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「……ちょっと、アリス。あのおバカさんたちの馬車、まだ国境の手前で止まっているわよ。何をしているのかしら? まさか、燃料代すら尽きたの?」
私は、ジェイド様の私有地にある監視塔から、望遠鏡(魔石倍率強化済み)でアルマ王国のボロ馬車を眺めていました。
昨日、国王陛下に引きずられて帰ったはずなのに、どうやらトラブルが発生しているようです。
「ボス、報告によりますと、メル様が『聖女の衣装がボロボロで、このままじゃ民衆の前に出られない!』と泣き叫んで、座り込みストライキを始めたそうですわ。王子も国王様も、ほとほと困り果てているとか」
「……ふふ、あはは! 素晴らしいわ! この土壇場でまだ虚栄心を優先するなんて、彼女は商売の神様に愛されているわね。……アリス、例の『倉庫の肥やし』を持っていくわよ」
「えっ、あのネズミも食わなかった、十年前の湿気った布きれの山ですか? あれをどうするんですの?」
私は不敵に微笑み、再び狐の仮面を装着しました。
今度は「ミス・クリスタル」としてではなく、身分を隠した「通りすがりの闇商人」という設定で行くことにしましょう。
「在庫処分よ。……それも、最高に高い付加価値をつけてね」
私はジェイド様の用意してくれた隠密用の馬車に乗り込み、国境付近の野営地へと向かいました。
そこには、疲れ切った騎士たちと、ヒステリーを起こしているメルさんの姿がありました。
「嫌ですわ! こんな泥のついたドレスで王都に入るなんて! 聖女の威厳が台無しですわ!」
「メル、わがままを言うな! もう金も予備の衣装もないんだ!」
カイル王子の怒鳴り声が響く中、私は黒いマントを羽織り、彼らの前に姿を現しました。
「……お困りのようですね、旅のお方。……私は、各地の聖遺物を集めて回る旅の商人ですわ」
「な、なんだ貴様は! 怪しい奴め、下がれ!」
カイル王子が剣を抜こうとしましたが、私は落ち着いて、古びた、けれど仰々しく刺繍された布を取り出しました。
それは、昨日倉庫の隅で見つけた「カビ臭いカーテンの端切れ」です。
「……これは、かつて伝説の聖女が愛用していたとされる『浄化のベール』。……これさえ纏えば、どんな汚れた服も、瞬時に天界の輝きを放つと言い伝えられておりますが……」
「な、なんですって!? 『浄化のベール』!? ちょっと、見せてちょうだい!」
メルさんが獲物を見つけたハイエナのように飛びついてきました。
彼女は布を受け取ると、鼻をクンクンと鳴らしました。
「……なんだか、少しカビ臭いですわね?」
「あら、それは『歴史の香り』ですわ。数千年の時を経て、魔力が凝縮されている証拠。……これを今、全在庫まとめて金貨五十枚でお譲りしてもよろしいですが……。……まあ、今のあなた方には、そんな大金はないかしらね?」
「金貨五十枚……! カイル様! これがあれば、私、一瞬で聖女として復活できますわ! お願い、買って!」
「メル、バカなことを言うな! さっき父上から『一ルクも使うな』と言われたばかり……」
「……残念ですわね。では、この『伝説の在庫』は、別の国の聖女様に持っていくことにしましょう。……さようなら」
私が立ち去る振りをすると、メルさんが叫び声を上げました。
「待って! ……カイル様、私の指輪を売ればいいじゃない! ほら、このダイヤの指輪、金貨六十枚くらいの価値はあるはずよ!」
「メル! それは……っ。……ぐっ、ええい、わかった! 商人、その布をすべて寄越せ!」
カイル王子は、苦渋の表情でメルさんの指輪を私に差し出しました。
私はそれを鑑定するふりをして、内心で喝采を上げました。
この指輪、私が昔カイル殿下にプレゼントした、私の私物(の一部)じゃない。
自分の金で買ったものを、ゴミと引き換えに回収する……。
これほど効率的な「資産回収」があるでしょうか。
「……はい、毎度あり。……あ、その布、水に濡らすと色が落ちてただのボロ布に戻るという『繊細な呪い』……いえ、『祝福』がかかっていますので、雨の日にはご注意くださいね」
私はカビ臭い布の山を押し付け、指輪を懐に仕舞うと、闇に紛れてその場を去りました。
数分後、監視塔に戻った私は、ジェイド様の隣で仮面を外しました。
「……ダイヤ、君は本当に、人の心の隙間を突くのが天才的だね。あのゴミを指輪に変えてくるとは。……ああ、その意地汚い……失礼、合理的な手腕に、また惚れ直したよ」
「ジェイド様。私はただ、彼らが捨てたがっていた『虚栄心』を、適切な対価で引き取ってあげただけですわ。……見て、この指輪。元はと言えば私のもの。……これで、私の持ち出した資産がまた一つ、元に戻ったわ」
私は、取り返した指輪を月光にかざしました。
一方、国境の向こう側では、メルさんがカビ臭い布を身体に巻き付け、「私、輝いていますわ!」と虚空に向かって叫んでいることでしょう。
「……さて、アリス。次の計画よ。……次は、一文無しで王都に帰った彼らが、今度は『誰のせいでこうなったか』をなすりつけ合うのを、高みの見物といきましょうか」
「ボス、もう彼ら、自爆待ったなしですわね……」
私は、静かに微笑みました。
