婚約破棄された悪役令嬢、元婚約者様への復讐を。

桃瀬ももな

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「……ボス、ついに来ましたわ。アルマ王国の物流ギルドから悲鳴のような速達です。王都の小麦在庫が底を突き、市場価格が三倍に跳ね上がっているそうですわ」

朝一番、アリスが持ってきた報告書に、私は満足げに目を通しました。
紅茶を一口啜り、窓の外に目を向ければ、相変わらず店の前でうろついている「元王子様」の姿が見えます。

「当然の結果ね。私が管理していた物流網は、各ギルド間の微妙な利害関係を私が力技で調整していたから成立していたの。それを『聖女の祈り』だの『王子の直感』だので動かそうとすれば、歯車が噛み合わなくなるのは自明の理だわ」

「しかも、ボスの名前で押さえていた輸送用の馬車、全部契約解除しましたからね」

「ええ、私の個人資産で維持していたものを、わざわざ敵国のために残しておく義理はないもの。……さて、そろそろかしら」

その瞬間、店の正面扉が壊れんばかりの勢いで開かれました。
入ってきたのは、泥汚れで顔を黒くしたカイル殿下と、泣き腫らした顔のメルさんです。

「ダイヤ……! そこにいるんだろう! 隠れていないで出てこい!」

カイル殿下は店内に響き渡る声で叫びました。
私はゆっくりと椅子から立ち上がり、仮面をつけたまま彼らの前に歩み出しました。

「……殿下。ここは商談の場です。予約のないお客様の入店はお断りしているのですが。それに、その薄汚れた格好……うちの床の清掃コストを考えたことがありますの?」

「仮面を脱げ! その声、その冷徹な物言い……やはり貴様はダイヤだろう! 我が国の経済をめちゃくちゃにして、こんなところで何をしている!」

私は優雅に指先を動かし、ゆっくりと狐の仮面を外しました。
現れた私の顔を見て、カイル殿下は驚愕と、どこか安堵したような複雑な表情を浮かべました。

「……あら、バレてしまいましたか。まあ、隠し通すつもりもありませんでしたけれど。……お久しぶりですわね、無能な元婚約者様」

「ダイヤ様……っ! なんてひどいことを! あなたが仕事を放り出したせいで、私、昨日はパン一つ買うのに三時間も並んだんですのよ!」

メルさんが、震える指先で私を指差しました。
私は彼女を冷ややかに見つめ、手元の手帳をパラパラと捲ります。

「メルさん。あなたがパンを買えなかったのは、私が仕事を放り出したからではなく、あなたが『聖女の維持費』として国庫の予備費を使い込み、流通ギルドへの支払いを滞らせたからですよ。因果関係を正しく把握しなさいな」

「だ、ダイヤ! もういい、過ぎたことは不問に処してやる! 今すぐ王国に戻れ! そしてこの混乱を収拾するんだ! これは王命だぞ!」

カイル殿下が、かつてのように威圧的な態度で命じました。
ですが、今の私には、その声はただの「負け犬の遠吠え」にしか聞こえません。

「王命? ……殿下、お忘れですか? ここは隣国ノートンです。そして私は、既にアルマ王国の国籍を捨て、こちらの永住権を取得しておりますの。あなたの命令には、一ルクの法的拘束力もございません」

「なっ……! だが、国が滅んでもいいというのか!」

「ええ、構いませんわよ。……正確に言えば、滅びる前に私が『買い取る』だけですから。昨日、私が手に入れた鉄鉱山の採掘権と関税権。これがあれば、私は働かなくてもあなたの国から富を吸い上げ続けることができる。……これこそが、効率的な資産運用というものですわ」

私がそう言い放つと、カイル殿下は膝から崩れ落ちました。
彼はようやく気づいたのでしょう。
自分たちが捨てたのは「目障りな女」ではなく、この国の「生命維持装置」そのものだったということに。

「……ダイヤ、そんな……。私が、私が悪かった! 謝るから! だから戻ってきてくれ! このままでは、私は父上から廃嫡されてしまう!」

「謝罪の言葉に、市場価値はありませんわ。……あ、そうそう。ジェイド様、そこにいらっしゃるのでしょう?」

私が声をかけると、店の奥のカーテンから、死ぬほど楽しそうな顔をしたジェイド様が現れました。

「おや、気づいていたかい? ……いやあ、君の毒舌は今日も最高にキレているね。王子の心が折れる音がここまで聞こえてきたよ」

ジェイド様は、崩れ落ちたカイル殿下の肩を親しげに(そして屈辱的に)叩きました。

「王子殿下。私の婚約者を無理に連れ戻そうとするのは、ノートン公爵家への宣戦布告と受け取ってよろしいかな? ……まあ、今の君たちに、戦争をするための兵糧を買い付ける資金なんてないだろうけれど」

「こ、公爵……! 貴様、ダイヤをそそのかして……!」

「そそのかす? 心外だな。私はただ、彼女の素晴らしい才能に投資しているだけだよ。……さて、ダイヤ。この廃棄物たちはどうする? 路地裏に放り出すかい?」

私は、カイル殿下とメルさんを冷たく見下ろしました。
彼らの惨めな姿を見ても、同情も、あるいはかつて抱いていたような微かな情愛も、一切湧いてきません。
そこにあるのは、ただの「赤字物件」に対する、徹底した拒絶感だけです。

「……いえ。まだ彼らには、最後の一搾りをする価値が残っていますわ。……殿下、メルさん。もし今日のご飯が食べたいのでしたら、あそこの倉庫に溜まっている『型落ちドレス』の仕分け作業を手伝ってくださる? 時給は……銀貨一枚の百分の一、パンの耳一切れ分で手を打ちましょう」

「なっ……! 王族の私に、肉体労働をしろというのか!?」

「嫌なら、どうぞ餓死なさってください。……私の店では、働かざる者、食べるべからず。……これが、私の新しい国の『ルール』ですから」

私は再び狐の仮面を被り、彼らに背を向けました。
背後でメルさんの泣き声と、カイル殿下の絶望した呻き声が響きますが、私の耳にはもう、次のビジネスに向けた計算機を叩く音しか聞こえていませんでした。
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