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「……ちょっと、カイル様! これ、重くて持ち上がりませんわ! 聖女の私の柔らかいお肌が、箱の角で傷ついてしまったらどうするんですの!?」
「私に言うな、メル! この私が、なぜ埃まみれの倉庫で、カビ臭いドレスの仕分けなどを……。おい、この箱! 王太子の私に配慮して、自ら動いたらどうだ!」
倉庫の奥から聞こえてくるのは、労働の音ではなく、絶望的なまでに生産性のない泣き言でした。
私は入り口で腕を組み、懐中時計を眺めながら、深いため息をつきました。
「……アリス。彼らが作業を開始してから三十分が経過したけれど、進捗はどうかしら?」
「えーと、ボス。カイル殿下は箱を睨みつけることに全力を注いでおり、メル様は自分の爪の汚れを数える作業に没頭しています。完了した箱は……ゼロですわね」
「……想定内とはいえ、ここまで歩留まりが悪いとは。彼らの労働力は、もはやマイナス資産ね」
私はコツコツと靴音を響かせ、作業が一切進んでいない二人の前に歩み寄りました。
床には、仕分けられるはずのドレスが無残に散らばり、カイル殿下は高級だったはずのジャケットを脱ぎ捨てて、地面に座り込んでいます。
「殿下。三十分で箱一つ動かせないとは、重力との交渉に失敗したのかしら? それとも、箱の中に国家機密でも隠されていると妄想して、慎重に鑑定中なのですか?」
「だ、ダイヤ……! 貴様、見ていたのか! この箱は異常に重いのだ! それに、このドレスの山……どれが『売れ筋』でどれが『ゴミ』かなんて、私にわかるはずがないだろう!」
「それを判断するのが『仕事』というものですわ。……メルさん。あなたはそこのボタンを色別に分けるだけの単純作業を任せたはずですが、なぜボタンを床にぶちまけて、お祈りを捧げているのかしら?」
メルさんは、涙目で私を見上げました。
その表情は、かつて王宮で私を陥れた時の「悲劇のヒロイン」そのものですが、今の私には「効率を阻害するノイズ」にしか見えません。
「だってぇ、ダイヤ様ぁ……。このボタンたち、みんな悲鳴を上げているんですもの。私が『浄化の光』を当ててあげないと、可哀想で触れませんわ……っ!」
「ボタンのメンタルケアをしている暇があるなら、自分の指先を動かしなさいな。……いい? あなたたちの現在の時給は、パンの耳一切れ分。ですが、この三十分の損失を計算すると、あなたたちは私に金貨一枚分の損害を与えている計算になりますわ」
「なっ……! 働いているのに、借金が増えるというのか!?」
「当然ですわ。私の倉庫の維持費、照明代、そして私の貴重な指導時間。これらを合わせれば、あなたたちの労働価値は完全に赤字。……ジェイド様、この場合、法的にお仕置きしてもよろしいかしら?」
影からふらりと現れたジェイド様が、楽しげに肩を揺らしました。
彼はカイル殿下の情けない姿を、まるで珍しい害虫でも眺めるような目で凝視しています。
「ふふ、ダイヤ。労働基準法……はまだこの国にはないけれど、『無能による損失補填』という名目なら、彼らをさらに一ヶ月ほどタダ働きさせる権利は君にあるよ。……どうだい王子、君のプライドは、パンの耳以下の価値しかないようだが?」
「公爵……! 貴様、どこまで私を愚弄すれば気が済むんだ!」
「愚弄? とんでもない。私はただ、君たちの『真の市場価値』を可視化してあげているだけだよ。……ダイヤ、見てごらん。王子の震える手。……ああ、最高に効率的な絶望だ」
ジェイド様の変態的な称賛を無視し、私はカイル殿下の前に一枚の請求書を突きつけました。
「殿下。もう結構ですわ。あなたたちに肉体労働は無理だと判断しました。……代わりに、別の仕事を提案してあげます」
「べ、別の仕事……? なんだ、また事務作業か? それなら私の得意分野だぞ!」
「いいえ。……店の前に立って、呼び込みの看板を持っていただく『生きた広告塔』のお仕事です。タイトルは――『婚約破棄して国を滅ぼしかけた王子の、ざんげ日記・生放送』。これなら、好奇心旺盛な市民たちが、金貨を投げ入れてくれるはずよ」
「なっ……! 見世物にしろと言うのか! この、悪魔め!」
「あら、最大の利益を得るための適材適所ですわ。……さあ、アリス。彼らに『恥辱に満ちた衣装』を着せて、表に立たせてちょうだい。……今日の夕食にスープがつくかどうかは、彼らがどれだけ通行人の失笑を買えるかにかかっていますわよ」
「了解しました、ボス! 特製の『おバカ看板』、既に用意してありますわ!」
アリスが持ってきた看板には、大きく『私は無能です』という文字が踊っていました。
カイル殿下とメルさんの絶叫が倉庫に響き渡りましたが、私の計算機が弾き出した「広告効果」の数字は、かつてないほどの右肩上がりを示していました。
「(愛などという不確かなものではなく、恥辱と笑いという確実な娯楽で稼ぐ。……これこそが、新しい時代のビジネスモデルですわね)」
