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「……ふんっ。ずずっ。……ああ、スッキリしたわ」
私は、カイル殿下から届いたばかりの情熱的な(という名の身勝手な)手紙で、思い切り鼻をかみました。
上質な紙というのは素晴らしいですね。吸水性が高く、それでいて鼻腔を傷つけない。
王家御用達の便箋は、鼻をかむための道具として非常に高いポテンシャルを秘めていました。
「……ぼ、ボス。あなた、今、一国の王子の署名が入った親書を……鼻紙に……」
アリスが、割れた卵のような顔をして私を見ています。
私は涼しい顔で、丸めたその「ゴミ」を灰皿の上に放り投げました。
「何を驚いているの、アリス。資源の再利用(リサイクル)は、経営者にとっての美徳よ。あんな無価値な文字列が並んだ紙、そのまま捨ててはゴミ箱の容量が無駄になるけれど、こうして実利を得ることで、この紙は初めて『意味』を持ったのよ」
「意味のレベルが低すぎますわ! これ、外で待ってる王子様に見せたら、今度こそ卒倒しますよ!?」
「いいえ。彼は私の正体を疑っているのでしょう? なら、これでいいの。……ジェイド様、あなたがそれを拾い上げるのは、衛生上お勧めしませんけれど?」
いつの間にか私の背後に回り込み、灰皿の中の「丸まった手紙」を神聖な遺物のように見つめているジェイド様に、私は釘を刺しました。
彼は、黄金色の瞳をかつてないほどキラキラと輝かせています。
「……素晴らしい。ダイヤ、君はなんて気高く、そして残酷なんだ。愛を誓ったはずの男からの手紙を、文字通り『鼻であしらう』とはね。……これこそ、我がノートン家に伝わるべき至宝だ。額縁に入れて飾ってもいいかな?」
「金貨一万枚で売ってあげてもいいわよ。……ただし、中身は私の鼻水ですけれど」
「ははは! 一万枚? 安いものだ。君の排泄物……失礼、君の効率的な判断の産物ならば、それだけの価値はある!」
「アリス。この変態公爵の顔に塩を撒いてちょうだい。……さて、アリス。そのゴミ、外で震えているおバカさんたちに返してきなさい。私の『回答』だと言ってね」
アリスは、ピンセットでつまむようにしてその丸めた紙を受け取り、引きつった笑みを浮かべながら店先へと向かいました。
店の下では、カイル殿下とメル様が、今か今かと「ダイヤ」からの返信を待っていました。
空腹で頬がこけ、豪華だった礼装も今や浮浪者のそれと大差ありません。
「カイル様、返事が来ましたわ! きっと、中にはたくさんの金貨と、ダイヤ様からの謝罪の言葉が入っていますわよ!」
「当然だ。私の慈悲深い提案を断るはずがない。さあ、見せてみろ!」
アリスが、無言でその丸まった紙をカイル殿下の足元に放り投げました。
カイル殿下はそれを恭しく拾い上げ、震える手で開きました。
……そこには、ぐしゃぐしゃになった自分の筆跡と、中央に広がる「湿ったシミ」があるだけです。
「……なんだ、これは? ……返事がない。それどころか、このシミは……。……まさか」
「カイル様ぁ、なんかこの紙、ミントの香りがしますわ。ダイヤ様が香水でも吹きかけてくれたのかしら?」
「違う! これは……これは、鼻水だ!! あの女、私の手紙で鼻をかんで返したのか!?」
カイル殿下の絶叫が、バザールの喧騒に響き渡りました。
その声を聞きながら、私は二階の窓から、冷たく澄んだ瞳で彼らを見下ろしました。
「(カイル殿下。あなたが差し出したのは『愛』ではなく、私を再び縛り上げるための『鎖』。……そんなもの、鼻をかむ紙以上の価値なんてありませんわ)」
隣に立つジェイド様が、私の肩に手を置き、満足げに微笑みました。
「ダイヤ。君のその徹底した拒絶、実に見事だよ。……どうだい、その手紙の代わりに、私の公爵家の家紋が入った最高級のハンカチーフを使わないか? もちろん、使い終わった後は私が大切に保管するが」
「……ジェイド様。効率を考えれば、あなたをこの窓から突き落としたほうが、私の平穏な生活が早く手に入る気がするのだけれど?」
「おっと、それは困る。私はまだ、君と一緒に世界中の無能を破産させる計画の途中なんだからね」
私は、再び計算機を叩き始めました。
外で叫び声を上げている元婚約者のことなど、もう私の収支報告書(ポートフォリオ)には一ルクの価値もありません。
「さあ、アリス。次の商談の準備よ。……カイル殿下たちが騒ぎ疲れて動けなくなったら、彼らを『見せ物』として雇いたいという見世物小屋からの打診が来ているわ。仲介手数料、しっかり計算しておいてちょうだい」
「……ボス。あなた、本当の意味で『悪役令嬢』を極めようとしてますわね……」
愛なんて、鼻をかんで捨てればいい。
その後の「再利用」こそが、一流の商売人の手腕というものです。
