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もう一人は確かに存在した。兄妹の章
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もう一人は、確かに存在した(続・兄妹の章)
母は、ある夜、突然その話をした。
もう長くはないと分かっていた頃だ。
病室の灯りは弱く、点滴の音だけが規則正しく響いていた。
「あなたね……六人目なの」
私は、聞き返さなかった。
母は、まるで昔の天気の話をするように、静かに続けた。
五回、流産したこと。
それぞれに、名前をつけていたこと。
呼ばれることのなかった名前を、
母は一つずつ、間違えずに言った。
私は覚えている。
そのとき、胸がざわついたのではない。
なぜか、すでに知っていた気がした。
「弟さんが一人生まれたでしょう」
母は言った。
「でもね、あなたの前にも、後ろにも、いたのよ」
兄でも、姉でもない。
戸籍にも、写真にも、墓にも残らなかった存在。
それでも、
確かに“いた”人間たち。
その夜から、
事故の記憶が、別の意味を持ちはじめた。
五メートル落ちたとき。
山から転落したとき。
頭を強く打ったとき。
心臓が止まったとき。
あの瞬間、
私の中で、何かが確実に終わっている。
だが、
終わったのは私ではなかった。
母が教えてくれた名前の数と、
私が死ぬはずだった回数が、
不気味なほど一致していた。
もし仮に――
世界が、ひとりの人間を簡単には手放さない場所だとしたら。
もし仮に――
生まれなかった者たちが、
「可能性」として残っているのだとしたら。
彼らは、
私の兄弟であり、
私自身でもあったのではないか。
弟が生まれたとき、
私は不思議と安堵していた。
これで、役目を分け合える、と。
だが弟は、先に逝った。
説明のつかないことは、
いつも説明の顔をしてやってくる。
その後も私は生き残り続けた。
ある医師が言った。
「あなたは統計的におかしい」
別の医師は言った。
「生きている理由を探すより、
生きている事実を受け入れてください」
だが、
私はもう知ってしまった。
生きているのは、
私一人の力ではない。
事故の瞬間、
何かが静かに離れていく感覚がある。
痛みも、恐怖もなく、
ただ「数が減る」感じ。
もし次があるなら、
残っているのは、あといくつなのだろう。
母が最後に言った言葉を、
私は今も忘れない。
「あなたね、
一人で生きてると思わないで」
それは慰めではなかった。
事実の確認だった。
四十年前にいた、もう一人の私。
名前を呼ばれなかった兄弟たち。
そして、私。
この人生は、
一人分の重さではない。
だから私は、
次に鏡を見るとき、
映っているのが誰であっても、
驚かないつもりだ。
そこに立っているのは、
生き残った“私”ではなく――
生かされ続けてきた、六人分の存在なのだから。
母は、ある夜、突然その話をした。
もう長くはないと分かっていた頃だ。
病室の灯りは弱く、点滴の音だけが規則正しく響いていた。
「あなたね……六人目なの」
私は、聞き返さなかった。
母は、まるで昔の天気の話をするように、静かに続けた。
五回、流産したこと。
それぞれに、名前をつけていたこと。
呼ばれることのなかった名前を、
母は一つずつ、間違えずに言った。
私は覚えている。
そのとき、胸がざわついたのではない。
なぜか、すでに知っていた気がした。
「弟さんが一人生まれたでしょう」
母は言った。
「でもね、あなたの前にも、後ろにも、いたのよ」
兄でも、姉でもない。
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それでも、
確かに“いた”人間たち。
その夜から、
事故の記憶が、別の意味を持ちはじめた。
五メートル落ちたとき。
山から転落したとき。
頭を強く打ったとき。
心臓が止まったとき。
あの瞬間、
私の中で、何かが確実に終わっている。
だが、
終わったのは私ではなかった。
母が教えてくれた名前の数と、
私が死ぬはずだった回数が、
不気味なほど一致していた。
もし仮に――
世界が、ひとりの人間を簡単には手放さない場所だとしたら。
もし仮に――
生まれなかった者たちが、
「可能性」として残っているのだとしたら。
彼らは、
私の兄弟であり、
私自身でもあったのではないか。
弟が生まれたとき、
私は不思議と安堵していた。
これで、役目を分け合える、と。
だが弟は、先に逝った。
説明のつかないことは、
いつも説明の顔をしてやってくる。
その後も私は生き残り続けた。
ある医師が言った。
「あなたは統計的におかしい」
別の医師は言った。
「生きている理由を探すより、
生きている事実を受け入れてください」
だが、
私はもう知ってしまった。
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痛みも、恐怖もなく、
ただ「数が減る」感じ。
もし次があるなら、
残っているのは、あといくつなのだろう。
母が最後に言った言葉を、
私は今も忘れない。
「あなたね、
一人で生きてると思わないで」
それは慰めではなかった。
事実の確認だった。
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名前を呼ばれなかった兄弟たち。
そして、私。
この人生は、
一人分の重さではない。
だから私は、
次に鏡を見るとき、
映っているのが誰であっても、
驚かないつもりだ。
そこに立っているのは、
生き残った“私”ではなく――
生かされ続けてきた、六人分の存在なのだから。
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