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時間を売る市場
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摩訶不思議アドベンチャー
― 時間を売る市場 編 ―
時計の針が動き出した瞬間、
世界はまた裏返った。
足元の石畳が音もなく崩れ、
小太郎とシェリーは、ゆっくりと“下”へ落ちていく。
気がつくと――
そこは市場だった。
だが、売られているのは野菜でも宝石でもない。
「一年分の若さ、安いで」
「後悔せえへん一時間、残り一つや」
「この五分で、人生変わるかもしれんで?」
屋台の札に書かれているのは、
時間、記憶、選ばなかった未来。
「……ここ、ヤバいとこやな」
小太郎がつぶやく。
シェリーは人々の顔を見て、はっとした。
笑っているのに、目だけが疲れている。
そこへ、黒い外套を着た男が近づいてきた。
顔は影に隠れ、声だけが妙に若い。
「百億円を持つ男さん」
「ええ取引、ありまっせ」
男が差し出したのは、小さな砂時計。
「これをひっくり返したらな、
“失敗しなかった人生”を一度だけ体験できる」
「代金は?」
小太郎が聞く。
男はにやりと笑った。
「あなたが、誰かを助けた記憶」
シェリーが息をのむ。
雪の中で車椅子を押した、あの光景がよぎる。
「それ、あかんやつや」
小太郎は即答した。
「それ消したら、俺、俺やなくなる」
男は肩をすくめた。
「ほな次」
今度はシェリーに向き直る。
「あなたには、“失わなかった愛”を」
シェリーは少しだけ黙り、
そして小太郎の腕をつかんだ。
「私も、いらない」
「後悔も遠回りも、今の私を作ったんやから」
その瞬間――
市場全体がざわめいた。
「久しぶりやな」
「買わへん客」
「しかも二人同時は、何十年ぶりや…」
地面が光り、
摩訶不思議堂のお婆さんが、
いつの間にか中央に立っていた。
「よう来たな」
「ここはな、“楽な人生”を欲しがる人間が集まる場所や」
お婆さんはにこりと笑う。
「でもあんたらは違う」
「進むのが遅くても、押す方を選ぶ人間や」
ぱちん、と指を鳴らすと、
市場は霧のように消えた。
次に目を覚ました時、
二人はまた、あの屋台に座っていた。
そばは少し伸びている。
百億円の当選券も、ちゃんとある。
でも小太郎は分かっていた。
本当の宝くじは、当たるか外れるかやない。
選び続けられるかどうかや。
シェリーが笑って言う。
「次はどこ行くん?」
小太郎は湯気の向こうを見つめた。
「次はな……
“何も起こらへん一日”が、一番不思議な話や」
― 時間を売る市場 編 ―
時計の針が動き出した瞬間、
世界はまた裏返った。
足元の石畳が音もなく崩れ、
小太郎とシェリーは、ゆっくりと“下”へ落ちていく。
気がつくと――
そこは市場だった。
だが、売られているのは野菜でも宝石でもない。
「一年分の若さ、安いで」
「後悔せえへん一時間、残り一つや」
「この五分で、人生変わるかもしれんで?」
屋台の札に書かれているのは、
時間、記憶、選ばなかった未来。
「……ここ、ヤバいとこやな」
小太郎がつぶやく。
シェリーは人々の顔を見て、はっとした。
笑っているのに、目だけが疲れている。
そこへ、黒い外套を着た男が近づいてきた。
顔は影に隠れ、声だけが妙に若い。
「百億円を持つ男さん」
「ええ取引、ありまっせ」
男が差し出したのは、小さな砂時計。
「これをひっくり返したらな、
“失敗しなかった人生”を一度だけ体験できる」
「代金は?」
小太郎が聞く。
男はにやりと笑った。
「あなたが、誰かを助けた記憶」
シェリーが息をのむ。
雪の中で車椅子を押した、あの光景がよぎる。
「それ、あかんやつや」
小太郎は即答した。
「それ消したら、俺、俺やなくなる」
男は肩をすくめた。
「ほな次」
今度はシェリーに向き直る。
「あなたには、“失わなかった愛”を」
シェリーは少しだけ黙り、
そして小太郎の腕をつかんだ。
「私も、いらない」
「後悔も遠回りも、今の私を作ったんやから」
その瞬間――
市場全体がざわめいた。
「久しぶりやな」
「買わへん客」
「しかも二人同時は、何十年ぶりや…」
地面が光り、
摩訶不思議堂のお婆さんが、
いつの間にか中央に立っていた。
「よう来たな」
「ここはな、“楽な人生”を欲しがる人間が集まる場所や」
お婆さんはにこりと笑う。
「でもあんたらは違う」
「進むのが遅くても、押す方を選ぶ人間や」
ぱちん、と指を鳴らすと、
市場は霧のように消えた。
次に目を覚ました時、
二人はまた、あの屋台に座っていた。
そばは少し伸びている。
百億円の当選券も、ちゃんとある。
でも小太郎は分かっていた。
本当の宝くじは、当たるか外れるかやない。
選び続けられるかどうかや。
シェリーが笑って言う。
「次はどこ行くん?」
小太郎は湯気の向こうを見つめた。
「次はな……
“何も起こらへん一日”が、一番不思議な話や」
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