私は、カイル殿下から届いたばかりの情熱的な(という名の身勝手な)手紙で、思い切り鼻をかみました。
上質な紙というのは素晴らしいですね。吸水性が高く、それでいて鼻腔を傷つけない。
王家御用達の便箋は、鼻をかむための道具として非常に高いポテンシャルを秘めていました。
「……ぼ、ボス。あなた、今、一国の王子の署名が入った親書を……鼻紙に……」
アリスが、割れた卵のような顔をして私を見ています。
私は涼しい顔で、丸めたその「ゴミ」を灰皿の上に放り投げました。
「何を驚いているの、アリス。資源の再利用(リサイクル)は、経営者にとっての美徳よ。あんな無価値な文字列が並んだ紙、そのまま捨ててはゴミ箱の容量が無駄になるけれど、こうして実利を得ることで、この紙は初めて『意味』を持ったのよ」
「意味のレベルが低すぎますわ! これ、外で待ってる王子様に見せたら、今度こそ卒倒しますよ!?」
「いいえ。彼は私の正体を疑っているのでしょう? なら、これでいいの。……ジェイド様、あなたがそれを拾い上げるのは、衛生上お勧めしませんけれど?」
いつの間にか私の背後に回り込み、灰皿の中の「丸まった手紙」を神聖な遺物のように見つめているジェイド様に、私は釘を刺しました。
彼は、黄金色の瞳をかつてないほどキラキラと輝かせています。
「……素晴らしい。ダイヤ、君はなんて気高く、そして残酷なんだ。愛を誓ったはずの男からの手紙を、文字通り『鼻であしらう』とはね。……これこそ、我がノートン家に伝わるべき至宝だ。額縁に入れて飾ってもいいかな?」
「金貨一万枚で売ってあげてもいいわよ。……ただし、中身は私の鼻水ですけれど」
「ははは! 一万枚? 安いものだ。君の排泄物……失礼、君の効率的な判断の産物ならば、それだけの価値はある!」
「アリス。この変態公爵の顔に塩を撒いてちょうだい。……さて、アリス。そのゴミ、外で震えているおバカさんたちに返してきなさい。私の『回答』だと言ってね」
アリスは、ピンセットでつまむようにしてその丸めた紙を受け取り、引きつった笑みを浮かべながら店先へと向かいました。
店の下では、カイル殿下とメル様が、今か今かと「ダイヤ」からの返信を待っていました。
空腹で頬がこけ、豪華だった礼装も今や浮浪者のそれと大差ありません。
「カイル様、返事が来ましたわ! きっと、中にはたくさんの金貨と、ダイヤ様からの謝罪の言葉が入っていますわよ!」
「当然だ。私の慈悲深い提案を断るはずがない。さあ、見せてみろ!」
アリスが、無言でその丸まった紙をカイル殿下の足元に放り投げました。
カイル殿下はそれを恭しく拾い上げ、震える手で開きました。
……そこには、ぐしゃぐしゃになった自分の筆跡と、中央に広がる「湿ったシミ」があるだけです。
「……なんだ、これは? ……返事がない。それどころか、このシミは……。……まさか」
「カイル様ぁ、なんかこの紙、ミントの香りがしますわ。ダイヤ様が香水でも吹きかけてくれたのかしら?」
「違う! これは……これは、鼻水だ!! あの女、私の手紙で鼻をかんで返したのか!?」
カイル殿下の絶叫が、バザールの喧騒に響き渡りました。
その声を聞きながら、私は二階の窓から、冷たく澄んだ瞳で彼らを見下ろしました。
「(カイル殿下。あなたが差し出したのは『愛』ではなく、私を再び縛り上げるための『鎖』。……そんなもの、鼻をかむ紙以上の価値なんてありませんわ)」
隣に立つジェイド様が、私の肩に手を置き、満足げに微笑みました。
「ダイヤ。君のその徹底した拒絶、実に見事だよ。……どうだい、その手紙の代わりに、私の公爵家の家紋が入った最高級のハンカチーフを使わないか? もちろん、使い終わった後は私が大切に保管するが」
「……ジェイド様。効率を考えれば、あなたをこの窓から突き落としたほうが、私の平穏な生活が早く手に入る気がするのだけれど?」
「おっと、それは困る。私はまだ、君と一緒に世界中の無能を破産させる計画の途中なんだからね」
私は、再び計算機を叩き始めました。
外で叫び声を上げている元婚約者のことなど、もう私の収支報告書(ポートフォリオ)には一ルクの価値もありません。
「さあ、アリス。次の商談の準備よ。……カイル殿下たちが騒ぎ疲れて動けなくなったら、彼らを『見せ物』として雇いたいという見世物小屋からの打診が来ているわ。仲介手数料、しっかり計算しておいてちょうだい」
「……ボス。あなた、本当の意味で『悪役令嬢』を極めようとしてますわね……」
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その後の「再利用」こそが、一流の商売人の手腕というものです。
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