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「……よし。これでアルマ王国の全債権のうち、八十八パーセントの集約が完了したわ。あとはこの譲渡契約書に、あの往生際の悪い国王陛下がサインをするだけね」
私は執務室で、山のように積まれた公文書に最後の手続きを施しました。
一国の経済を合法的に乗っ取る。
それは、どんな宝石を磨き上げるよりも緻密で、そしてやりがいのある知的作業でした。
「お嬢様、いえボス! 大変ですわ! 隣国の財務大臣が、あまりの赤字に白目を剥いて、こちらに亡命を希望して門の前で土下座しています!」
アリスが、もはや驚きを通り越して呆れたような顔で報告に来ました。
「亡命? ……いいわよ、ただし、彼の脳内にある『王室の隠し資産リスト』を全て吐き出すことが条件ね。有能な人材は歓迎するけれど、ただ飯を食わせるほど私はお人好しではないもの」
私が計算機を叩きながら返答すると、背後のバルコニーから、夜の静寂を切り裂いてジェイド様が舞い込みました。
もはや、彼にとって私の部屋の窓は、玄関よりも使用頻度の高い入り口となっているようです。
「素晴らしいね、ダイヤ。君がペン一本で王国を解体していく姿、あまりの美しさに、私の心臓の収支が大幅なプラスを記録しているよ」
「ジェイド様。あなたの心臓の収支なんて、一ルクの価値もありませんわ。……それよりも、明日の『合併披露宴』……失礼、結婚式の段取りは済んでいるのかしら?」
私は、デスクの端にある「結婚式費用対効果予測表」を提示しました。
私にとって、結婚式とは単なる愛の誓いの場ではありません。
ノートン公爵家と、新生アルマ商会の合併を全世界に知らしめるための、大規模なマーケティングイベントなのです。
「ああ、完璧だよ。招待客は各国の有力商人と、影響力のある貴族のみ。……君の要望通り、引き出物は我が商会の新製品の試供品、そして式の進行は全て『我が商会の物流網の優秀さ』をアピールする演出で統一してある」
「……ふふ、いいわね。誓いのキスの代わりに、相互扶助契約の締結を宣言しましょうか。その方が、参列者の信頼指数も上がるはずよ」
「ははは! 誓いのキスの代わりに契約締結か! 君らしい、最高にロマンチック……いえ、合理的な提案だ。……だが、ダイヤ。一秒くらいは、私の目を見て『好きだ』と言ってくれてもいいんじゃないかな?」
ジェイド様が、私の手を取り、その指先に熱っぽい視線を注ぎました。
私は一瞬だけ、計算機を叩く手を止め、仮面のない素顔で彼を見つめ返しました。
「……ジェイド様。私があなたに抱いている感情を、既存の言語体系で定義するのは非効率だわ。……ですが、あえて言うならば。……あなたは、私の人生における『最もリターンの大きい、生涯投資先』。……これで満足かしら?」
ジェイド様は、一瞬呆けたような顔をした後、腹を抱えて笑い出しました。
その瞳には、深い、あまりにも深い悦びの色が浮かんでいます。
「……最高の告白だ。君という最強のパートナーを独占できるなら、私の全財産をドブに捨てても惜しくないよ。……まあ、君がそれを許さないだろうけれどね」
「当たり前ですわ。あなたの資産は、私の資産。一ルクの損失も許しませんから」
私たちが「経済的な愛」を語り合っていると、アリスが控えめに咳払いをしました。
「……あ、あの、お二人とも。……アルマ王国の国王様から、最後のご伝言です。……『ダイヤ、頼むから、せめて私の隠居用の年金だけは残してくれ』だそうですわ」
「却下。……陛下には、これまで私が肩代わりした事務手数料の延滞利息を請求したところ、ちょうど年金一千万年分と相殺になりましたわ。……明日からは、彼も自活の道を模索すべきね。……あ、カイル殿下とメルさんはどうなったかしら?」
「王子様は、炭鉱の入り口で『私は伝説の王だ!』と叫びながら、毎日ツルハシを磨いているそうですわ。……メル様は、石炭の汚れが落ちないと泣きながら、自分のベール(ボロ布)を洗っているとか」
私は、窓の外に広がる夜景を見つめました。
かつて私を「悪役」と呼び、不要な道具として捨てた者たち。
彼らは今、自分がどれほど無力な存在であったかを、冷徹な現実(数字)によって思い知らされている。
「……さて。明日の準備は万端ね。……アリス、ウェディングドレスの裾に、我が商会のロゴを刺繍しておくのを忘れないで。……歩く広告塔としての役割を、最後まで全うしなければならないから」
「……はい、ボス! どこまでもついていきますわ!」
私は、デスクの上の計算機をそっと閉じました。
愛も、名誉も、地位も。
全ては、有能な者が正しく管理してこそ意味を成す。
明日、私は「悪役令嬢」という名前を完全に捨て、世界を動かす「経済の女王」へと即位するのです。
「(さあ、新しい時代の幕開けよ。……無能に支配される世界は、今夜で終わり。……明日からは、数字という名の女神が支配する、最高に効率的な楽園を作って差し上げますわ)」
