婚約破棄された悪役令嬢、元婚約者様への復讐を。

桃瀬ももな

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「……はぁ。あの凛とした声、あの冷徹なまでの眼差し。あの方こそ、真に王者の隣に立つにふさわしい至高の女性ではないだろうか……」

アルマ王国の、今や暖房費すら節約されて冷え切った王宮の自室。
カイル殿下は、手元にある「折れた鉄屑(自称・聖剣)」を愛おしそうに撫でながら、虚空を見つめて溜息をついていました。

その脳裏に焼き付いて離れないのは、自分を徹底的に打ち負かした仮面の美女――ミス・クリスタルの姿です。
彼は今、あろうことか、自分を破産させた張本人に、どうしようもないほどの恋心を抱いていました。

「殿下。……あの、さっきから独り言が漏れていますけれど、大丈夫ですか? 脳の精密検査、予約しましょうか?」

アリスの代わりに新しく配属された、やる気のない侍女が、冷めた紅茶を置きながら尋ねました。
カイル殿下は、ガタッと椅子を鳴らして立ち上がりました。

「失礼な! 私は今、真実の愛について考えているのだ! ……あの方、ミス・クリスタル。彼女はダイヤとは正反対だ。ダイヤは無機質で、事務的で、可愛げのない女だったが、彼女は違う! 強引で、傲慢で、それでいて溢れんばかりの資産と知略を持っている……!」

「……それ、客観的に見れば『自分を騙した詐欺師』に惚れているだけですよね?」

「黙れ! あれは商売の駆け引きだ! 彼女は私という『強者』を試していたのだ。ああ、今ならわかる。彼女は私に、対等なパートナーとしての資質を求めていたのだな!」

カイル殿下がうっとりと陶酔していると、部屋の扉がバタンと乱暴に開きました。
現れたのは、あの「伝説の在庫(カビ臭い布)」をドレスのように身体に巻き付けた、メル様です。

「カイル様ぁ! 聞いてください! お庭のバラが、私の聖女の力に嫉妬して、全部枯れてしまったんですの! これ、絶対にお手入れ不足じゃなくて、私の輝きが強すぎるせいだわぁ!」

メル様が近づくにつれ、部屋中に「古い地下室」のような、ツンとしたカビの匂いが充満しました。
カイル殿下は、思わず鼻を押さえて後ずさりしました。

「……メル。その、布……。洗った方がいいのではないか? なんだか、その、非常に……不衛生な香りがするのだが」

「失礼ですわ、カイル様! これは『歴史の香り』だって、あの商人の女性も言っていたじゃありませんか! それに比べて、あの仮面の女……ミス・クリスタルなんて、ただの成金ですわ! あんな女のどこがいいんですの!」

メル様が喚き散らす姿を見て、カイル殿下の心の中に、ある「計算」が浮かびました。
彼にとって、メル様は「守ってあげたい儚い少女」でしたが、今や「金を食い潰し、カビ臭い匂いを撒き散らすノイズ」でしかありません。

「(……それに比べて、ミス・クリスタルはどうだ。彼女は一言喋るだけで金貨を生み出し、一歩歩くだけで国を動かす。……そうだ。もし彼女を妃に迎えれば、この国の借金など一瞬で完済できるのではないか?)」

おバカなカイル殿下の思考回路は、ここで最悪の「ショート」を起こしました。
彼は、自分が捨てたダイヤが、そのミス・クリスタル本人であるとは露ほども思わず、「新しい金蔓」として彼女を熱烈に口説き落とす決意を固めたのです。

「メル。すまないが、少し一人にしてくれ。……私は今、我が国の未来を救うための『外交戦略』を練らなければならないのだ」

「ええっ、外交!? 私を置いて、どこの誰と会うつもりですの!?」

「……フフ。世界で最も美しい、『クリスタル』という名の女神だよ」

カイル殿下が鏡の前で髪を整え、決め顔を作っている頃。
隣国の私の店では、ジェイド様が私の膝の上に頭を乗せて、クスクスと笑い声を上げていました。

「……ねえ、ダイヤ。今、隣の国から、信じられないほど『低知能な情熱』が飛んできている気がするよ。……どうやら、あの王子、君に恋をしたみたいだね」

「ジェイド様、膝から降りてちょうだい。暑苦しいわ。……それより、恋? 誰が、誰に?」

「カイル王子が、正体不明の『ミス・クリスタル』にだよ。君がかつて彼の婚約者だったことも知らずに、君の資産と外見に目を眩ませて、君を略奪しようと計画している。……くく、傑作だね!」

私は、飲んでいた紅茶を噴き出しそうになりました。
仮面の奥で、私の眉間には深い皺が刻まれます。

「……はぁ? 私を破産させた張本人に、今度は『金目的』で求婚しようっていうの? ……あのおバカさん、本当に救いようのない赤字物件ね。……ジェイド様、これはもう、再起不能なレベルまで『清算』してあげるべきかしら?」

「もちろん。……君が望むなら、今度は彼の『心』も、徹底的にオークションにかけて売り飛ばしてあげよう。……ああ、想像するだけでゾクゾクするね」

ジェイド様は、私の手を引き寄せ、熱っぽい視線を送ってきました。
私は、カイル殿下の身勝手な妄想に吐き気を覚えつつ、新しい「集金計画」を練り始めました。

「(カイル殿下。あなたが求めているのは『私』ではなく、私の『金』。……いいでしょう。その身勝手な恋心、最高に高い代償を支払わせて差し上げますわ)」

私は、机の上の計算機を激しく叩きました。
恋心などという不確かなリソースすら、私にとっては「売掛金」の一部に過ぎないのですから。
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