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「おお、麗しきミス・クリスタル! また会えたことに、運命という名の神に感謝を捧げたい!」
営業開始直後の私の店に、聞き覚えのある暑苦しい声が響き渡りました。
そこには、アルマ王国の騎士に無理やり工面させたのであろう、少々サイズの合わない礼装を着たカイル殿下が立っていました。
私は狐の仮面の奥で、盛大な溜息をつきました。
隣のソファでは、ジェイド様が優雅に足を組み、手にしたワイングラスをピキリと鳴らしています。
「……カイル殿下。アポなしの訪問は、一分につき金貨五枚の割増料金を頂戴すると、前回申し上げたはずですが。……それで、今日はどのようなご用件かしら? また『ゴミ』を買い取りたいという奇特なご相談?」
「ふっ、手厳しいな。だが、今の私にはわかる。その冷たさこそが、君という高貴な女性の照れ隠しなのだということが!」
カイル殿下は、どこで覚えたのか、芝居がかった動作で私の前に膝をつきました。
そして、懐からしおれたバラの花を一輪取り出しました。
「受け取ってほしい。……そして、聞いてくれ。私は決意したのだ。あの可愛げのない、地味で、事務作業しか能がなかった元婚約者……ダイヤなどという女は、今すぐ記憶から消し去ると!」
「…………はぁ?」
私は思わず、素の声が出てしまいました。
目の前の男は、自分が侮辱している相手が、今まさに目の前にいることに気づいていないのです。
「あのダイヤという女は、実につまらない女だった。私がどれほど愛を囁こうとしても、返ってくるのは予算の話ばかり。挙げ句の果てには、私を捨ててどこかへ逃げ出す始末だ。……だが、君は違う! 君のような情熱的で、知略に富んだ女性こそ、真に私の隣に立つにふさわしい!」
「……へぇ。ダイヤ様は、つまらない女、でしたの?」
「ああ! 君に比べれば、石ころのようなものだ。ミス・クリスタル、君が望むなら、私は今すぐメルとの関係も清算しよう。……だから、君のその莫大な資産と、私の王位を交換しないか? これこそ最高の『商談』だろう?」
カイル殿下が私の手を取ろうとした瞬間、室内の温度が急激に下がりました。
ジェイド様が、笑顔のまま立ち上がったからです。
その黄金色の瞳には、もはや隠しきれないほどの「殺意」が満ち溢れていました。
「……おやおや、王子殿下。私の目の前で、私の婚約者を口説くとは、なかなか度胸があるね。……それとも、死に場所を自分で選びに来たのかな?」
「じ、ジェイド公爵! 貴様、まだこの店にいたのか! ……いいか、これは私と彼女の愛の語らいだ。他国者は引っ込んでいろ!」
「愛、だって? ……あはは! 君が吐くその不潔な言葉で、彼女の耳が汚れていくのが耐えられないよ。……ダイヤ、いいかな? こいつの舌を今すぐ引っこ抜いて、売れ残った『呪いの壺』の中にでも漬け込んでしまっても」
ジェイド様が、スッと腰の細剣に手をかけました。
私は慌てて、ジェイド様の腕を掴んで制止しました。
ここで王子を殺されては、今後の「回収計画」に支障が出ます。
「ジェイド様、落ち着いて。……死体からは一ルクも回収できませんわ。……カイル殿下。あなたの仰ることは、よくわかりましたわ」
私は冷徹な微笑みを仮面の奥に隠し、カイル殿下を見据えました。
「要するに、あなたは『ダイヤ』という女性の有能さを認められず、今度は私の『資産』に目が眩んで、私を口説きに来た……ということでよろしいかしら?」
「言い方は悪いが、そういうことだ! 君なら私の価値を正しく評価してくれるはずだ!」
「ええ、正しく評価していますわ。……あなたの価値は、現在、マイナス金貨五千万枚。……即ち、この世に存在しているだけで損失を生み出す『究極の不良債権』ですわね」
「……なっ、なんだと!?」
「アリス、塩を。……いえ、この方を今すぐ表に放り出して。……あ、カイル殿下。あなたが侮辱したその『ダイヤ』という女性……。……彼女が、どれほどあなたのことを『無価値』だと思っていたか、近いうちにお知らせしてあげますわ」
私は、アリスに目配せをして、警備の屈強な男たちを呼びました。
「ちょっと! 離せ! 私は王子だぞ! ミス・クリスタル、待ってくれ! 私の愛は本物だ……!」
カイル殿下が引きずられていく声が遠ざかると、ジェイド様はソファに深く沈み込み、不機嫌そうにワインを煽りました。
「……ダイヤ。あんなゴミに手を取らせるなんて、君は優しすぎるよ。……私の怒りを鎮めるには、金貨一万枚分くらいの『甘いお菓子』が必要だね」
「ジェイド様、あなたが嫉妬するコストも計算に入れておきますわ。……さて、アリス。次の準備よ。……あのおバカさんが『ダイヤより君が好きだ』なんて本人の前でほざいたこと、しっかりと『録音(魔石記録)』しておいたわね?」
「バッチリですわ、ボス! これ、王都の広場で流したら、王子様の支持率がマイナス一万パーセントになりますわね!」
私は、計算機を弾きました。
