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「……皆様、今夜のオークションもいよいよ佳境。最後にふさわしい、奇跡の逸品をご紹介いたしますわ」
私はわざと溜めを作り、背後に置かれた大きな姿見を覆う布に手をかけました。
会場の熱気はすでに飽和状態。
特に、伝説の聖剣(鉄屑)を四千枚で競り落としたカイル殿下は、顔色を土気色に変えながらも、隣のメルさんに急かされて席を立てずにいます。
「こちらは、古代の神殿で巫女たちが未来を予知するために用いたとされる『真実を映す鏡』。……この鏡の前に立つと、自分たちが手にする『輝かしい未来』が映し出されると言い伝えられておりますの」
「み、未来を予知する鏡だと……!?」
カイル殿下が息を呑みました。
今の彼にとって、未来ほど不確かなものはありません。
国庫は空、融資の目処も立たず、手元にあるのは光るゴミだけ。
「この先の逆転劇があるのか」を知りたくてたまらないはずです。
「カイル様ぁ、私、これが見たいですわ! 私たちが王様と王妃様になって、みんなに崇められている姿が映るはずですもの!」
メルさんが目を輝かせて、カイル殿下の腕を揺さぶります。
彼女は、自分の欲望が「正当な未来」であると信じて疑わない。
その盲信こそが、私の商売における最高の燃料になります。
「……ですが皆様。この鏡は大変気まぐれ。真実の愛、そして未来を切り拓く『覚悟』を持つ者にしか、そのビジョンを見せてはくれません」
私は鏡の布をバサリと取り払いました。
現れたのは、銀の装飾を施した、なんの変哲もない……いえ、少し表面を特殊な薬品で曇らせただけの姿見です。
「……おや? 何も映っていないようだが。少し曇っているのではないか?」
カイル殿下が不審そうに目を細めました。
私は、待っていましたとばかりに口角を上げます。
「殿下。先ほど申し上げた通り、この鏡は『覚悟』に反応いたします。……具体的には、このオークション会場で、最も高い価値を提示した方の前にだけ、その未来の扉を開くのです」
「……なっ、金で未来を買えというのか!」
「いいえ。未来を信じるための『対価』を支払う熱意、ですわ。……さあ、開始価格は金貨二千枚。これが最後の一点ですわよ」
二千枚。会場から悲鳴のような驚きが上がりました。
王国の予備費すら食いつぶすその額に、カイル殿下の手が目に見えて震え始めます。
彼は隣に座るメルさんと、空になった自分の財布を交互に見つめました。
「カイル様……! ここで引いたら、私たちの未来は『偽物』だったことになっちゃいますわ! 聖女の私に、未来を見せてくれないんですか……?」
「うっ……! ぐ、うう……。わ、わかった。だがもう、金貨は底を突いている……。……ミス・クリスタル! 金の代わりに、我が国の『関税免除権』と『国境沿いの鉄鉱山の採掘権』を担保にする!」
カイル殿下が絞り出すように叫びました。
それは、王族が個人の見栄で差し出して良いものではありません。
国の血肉とも言える利権です。
「……ふむ。市場価値に換算すれば、金貨三千枚分といったところでしょうか。……他にいらっしゃいませんか?」
私は、後方のジェイド様をチラリと見ました。
ジェイド様は、あまりに惨めな王子の姿に、心底楽しそうに肩を震わせています。
「三千五百枚。……我がノートン家が、その利権を買い取ってもいいですよ」
「なっ……! ジェイド公爵! 貴様、どこまで邪魔をすれば気が済むのだ!」
「邪魔だなんて。私はただ、公平な取引をしているだけですよ。……さあ、王子。未来を諦めるのですか?」
ジェイド様の冷ややかな挑発に、カイル殿下の理性が完全に弾けました。
彼は立ち上がり、懐から王家の紋章が入った「特使の印章」を突き出しました。
「五千枚だ! この印章を担保に、アルマ王国の全商権の十年間優先交渉権を与える! これで……これで文句はないだろう!」
会場が静まり返りました。
それは事実上の、経済的敗北宣言に等しい一言でした。
一国の王子が、正体不明の商人に、国の未来を切り売りしたのです。
「……五千枚。……交渉成立ですわ。おめでとうございます、カイル殿下。未来はあなたのものです」
私はハンマーを静かに振り下ろしました。
カイル殿下とメルさんは、ふらふらとした足取りでステージへと上がり、鏡の前に立ちました。
