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もう一人は確かに存在した 名前の章
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もう一人は、確かに存在した(続・名前の章)
母が教えてくれた名前は、五つあった。
シュウジ。
シュウゾウ。
ミナ。
ミネ。
ミエ。
どれも、生きて呼ばれることのなかった名前だ。
だが母は、発音を一度も間違えなかった。
忘れた様子もなかった。
まるで、
今もどこかで使われ続けている名前のように。
私は後で気づいた。
それらの名前には、奇妙な共通点がある。
すべてが、
私の中に含まれている。
シュウジとシュウゾウは、私の理性だ。
落下の瞬間、計算する声。
「ここで体をひねれ」「力を抜け」と指示する、冷たい声。
ミナとミネは、感覚だ。
痛みが来る前に、世界を切り離す力。
恐怖を遮断し、意識を遠ざける、静かな働き。
そして、ミエ。
この名前だけは、
母が一瞬、言いよどんだ。
「……供え物、みたいな名前だけどね」
その夜、私は夢を見た。
心筋梗塞で心臓が止まった、あの瞬間。
冷却され、静まり返った身体。
私は上から、それを見ていた。
その横に、
五人が立っていた。
顔は、私だった。
年齢も、性別も、同じ。
違うのは、目の奥だけだ。
シュウジが言った。
「ここまでは俺の番だった」
シュウゾウが続けた。
「計算は尽きた」
ミナは、何も言わずに私の肩に触れた。
ミネは、背を向けていた。
そして、ミエが一歩前に出た。
「次は、私が行く」
その瞬間、
心臓が動き出した。
目覚めた私は、生きていた。
医師は「奇跡的回復」と言った。
だが、私は違う言葉を知っている。
交換。
それから私は、名前を試すようになった。
声に出さず、心の中で。
事故現場で。
夜中の胸痛の中で。
ふとした危険を感じた瞬間に。
呼ぶと、
何かが一歩、前に出る。
代わりに、
私は一歩、残る。
最近、名前が呼びにくくなってきた。
声が、減っている。
シュウジは、もう現れない。
シュウゾウも、遠い。
ミナとミネは、夢の中でしか会わない。
残っているのは――
ミエ。
最後の名前。
母は言っていた。
「名前をつけるとね、
この世に縛られる気がしたの」
もしそうなら、
私は縛られすぎている。
六人分の名前。
六人分の可能性。
六人分の死。
次に何かが起きたとき、
前に出る者はいないかもしれない。
そのとき私は、
初めて「一人」で生きる。
それが救いなのか、
罰なのかは分からない。
ただ一つ確かなのは――
私は、彼らの人生の続きとして、
今もここにいる。
だから今日も、
胸に手を当てて、
確かめる。
動いている。
まだ。
そして心の中で、
名前を一つだけ、
呼ばずに残している。
ミエ。
――次は、
本当に私の番かもしれないから。
母が教えてくれた名前は、五つあった。
シュウジ。
シュウゾウ。
ミナ。
ミネ。
ミエ。
どれも、生きて呼ばれることのなかった名前だ。
だが母は、発音を一度も間違えなかった。
忘れた様子もなかった。
まるで、
今もどこかで使われ続けている名前のように。
私は後で気づいた。
それらの名前には、奇妙な共通点がある。
すべてが、
私の中に含まれている。
シュウジとシュウゾウは、私の理性だ。
落下の瞬間、計算する声。
「ここで体をひねれ」「力を抜け」と指示する、冷たい声。
ミナとミネは、感覚だ。
痛みが来る前に、世界を切り離す力。
恐怖を遮断し、意識を遠ざける、静かな働き。
そして、ミエ。
この名前だけは、
母が一瞬、言いよどんだ。
「……供え物、みたいな名前だけどね」
その夜、私は夢を見た。
心筋梗塞で心臓が止まった、あの瞬間。
冷却され、静まり返った身体。
私は上から、それを見ていた。
その横に、
五人が立っていた。
顔は、私だった。
年齢も、性別も、同じ。
違うのは、目の奥だけだ。
シュウジが言った。
「ここまでは俺の番だった」
シュウゾウが続けた。
「計算は尽きた」
ミナは、何も言わずに私の肩に触れた。
ミネは、背を向けていた。
そして、ミエが一歩前に出た。
「次は、私が行く」
その瞬間、
心臓が動き出した。
目覚めた私は、生きていた。
医師は「奇跡的回復」と言った。
だが、私は違う言葉を知っている。
交換。
それから私は、名前を試すようになった。
声に出さず、心の中で。
事故現場で。
夜中の胸痛の中で。
ふとした危険を感じた瞬間に。
呼ぶと、
何かが一歩、前に出る。
代わりに、
私は一歩、残る。
最近、名前が呼びにくくなってきた。
声が、減っている。
シュウジは、もう現れない。
シュウゾウも、遠い。
ミナとミネは、夢の中でしか会わない。
残っているのは――
ミエ。
最後の名前。
母は言っていた。
「名前をつけるとね、
この世に縛られる気がしたの」
もしそうなら、
私は縛られすぎている。
六人分の名前。
六人分の可能性。
六人分の死。
次に何かが起きたとき、
前に出る者はいないかもしれない。
そのとき私は、
初めて「一人」で生きる。
それが救いなのか、
罰なのかは分からない。
ただ一つ確かなのは――
私は、彼らの人生の続きとして、
今もここにいる。
だから今日も、
胸に手を当てて、
確かめる。
動いている。
まだ。
そして心の中で、
名前を一つだけ、
呼ばずに残している。
ミエ。
――次は、
本当に私の番かもしれないから。
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