私は満足げに微笑み、ジェイド様にエスコートされながら、賑やかになり始めた店先へと向かいました。
「私に言うな、メル! この私が、なぜ埃まみれの倉庫で、カビ臭いドレスの仕分けなどを……。おい、この箱! 王太子の私に配慮して、自ら動いたらどうだ!」
倉庫の奥から聞こえてくるのは、労働の音ではなく、絶望的なまでに生産性のない泣き言でした。
私は入り口で腕を組み、懐中時計を眺めながら、深いため息をつきました。
「……アリス。彼らが作業を開始してから三十分が経過したけれど、進捗はどうかしら?」
「えーと、ボス。カイル殿下は箱を睨みつけることに全力を注いでおり、メル様は自分の爪の汚れを数える作業に没頭しています。完了した箱は……ゼロですわね」
「……想定内とはいえ、ここまで歩留まりが悪いとは。彼らの労働力は、もはやマイナス資産ね」
私はコツコツと靴音を響かせ、作業が一切進んでいない二人の前に歩み寄りました。
床には、仕分けられるはずのドレスが無残に散らばり、カイル殿下は高級だったはずのジャケットを脱ぎ捨てて、地面に座り込んでいます。
「殿下。三十分で箱一つ動かせないとは、重力との交渉に失敗したのかしら? それとも、箱の中に国家機密でも隠されていると妄想して、慎重に鑑定中なのですか?」
「だ、ダイヤ……! 貴様、見ていたのか! この箱は異常に重いのだ! それに、このドレスの山……どれが『売れ筋』でどれが『ゴミ』かなんて、私にわかるはずがないだろう!」
「それを判断するのが『仕事』というものですわ。……メルさん。あなたはそこのボタンを色別に分けるだけの単純作業を任せたはずですが、なぜボタンを床にぶちまけて、お祈りを捧げているのかしら?」
メルさんは、涙目で私を見上げました。
その表情は、かつて王宮で私を陥れた時の「悲劇のヒロイン」そのものですが、今の私には「効率を阻害するノイズ」にしか見えません。
「だってぇ、ダイヤ様ぁ……。このボタンたち、みんな悲鳴を上げているんですもの。私が『浄化の光』を当ててあげないと、可哀想で触れませんわ……っ!」
「ボタンのメンタルケアをしている暇があるなら、自分の指先を動かしなさいな。……いい? あなたたちの現在の時給は、パンの耳一切れ分。ですが、この三十分の損失を計算すると、あなたたちは私に金貨一枚分の損害を与えている計算になりますわ」
「なっ……! 働いているのに、借金が増えるというのか!?」
「当然ですわ。私の倉庫の維持費、照明代、そして私の貴重な指導時間。これらを合わせれば、あなたたちの労働価値は完全に赤字。……ジェイド様、この場合、法的にお仕置きしてもよろしいかしら?」
影からふらりと現れたジェイド様が、楽しげに肩を揺らしました。
彼はカイル殿下の情けない姿を、まるで珍しい害虫でも眺めるような目で凝視しています。
「ふふ、ダイヤ。労働基準法……はまだこの国にはないけれど、『無能による損失補填』という名目なら、彼らをさらに一ヶ月ほどタダ働きさせる権利は君にあるよ。……どうだい王子、君のプライドは、パンの耳以下の価値しかないようだが?」
「公爵……! 貴様、どこまで私を愚弄すれば気が済むんだ!」
「愚弄? とんでもない。私はただ、君たちの『真の市場価値』を可視化してあげているだけだよ。……ダイヤ、見てごらん。王子の震える手。……ああ、最高に効率的な絶望だ」
ジェイド様の変態的な称賛を無視し、私はカイル殿下の前に一枚の請求書を突きつけました。
「殿下。もう結構ですわ。あなたたちに肉体労働は無理だと判断しました。……代わりに、別の仕事を提案してあげます」
「べ、別の仕事……? なんだ、また事務作業か? それなら私の得意分野だぞ!」
「いいえ。……店の前に立って、呼び込みの看板を持っていただく『生きた広告塔』のお仕事です。タイトルは――『婚約破棄して国を滅ぼしかけた王子の、ざんげ日記・生放送』。これなら、好奇心旺盛な市民たちが、金貨を投げ入れてくれるはずよ」
「なっ……! 見世物にしろと言うのか! この、悪魔め!」
「あら、最大の利益を得るための適材適所ですわ。……さあ、アリス。彼らに『恥辱に満ちた衣装』を着せて、表に立たせてちょうだい。……今日の夕食にスープがつくかどうかは、彼らがどれだけ通行人の失笑を買えるかにかかっていますわよ」
「了解しました、ボス! 特製の『おバカ看板』、既に用意してありますわ!」
アリスが持ってきた看板には、大きく『私は無能です』という文字が踊っていました。
カイル殿下とメルさんの絶叫が倉庫に響き渡りましたが、私の計算機が弾き出した「広告効果」の数字は、かつてないほどの右肩上がりを示していました。
「(愛などという不確かなものではなく、恥辱と笑いという確実な娯楽で稼ぐ。……これこそが、新しい時代のビジネスモデルですわね)」
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