婚約破棄された悪役令嬢、元婚約者様への復讐を。

桃瀬ももな

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「……ああ、ミス・クリスタル。君の沈黙すらも、私への愛の予感に震えているように見える! さあ、その仮面を脱ぎ、私への愛を誓ってくれ!」

カイル殿下は、私の店の中央で朗々と愛を叫び続けていました。
警備員に外へ引きずり出される直前、彼は必死の形相で柱にしがみつき、この「最後の交渉」を提案してきたのです。

隣でジェイド様が、抜いた細剣の切っ先をじっと眺めながら「ダイヤ、今すぐこいつの心臓をデリバティブ取引(金融派生商品)の担保にしていいかな?」と物騒なことを呟いています。

私はゆっくりと、椅子から立ち上がりました。
そして、デスクの上に置かれた魔石録音機を指先で叩きました。

「……カイル殿下。先ほどあなたは、元婚約者のダイヤ様のことを『つまらない、石ころのような女』と仰いましたわね?」

「ああ、そうだとも! 彼女はただの事務作業用の地味な女だ。君のような輝きは微塵もなかった!」

「……そして、彼女がいないせいで王宮の仕事が滞っているのは、彼女の『不手際』であって、あなたの無能さのせいではない、と?」

「当然だ! あいつが完璧に引き継ぎをせずに逃げたのが悪いのだ! 私は被害者なんだよ、ミス・クリスタル!」

私は、深く、深く溜息をつきました。
これほどまでに救いようのない赤字物件を、私はかつて「将来の投資先」として支えていたのかと思うと、自分の過去の審美眼を疑いたくなります。

「……わかりましたわ。そこまで仰るなら、あなたの望み通り、仮面を脱いで差し上げます」

「おおっ! ついに……ついに私の真実の愛が届いたのだな!」

私は、狐の仮面の紐をゆっくりと解きました。
ジェイド様が楽しげに口角を上げ、アリスが固唾を飲んで見守る中、私は仮面を外して、カイル殿下の正面に立ちました。

「――お望み通り、素顔をお見せしますわ。……『事務作業しか能がなかった石ころ』の、私の顔をね」

仮面の下から現れたのは、かつて王宮で彼を支え、そして彼が冷酷に切り捨てた「氷の令嬢」ダイヤ・フォス・アルマの、寸分違わぬ顔でした。
ただし、その瞳にはかつてのような献身の色はなく、ただ冷徹な商売人の光が宿っています。

「…………え? ……だ、ダイ……ヤ……?」

カイル殿下は、まるで幽霊でも見たかのように目を見開き、口をパクパクとさせました。
その瞳が、驚愕で白目を剥きそうになるのを、私は冷めた目で見つめます。

「……ええ、そうですわよ。あなたが『つまらない』と切り捨て、今度は『金目的』で口説こうとしたミス・クリスタル。……その正体は、あなたが捨てた婚約者、ダイヤですわ」

「そ、そんな……。嘘だ! だって、ダイヤはあんなに地味で……もっと暗い女だったはずだ! 君のような、こんなに……華やかで恐ろしい女では……!」

「あら、それはあなたが私を『便利な道具』としてしか見ていなかったからではありませんかしら? 私が全力で効率を追求すれば、この程度の変装(ブランディング)など造作もないことですわ」

私は一歩、カイル殿下へ歩み寄りました。
彼は恐怖に顔を歪ませ、情けなく後ずさりして尻餅をつきました。

「カイル殿下。……あなたが先ほど私に囁いた『愛』。……それを市場価値に換算すると、いくらになると思います? ……答えは、ゼロ。いえ、私の気分を害したことによる損害賠償を考えれば、莫大なマイナスですわ」

「だ、ダイヤ……。待ってくれ、これは誤解なんだ! 私は、君が……君がこんなに立派にやっていると知って、その……嬉しくて……!」

「……見苦しいですわね。ジェイド様、この男の脳内にある『言い訳の在庫』、全部廃棄処分にしてくださる?」

ジェイド様は、待ってましたとばかりに、冷たい笑みを浮かべてカイル殿下の喉元に剣先を突きつけました。

「……聞いたかい、王子。……私の婚約者を『石ころ』呼ばわりした罪。……そして、正体に気づかず二度までも彼女を侮辱した愚かさ。……君の人生という投資案件は、今この瞬間、完全に『強制ロスカット』だよ」

「ひっ……! あ、あわわわわ……!」

カイル殿下は、腰を抜かして震え上がり、股間にじわりと情けないシミを作りました。
王族としての尊厳も、男としてのプライドも、すべてが崩壊した瞬間でした。

「……カイル殿下。あなたが求めていたミス・クリスタルの正体を知った気分はいかがかしら? ……あ、そうそう。今日の『仮面開示ショー』の観覧料。……金貨一万枚、あなたの国の残りの採掘権で相殺しておきますわね」

「一万……っ。……ああ、あああああああ!!」

カイル殿下は、絶望の叫びを上げながら、警備員たちによってゴミ袋のように店から放り出されていきました。

「……ふう。スッキリしたわ。……アリス、今の彼のマヌケな顔、ちゃんと多角的に記録しておいたわね?」

「最高のアングルでバッチリですわ、ボス! これ、王国の広報紙に『王子の真実の愛の結末』ってタイトルで売り飛ばせば、また一儲けできますわね!」

私は仮面をデスクに置き、ジェイド様が差し出してくれた冷えたシャンパンを一口飲みました。
復讐。……それは、感情に任せるものではなく、こうして「利益」を最大化しながら行うもの。

「ダイヤ。君の正体を知った時のあの絶望の顔。……ああ、金貨百万枚を積んでも買えない素晴らしい見世物だったよ。……さて、次はあの『自称・聖女』の始末をどうしようか?」

「ええ、もちろん。……彼女には、さらに『効率的な地獄』を用意してありますわ。……ふふ、あはははは!」

私の高らかな笑い声が、豪華な店内に響き渡りました。
仮面を脱いだ私は、もう誰にも縛られない。
世界のすべてを「数字」に変える、最強の悪役令嬢――いえ、最強の商会長としての人生を、ここからさらに加速させるのです。
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