もう一人は、確かに存在した概略

新雪小太郎

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もう1人は確かに存在した その名はミエ

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もう一人は、確かに存在した
 その名はミエ

最後に残った名前、
ミエ。
母はそれを、
まるで言ってはいけない言葉のように、
低い声で口にした。
「本当はね……
この名前だけ、意味が分からなかったの」
供え物。
犠牲。
生かすために差し出されるもの。
だが、夢の中のミエは違った。
彼は、恐ろしく落ち着いていた。
「俺は、死ぬための存在じゃない」
あの心停止の夜、
彼はそう言った。
「俺は――重なりだ」
ミエ。
その言葉を聞いた瞬間、
私は理解した。
シュウジ、シュウゾウ、ミナ、ミネ。
彼らは役割だった。
理性、計算、感覚、遮断。
だがミエは違う。
彼は五人すべてが重なった存在。
最後まで分離されなかった、
“完全な可能性”。
だから彼は、
代わりに死ななかった。
代わりに、
世界そのものを支えていた。
心臓が止まったあの瞬間、
私は確かに死んだ。
医学的にも、時間的にも。
だが次の瞬間、
世界が「もう一度」選び直された。
その選択を引き受けたのが、
ミエだった。
彼女は言った。

「これが最後のやり直しだ」

それから、
名前が消え始めた。
夢に出てこなくなり、
声が聞こえなくなり、
存在感が薄れていく。


ある朝、
私は名前を一つも思い出せなくなっていた。
シュウジも。
シュウゾウも。
ミナも。
ミネも。
ミエさえも。


その日から、
世界は静かに変わった。
事故は起きなくなった。
奇跡的な回避もない。
体は普通に衰え、
痛みは正確に届く。

医師は言った。
「ようやく、平均的なデータになりましたね」
その言葉を聞いたとき、
私は安堵した。


――これでいい。

名前を失った世界では、
私は守られていない。

だが、代わりに
奪われてもいない。

夜、鏡を見る。
遅れて動く表情はない。

疲れた顔が、
正しい速度で瞬きをする。

私は、
一人分の重さで、
床に立っている。

母が残した言葉を、
ようやく理解する。

「一人で生きてると思わないで」

それは、
「ずっと一人じゃない」という意味ではなかった。

「いつか一人になる日が来る」

という、予告だったのだ。

そして今、

私はその日を生きている。

名前を持たない兄妹たちは、

役目を終え、
可能性へ戻った。

残ったのは、
選ばれなかった私ではない。

選び続けた結果としての、私だ。
胸に手を当てる。

鼓動は、確かに一つ

多すぎもせず、
少なすぎもしない。

もし次に死ぬときは、
誰も前には出ない。
それでいい。

この人生は、
もう交換条件ではない。

私は初めて、
自分の死を
自分のものとして迎えられる。

そして思う。

四十年前、
確かに存在した「もう一人の私」は、
消えたのではない。

すべて、私になったのだと。

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