「さあ、見せてくれ……! 私たちの、栄光に満ちた未来を!」
二人が鏡を覗き込みます。
私が仕掛けた「曇りガラス」と「背後の魔石投影」が、絶妙なタイミングで作動しました。
「……あ、あれ? カイル様、何か映っていますわ! ……でも、これ、何かしら?」
鏡に映し出されたのは、光り輝く玉座……ではありませんでした。
そこには、自分たちの顔が「欲望に歪んだ醜い怪物」のように歪曲して映るよう、鏡の表面に特殊な細工が施されていたのです。
さらに投影された文字が浮かび上がります。
『汝の未来は、汝が捨てたものの中にあり』
「……捨てたもの? どういう意味だ? 私の捨てたものと言えば……」
カイル殿下が、呆然とした顔で呟きました。
その脳裏に、かつて自分の後ろで無表情に書類を処理していた「ダイヤ」の顔が、一瞬だけ過ったかもしれません。
「きゃあああ! 何よこの鏡! 顔が化け物みたいに映るわ! カイル様、壊れてますわ、これ!」
「し、静かにしろメル! ……ミス・クリスタル、これは一体どういうことだ!」
詰め寄るカイル殿下に対し、私は優雅に扇子を広げました。
「殿下。鏡は常に『真実』を映すもの。……もしそこに醜いものが映ったのであれば、それは未来ではなく、今のあなた方の『心』がそうであるということに他なりませんわ。……あ、返品は一切受け付けておりませんので、悪しからず」
「なっ……! 五千枚も払って、説教か!?」
「いいえ。五千枚も払って、『自覚』を買っていただいたのですわ。……さあ、アリス。本日のオークションはこれにて終了よ。清算の準備を始めましょう」
私は背を向け、舞台袖へと消えていきました。
背後では、カイル殿下の絶叫と、メルさんの泣き声が、バザールの喧騒に虚しく消えていきました。
「……ダイヤ、君は本当に性格が悪いね。最高だよ」
影で待っていたジェイド様が、私の腰を引き寄せ、耳元で心地よい低音を響かせました。
「性格が悪い? いいえ、効率的と言ってちょうだい。……これで王国の利権はすべて私の……いえ、私たちのもの。あのおバカさんたちは、明日から『伝説の鉄屑』を抱えて、泥水をすすることになるんですもの」
私は仮面を外し、ジェイド様の胸の中で、勝利を確信した笑みを浮かべました。
悪役令嬢としての復讐劇。
その第一部、完璧なる経済的制裁が完了した瞬間でした。
私はわざと溜めを作り、背後に置かれた大きな姿見を覆う布に手をかけました。
会場の熱気はすでに飽和状態。
特に、伝説の聖剣(鉄屑)を四千枚で競り落としたカイル殿下は、顔色を土気色に変えながらも、隣のメルさんに急かされて席を立てずにいます。
「こちらは、古代の神殿で巫女たちが未来を予知するために用いたとされる『真実を映す鏡』。……この鏡の前に立つと、自分たちが手にする『輝かしい未来』が映し出されると言い伝えられておりますの」
「み、未来を予知する鏡だと……!?」
カイル殿下が息を呑みました。
今の彼にとって、未来ほど不確かなものはありません。
国庫は空、融資の目処も立たず、手元にあるのは光るゴミだけ。
「この先の逆転劇があるのか」を知りたくてたまらないはずです。
「カイル様ぁ、私、これが見たいですわ! 私たちが王様と王妃様になって、みんなに崇められている姿が映るはずですもの!」
メルさんが目を輝かせて、カイル殿下の腕を揺さぶります。
彼女は、自分の欲望が「正当な未来」であると信じて疑わない。
その盲信こそが、私の商売における最高の燃料になります。
「……ですが皆様。この鏡は大変気まぐれ。真実の愛、そして未来を切り拓く『覚悟』を持つ者にしか、そのビジョンを見せてはくれません」
私は鏡の布をバサリと取り払いました。
現れたのは、銀の装飾を施した、なんの変哲もない……いえ、少し表面を特殊な薬品で曇らせただけの姿見です。
「……おや? 何も映っていないようだが。少し曇っているのではないか?」
カイル殿下が不審そうに目を細めました。
私は、待っていましたとばかりに口角を上げます。
「殿下。先ほど申し上げた通り、この鏡は『覚悟』に反応いたします。……具体的には、このオークション会場で、最も高い価値を提示した方の前にだけ、その未来の扉を開くのです」
「……なっ、金で未来を買えというのか!」
「いいえ。未来を信じるための『対価』を支払う熱意、ですわ。……さあ、開始価格は金貨二千枚。これが最後の一点ですわよ」
