空想時代小説 晩年 永倉新八物語

新雪小太郎

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雪を割る沈黙

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永倉新八は、若者——近藤勇太郎から渡された封書を手のひらにのせた。
その紙は年月を経てふわりと柔らかく、しかし気配だけは鋼のように重い。
封に指をかけると、畳の部屋の空気がひとしきり張りつめる。
真之介は息を呑み、勇太郎は額を畳につけたまま、微動だにしない。
新八は静かに手紙を開いた。
— 手紙 —
筆跡は達筆というより、
「急いで、しかし乱さず書いた」
そんな不思議な落ち着きを宿していた。
新八は声に出して読んだ。
『新八へ』
そなたに伝えおくことがある。
明日、わしは別れの場へ向かうこととなった。
不思議なほど、心は静かだ。
ただ、ひとつだけ気がかりがある。
それは“おぬしのこと”よ。
新八。
この乱世で、
そなたほど真っすぐな男はおらなんだ。
わしが道を見失いそうな折も、
その背で、目で、言葉で、
何度、思いとどまらされたことか。
そなたは生きよ。
生きて、生き抜いて、
いつかこの国が静まったころ——
そなたの語る“笑い話”の中に、
わしが少しでもおれば、それで十分じゃ。
勇は死すとも、
そなたの心には、永く生き続ける。
——近藤 勇
読み終えると、
新八は言葉を失った。
火鉢の炭が、ぱち、と小さく跳ねる音が、
やけに響いた。
— 新八の胸に去来したもの —
真之介が恐る恐る口を開く。
「じいちゃん……それって……」
新八は答えられなかった。
ただ、手紙をそっと胸に押しあてる。
勇太郎が深く頭を下げた。
「この手紙は、祖母がずっと守っておりました。
祖父の“最後の願い”と共に、
いつか必ず“永倉先生へ”と……」
新八はゆっくり、ゆっくり顔を上げた。
その瞳には、
若き日の京都の空、
土方の横顔、
屯所の陽だまり、
稽古場の笑い声——
そして、
近藤勇の背中があった。
誰よりも大きく、
誰よりもまっすぐで、
誰よりも仲間を守ろうとした背中。

— 新八、そっと笑う —
やがて新八は、
涙を落とす代わりに、
ふっと笑った。
「……あやつは、ほんに勝手な男よ。
わしに“生きろ、生きろ”と残していくとはな」
勇太郎は驚いたように顔を上げる。
「笑われるとは……思いませんでした」
「笑うともよ。
泣くのは、勇が望むまい」
その言葉には、
長い歳月を生き抜いた者にしか持てぬ強さと、
かすかな寂しさが混じっていた。
— 温かな余韻と、孫の一言 —
真之介がぽつりと言う。
「ねえ、じいちゃん……
その人、じいちゃんに“生きててほしい”って言ったんだね」
新八はうなずいた。
「そうじゃ。
わしは、その言葉を守りたかっただけよ」
真之介はにこっと笑う。
「じゃあさ、
ぼくと勇太郎さんで、
じいちゃんが“生きててよかった”って思えるようにする!」
勇太郎も深くうなずいた。
雪は静かに降り続けていた。
しかしその白さは、もう冷たくはなかった。
— 小さな笑いで結ぶ —
新八は涙のかわりに鼻を鳴らした。
「よし、では稽古を続けるぞ。
勇の孫と、わしの孫と……
まとめて面倒みてやるわい!」
立ち上がろうとして——
ズルッ
見事に足を取られた。
真之介と勇太郎が同時に叫ぶ。
「じいちゃん!?」
「永倉先生!?」
新八は必死に踏ん張り、
雪の上で妙な格好のまま静止した。
「……い、いかん……
勇の前で、転ぶわけには……」
二人は吹き出した。
新八も、たまらず笑った。
その笑い声は、
池田屋の夜から遠く離れ、
確かに“生きている者”の音だった。
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