り、それを鏡の前で掲げました。
かつて、悪役令嬢として虐げられ、都合のいい道具として扱われた過去。
そのすべてを、この偽物の剣で叩き壊し、本物の富へと変換してやるのです。
「アリス、次は『ただの古びた手鏡』を、『未来を映す魔鏡』に仕立てるわよ。……忙しくなるわよ、私たちの未来のためにね」
「はい、ボス! 一生、お財布についていきます!」
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それは、どんな恋物語よりも私の心を躍らせるのでした。
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