復讐という名のビジネスは、いよいよ終盤戦。
彼らが失ったのは、金や物だけではありません。
「正気」という名の、最も価値ある資産を失いつつあるのですから。
私は、ジェイド様の私有地にある監視塔から、望遠鏡(魔石倍率強化済み)でアルマ王国のボロ馬車を眺めていました。
昨日、国王陛下に引きずられて帰ったはずなのに、どうやらトラブルが発生しているようです。
「ボス、報告によりますと、メル様が『聖女の衣装がボロボロで、このままじゃ民衆の前に出られない!』と泣き叫んで、座り込みストライキを始めたそうですわ。王子も国王様も、ほとほと困り果てているとか」
「……ふふ、あはは! 素晴らしいわ! この土壇場でまだ虚栄心を優先するなんて、彼女は商売の神様に愛されているわね。……アリス、例の『倉庫の肥やし』を持っていくわよ」
「えっ、あのネズミも食わなかった、十年前の湿気った布きれの山ですか? あれをどうするんですの?」
私は不敵に微笑み、再び狐の仮面を装着しました。
今度は「ミス・クリスタル」としてではなく、身分を隠した「通りすがりの闇商人」という設定で行くことにしましょう。
「在庫処分よ。……それも、最高に高い付加価値をつけてね」
私はジェイド様の用意してくれた隠密用の馬車に乗り込み、国境付近の野営地へと向かいました。
そこには、疲れ切った騎士たちと、ヒステリーを起こしているメルさんの姿がありました。
「嫌ですわ! こんな泥のついたドレスで王都に入るなんて! 聖女の威厳が台無しですわ!」
「メル、わがままを言うな! もう金も予備の衣装もないんだ!」
カイル王子の怒鳴り声が響く中、私は黒いマントを羽織り、彼らの前に姿を現しました。
「……お困りのようですね、旅のお方。……私は、各地の聖遺物を集めて回る旅の商人ですわ」
「な、なんだ貴様は! 怪しい奴め、下がれ!」
カイル王子が剣を抜こうとしましたが、私は落ち着いて、古びた、けれど仰々しく刺繍された布を取り出しました。
それは、昨日倉庫の隅で見つけた「カビ臭いカーテンの端切れ」です。
「……これは、かつて伝説の聖女が愛用していたとされる『浄化のベール』。……これさえ纏えば、どんな汚れた服も、瞬時に天界の輝きを放つと言い伝えられておりますが……」
「な、なんですって!? 『浄化のベール』!? ちょっと、見せてちょうだい!」
メルさんが獲物を見つけたハイエナのように飛びついてきました。
彼女は布を受け取ると、鼻をクンクンと鳴らしました。
「……なんだか、少しカビ臭いですわね?」
「あら、それは『歴史の香り』ですわ。数千年の時を経て、魔力が凝縮されている証拠。……これを今、全在庫まとめて金貨五十枚でお譲りしてもよろしいですが……。……まあ、今のあなた方には、そんな大金はないかしらね?」
「金貨五十枚……! カイル様! これがあれば、私、一瞬で聖女として復活できますわ! お願い、買って!」
「メル、バカなことを言うな! さっき父上から『一ルクも使うな』と言われたばかり……」
「……残念ですわね。では、この『伝説の在庫』は、別の国の聖女様に持っていくことにしましょう。……さようなら」
私が立ち去る振りをすると、メルさんが叫び声を上げました。
「待って! ……カイル様、私の指輪を売ればいいじゃない! ほら、このダイヤの指輪、金貨六十枚くらいの価値はあるはずよ!」
「メル! それは……っ。……ぐっ、ええい、わかった! 商人、その布をすべて寄越せ!」
カイル王子は、苦渋の表情でメルさんの指輪を私に差し出しました。
私はそれを鑑定するふりをして、内心で喝采を上げました。
この指輪、私が昔カイル殿下にプレゼントした、私の私物(の一部)じゃない。
自分の金で買ったものを、ゴミと引き換えに回収する……。
これほど効率的な「資産回収」があるでしょうか。
「……はい、毎度あり。……あ、その布、水に濡らすと色が落ちてただのボロ布に戻るという『繊細な呪い』……いえ、『祝福』がかかっていますので、雨の日にはご注意くださいね」
私はカビ臭い布の山を押し付け、指輪を懐に仕舞うと、闇に紛れてその場を去りました。
数分後、監視塔に戻った私は、ジェイド様の隣で仮面を外しました。
「……ダイヤ、君は本当に、人の心の隙間を突くのが天才的だね。あのゴミを指輪に変えてくるとは。……ああ、その意地汚い……失礼、合理的な手腕に、また惚れ直したよ」
「ジェイド様。私はただ、彼らが捨てたがっていた『虚栄心』を、適切な対価で引き取ってあげただけですわ。……見て、この指輪。元はと言えば私のもの。……これで、私の持ち出した資産がまた一つ、元に戻ったわ」
私は、取り返した指輪を月光にかざしました。
一方、国境の向こう側では、メルさんがカビ臭い布を身体に巻き付け、「私、輝いていますわ!」と虚空に向かって叫んでいることでしょう。
「……さて、アリス。次の計画よ。……次は、一文無しで王都に帰った彼らが、今度は『誰のせいでこうなったか』をなすりつけ合うのを、高みの見物といきましょうか」
「ボス、もう彼ら、自爆待ったなしですわね……」
私は、静かに微笑みました。
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