二千枚。会場から悲鳴のような驚きが上がりました。
王国の予備費すら食いつぶすその額に、カイル殿下の手が目に見えて震え始めます。
彼は隣に座るメルさんと、空になった自分の財布を交互に見つめました。
「カイル様……! ここで引いたら、私たちの未来は『偽物』だったことになっちゃいますわ! 聖女の私に、未来を見せてくれないんですか……?」
「うっ……! ぐ、うう……。わ、わかった。だがもう、金貨は底を突いている……。……ミス・クリスタル! 金の代わりに、我が国の『関税免除権』と『国境沿いの鉄鉱山の採掘権』を担保にする!」
カイル殿下が絞り出すように叫びました。
それは、王族が個人の見栄で差し出して良いものではありません。
国の血肉とも言える利権です。
「……ふむ。市場価値に換算すれば、金貨三千枚分といったところでしょうか。……他にいらっしゃいませんか?」
私は、後方のジェイド様をチラリと見ました。
ジェイド様は、あまりに惨めな王子の姿に、心底楽しそうに肩を震わせています。
「三千五百枚。……我がノートン家が、その利権を買い取ってもいいですよ」
「なっ……! ジェイド公爵! 貴様、どこまで邪魔をすれば気が済むのだ!」
「邪魔だなんて。私はただ、公平な取引をしているだけですよ。……さあ、王子。未来を諦めるのですか?」
ジェイド様の冷ややかな挑発に、カイル殿下の理性が完全に弾けました。
彼は立ち上がり、懐から王家の紋章が入った「特使の印章」を突き出しました。
「五千枚だ! この印章を担保に、アルマ王国の全商権の十年間優先交渉権を与える! これで……これで文句はないだろう!」
会場が静まり返りました。
それは事実上の、経済的敗北宣言に等しい一言でした。
一国の王子が、正体不明の商人に、国の未来を切り売りしたのです。
「……五千枚。……交渉成立ですわ。おめでとうございます、カイル殿下。未来はあなたのものです」
私はハンマーを静かに振り下ろしました。
カイル殿下とメルさんは、ふらふらとした足取りでステージへと上がり、鏡の前に立ちました。
「さあ、見せてくれ……! 私たちの、栄光に満ちた未来を!」
二人が鏡を覗き込みます。
私が仕掛けた「曇りガラス」と「背後の魔石投影」が、絶妙なタイミングで作動しました。
「……あ、あれ? カイル様、何か映っていますわ! ……でも、これ、何かしら?」
鏡に映し出されたのは、光り輝く玉座……ではありませんでした。
そこには、自分たちの顔が「欲望に歪んだ醜い怪物」のように歪曲して映るよう、鏡の表面に特殊な細工が施されていたのです。
さらに投影された文字が浮かび上がります。
『汝の未来は、汝が捨てたものの中にあり』
「……捨てたもの? どういう意味だ? 私の捨てたものと言えば……」
カイル殿下が、呆然とした顔で呟きました。
その脳裏に、かつて自分の後ろで無表情に書類を処理していた「ダイヤ」の顔が、一瞬だけ過ったかもしれません。
「きゃあああ! 何よこの鏡! 顔が化け物みたいに映るわ! カイル様、壊れてますわ、これ!」
「し、静かにしろメル! ……ミス・クリスタル、これは一体どういうことだ!」
詰め寄るカイル殿下に対し、私は優雅に扇子を広げました。
「殿下。鏡は常に『真実』を映すもの。……もしそこに醜いものが映ったのであれば、それは未来ではなく、今のあなた方の『心』がそうであるということに他なりませんわ。……あ、返品は一切受け付けておりませんので、悪しからず」
「なっ……! 五千枚も払って、説教か!?」
「いいえ。五千枚も払って、『自覚』を買っていただいたのですわ。……さあ、アリス。本日のオークションはこれにて終了よ。清算の準備を始めましょう」
私は背を向け、舞台袖へと消えていきました。
背後では、カイル殿下の絶叫と、メルさんの泣き声が、バザールの喧騒に虚しく消えていきました。
「……ダイヤ、君は本当に性格が悪いね。最高だよ」
影で待っていたジェイド様が、私の腰を引き寄せ、耳元で心地よい低音を響かせました。
「性格が悪い? いいえ、効率的と言ってちょうだい。……これで王国の利権はすべて私の……いえ、私たちのもの。あのおバカさんたちは、明日から『伝説の鉄屑』を抱えて、泥水をすすることになるんですもの」
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