私はジェイド様が差し出した手を取り、優雅に立ち上がりました。
その足取りは、かつてのどの夜会よりも、軽やかで、力強いものでした。
私は執務室で、山のように積まれた公文書に最後の手続きを施しました。
一国の経済を合法的に乗っ取る。
それは、どんな宝石を磨き上げるよりも緻密で、そしてやりがいのある知的作業でした。
「お嬢様、いえボス! 大変ですわ! 隣国の財務大臣が、あまりの赤字に白目を剥いて、こちらに亡命を希望して門の前で土下座しています!」
アリスが、もはや驚きを通り越して呆れたような顔で報告に来ました。
「亡命? ……いいわよ、ただし、彼の脳内にある『王室の隠し資産リスト』を全て吐き出すことが条件ね。有能な人材は歓迎するけれど、ただ飯を食わせるほど私はお人好しではないもの」
私が計算機を叩きながら返答すると、背後のバルコニーから、夜の静寂を切り裂いてジェイド様が舞い込みました。
もはや、彼にとって私の部屋の窓は、玄関よりも使用頻度の高い入り口となっているようです。
「素晴らしいね、ダイヤ。君がペン一本で王国を解体していく姿、あまりの美しさに、私の心臓の収支が大幅なプラスを記録しているよ」
「ジェイド様。あなたの心臓の収支なんて、一ルクの価値もありませんわ。……それよりも、明日の『合併披露宴』……失礼、結婚式の段取りは済んでいるのかしら?」
私は、デスクの端にある「結婚式費用対効果予測表」を提示しました。
私にとって、結婚式とは単なる愛の誓いの場ではありません。
ノートン公爵家と、新生アルマ商会の合併を全世界に知らしめるための、大規模なマーケティングイベントなのです。
「ああ、完璧だよ。招待客は各国の有力商人と、影響力のある貴族のみ。……君の要望通り、引き出物は我が商会の新製品の試供品、そして式の進行は全て『我が商会の物流網の優秀さ』をアピールする演出で統一してある」
「……ふふ、いいわね。誓いのキスの代わりに、相互扶助契約の締結を宣言しましょうか。その方が、参列者の信頼指数も上がるはずよ」
「ははは! 誓いのキスの代わりに契約締結か! 君らしい、最高にロマンチック……いえ、合理的な提案だ。……だが、ダイヤ。一秒くらいは、私の目を見て『好きだ』と言ってくれてもいいんじゃないかな?」
ジェイド様が、私の手を取り、その指先に熱っぽい視線を注ぎました。
私は一瞬だけ、計算機を叩く手を止め、仮面のない素顔で彼を見つめ返しました。
「……ジェイド様。私があなたに抱いている感情を、既存の言語体系で定義するのは非効率だわ。……ですが、あえて言うならば。……あなたは、私の人生における『最もリターンの大きい、生涯投資先』。……これで満足かしら?」
ジェイド様は、一瞬呆けたような顔をした後、腹を抱えて笑い出しました。
その瞳には、深い、あまりにも深い悦びの色が浮かんでいます。
「……最高の告白だ。君という最強のパートナーを独占できるなら、私の全財産をドブに捨てても惜しくないよ。……まあ、君がそれを許さないだろうけれどね」
「当たり前ですわ。あなたの資産は、私の資産。一ルクの損失も許しませんから」
私たちが「経済的な愛」を語り合っていると、アリスが控えめに咳払いをしました。
「……あ、あの、お二人とも。……アルマ王国の国王様から、最後のご伝言です。……『ダイヤ、頼むから、せめて私の隠居用の年金だけは残してくれ』だそうですわ」
「却下。……陛下には、これまで私が肩代わりした事務手数料の延滞利息を請求したところ、ちょうど年金一千万年分と相殺になりましたわ。……明日からは、彼も自活の道を模索すべきね。……あ、カイル殿下とメルさんはどうなったかしら?」
「王子様は、炭鉱の入り口で『私は伝説の王だ!』と叫びながら、毎日ツルハシを磨いているそうですわ。……メル様は、石炭の汚れが落ちないと泣きながら、自分のベール(ボロ布)を洗っているとか」
私は、窓の外に広がる夜景を見つめました。
かつて私を「悪役」と呼び、不要な道具として捨てた者たち。
彼らは今、自分がどれほど無力な存在であったかを、冷徹な現実(数字)によって思い知らされている。
「……さて。明日の準備は万端ね。……アリス、ウェディングドレスの裾に、我が商会のロゴを刺繍しておくのを忘れないで。……歩く広告塔としての役割を、最後まで全うしなければならないから」
「……はい、ボス! どこまでもついていきますわ!」
私は、デスクの上の計算機をそっと閉じました。
愛も、名誉も、地位も。
全ては、有能な者が正しく管理してこそ意味を成す。
明日、私は「悪役令嬢」という名前を完全に捨て、世界を動かす「経済の女王」へと即位するのです。
「(さあ、新しい時代の幕開けよ。……無能に支配される世界は、今夜で終わり。……明日からは、数字という名の女神が支配する、最高に効率的な楽園を作って差し上げますわ)」
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