自分の価値を棚に上げ、過去の功労者を貶めてまで新しい金蔓を探そうとする無能。
その傲慢さこそが、次に売り飛ばすべき「最高の商品」になるのです。
営業開始直後の私の店に、聞き覚えのある暑苦しい声が響き渡りました。
そこには、アルマ王国の騎士に無理やり工面させたのであろう、少々サイズの合わない礼装を着たカイル殿下が立っていました。
私は狐の仮面の奥で、盛大な溜息をつきました。
隣のソファでは、ジェイド様が優雅に足を組み、手にしたワイングラスをピキリと鳴らしています。
「……カイル殿下。アポなしの訪問は、一分につき金貨五枚の割増料金を頂戴すると、前回申し上げたはずですが。……それで、今日はどのようなご用件かしら? また『ゴミ』を買い取りたいという奇特なご相談?」
「ふっ、手厳しいな。だが、今の私にはわかる。その冷たさこそが、君という高貴な女性の照れ隠しなのだということが!」
カイル殿下は、どこで覚えたのか、芝居がかった動作で私の前に膝をつきました。
そして、懐からしおれたバラの花を一輪取り出しました。
「受け取ってほしい。……そして、聞いてくれ。私は決意したのだ。あの可愛げのない、地味で、事務作業しか能がなかった元婚約者……ダイヤなどという女は、今すぐ記憶から消し去ると!」
「…………はぁ?」
私は思わず、素の声が出てしまいました。
目の前の男は、自分が侮辱している相手が、今まさに目の前にいることに気づいていないのです。
「あのダイヤという女は、実につまらない女だった。私がどれほど愛を囁こうとしても、返ってくるのは予算の話ばかり。挙げ句の果てには、私を捨ててどこかへ逃げ出す始末だ。……だが、君は違う! 君のような情熱的で、知略に富んだ女性こそ、真に私の隣に立つにふさわしい!」
「……へぇ。ダイヤ様は、つまらない女、でしたの?」
「ああ! 君に比べれば、石ころのようなものだ。ミス・クリスタル、君が望むなら、私は今すぐメルとの関係も清算しよう。……だから、君のその莫大な資産と、私の王位を交換しないか? これこそ最高の『商談』だろう?」
カイル殿下が私の手を取ろうとした瞬間、室内の温度が急激に下がりました。
ジェイド様が、笑顔のまま立ち上がったからです。
その黄金色の瞳には、もはや隠しきれないほどの「殺意」が満ち溢れていました。
「……おやおや、王子殿下。私の目の前で、私の婚約者を口説くとは、なかなか度胸があるね。……それとも、死に場所を自分で選びに来たのかな?」
「じ、ジェイド公爵! 貴様、まだこの店にいたのか! ……いいか、これは私と彼女の愛の語らいだ。他国者は引っ込んでいろ!」
「愛、だって? ……あはは! 君が吐くその不潔な言葉で、彼女の耳が汚れていくのが耐えられないよ。……ダイヤ、いいかな? こいつの舌を今すぐ引っこ抜いて、売れ残った『呪いの壺』の中にでも漬け込んでしまっても」
ジェイド様が、スッと腰の細剣に手をかけました。
私は慌てて、ジェイド様の腕を掴んで制止しました。
ここで王子を殺されては、今後の「回収計画」に支障が出ます。
「ジェイド様、落ち着いて。……死体からは一ルクも回収できませんわ。……カイル殿下。あなたの仰ることは、よくわかりましたわ」
私は冷徹な微笑みを仮面の奥に隠し、カイル殿下を見据えました。
「要するに、あなたは『ダイヤ』という女性の有能さを認められず、今度は私の『資産』に目が眩んで、私を口説きに来た……ということでよろしいかしら?」
「言い方は悪いが、そういうことだ! 君なら私の価値を正しく評価してくれるはずだ!」
「ええ、正しく評価していますわ。……あなたの価値は、現在、マイナス金貨五千万枚。……即ち、この世に存在しているだけで損失を生み出す『究極の不良債権』ですわね」
「……なっ、なんだと!?」
「アリス、塩を。……いえ、この方を今すぐ表に放り出して。……あ、カイル殿下。あなたが侮辱したその『ダイヤ』という女性……。……彼女が、どれほどあなたのことを『無価値』だと思っていたか、近いうちにお知らせしてあげますわ」
私は、アリスに目配せをして、警備の屈強な男たちを呼びました。
「ちょっと! 離せ! 私は王子だぞ! ミス・クリスタル、待ってくれ! 私の愛は本物だ……!」
カイル殿下が引きずられていく声が遠ざかると、ジェイド様はソファに深く沈み込み、不機嫌そうにワインを煽りました。
「……ダイヤ。あんなゴミに手を取らせるなんて、君は優しすぎるよ。……私の怒りを鎮めるには、金貨一万枚分くらいの『甘いお菓子』が必要だね」
「ジェイド様、あなたが嫉妬するコストも計算に入れておきますわ。……さて、アリス。次の準備よ。……あのおバカさんが『ダイヤより君が好きだ』なんて本人の前でほざいたこと、しっかりと『録音(魔石記録)』しておいたわね?」
「バッチリですわ、ボス! これ、王都の広場で流したら、王子様の支持率がマイナス一万パーセントになりますわね!」
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