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哀愁の教え
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夕刻の寺子屋。
障子の外では竹林が風にそよぎ、影がゆらりと揺れている。
永倉新八は木刀を脇へ置き、膝へ手をつき、静かに息を整えていた。
勇太が心配そうに覗き込む。
「先生……大丈夫ですか?
今日はもう、お休みしたほうが……」
新八は笑った。
笑ったが、その笑みはどこかやさしく、どこか寂しい。
「何を言うとる。
年寄りはの、休んだらもう二度と動かんようになるもんじゃ」
勇太は言葉を失う。
新八の肩はわずかに上下し、呼吸は浅くなっている。
それでも、老剣士は立ち上がった。
膝がコキリと鳴り、わずかに身体が前に傾く。
——昔の永倉新八なら、こんな音などしなかった。
「……剣はのう、勇太」
新八は木刀を握り、ゆっくりと構えた。
その姿は年老いてもなお、どこか凛としている。
「誰かに伝えねば、そこで消えてしまう。
わしが教えるのは、もうわずかな刻しか残っとらん」
「そんな……!」
勇太が慌てて言うが、新八は首を横に振った。
「よい。
わしはのう、長い長い戦の果てに、ようやく“静けさ”にたどり着いた。
この静けさの中で、何かを残せるなら……それで十分じゃ」
勇太の胸の奥で、熱いものがじわりと広がる。
◆永倉、新たな型を示す
新八は突然、スッと腰を深く落とした。
「勇太、見とけ。
これが“退き斬り”じゃ……昔は、敵の刃を避けながらすれ違いざまに打ち込んだ型よ」
しかし一歩退いた瞬間——
ズルッ
畳で足が滑った。
勇太が叫ぶ。
「せ、先生っ!」
ところが新八は、滑りながらも見事に体勢を立て直し、
すっと木刀の切っ先を前に向けた。
「……ほれ。
老いぼれても、まだ少しはやれるんじゃ」
言って、新八は照れくさそうに笑った。
だが、その笑みの端に、
「いずれはこの動きもできなくなる」
という、自分だけが知る静かな覚悟が滲んでいた。
永倉、新選組の友を思い出す
新八は木刀を下ろし、ふと天井を見上げる。
「土方のやつは……最後まで諦めん男じゃった」
「総司は、あれで子どもみたいに笑う剣士じゃったが……誰より鋭い」
「局長は……あの人はな、背中で皆の心を支えとった」
勇太は静かに聞いていた。
師の声に滲む哀しみと誇り、その両方を。
「みんな先に逝ってしもうたが……
こうして剣を教えとると、不思議とな。
そばにおるような気がする」
勇太は少し泣きそうになりながら言う。
「先生……
ぼく、皆さんの想い……受け継ぎます。
だから……もっと教えてください」
新八は小さく息を吐き、それからゆっくりと頷いた。
「ああ、教えよう。
わしが立てるうちは、の」
◆哀愁の中の希望
新八は立ち上がり、木刀を握り直す。
老いの痛みは確かにある。
息も少し荒い。
だが——
その両足は、これまでと同じように「踏みとどまって」いた。
「勇太。
剣とはな……人が倒れても、志さえ倒れなければ続いてゆく。
おぬしの中で、わしらを、生かしてくれ」
勇太は深く頷いた。
「はい。
ぼく、絶対に忘れません!」
夕陽が差し込み、新八の横顔に淡く光を落とす。
その姿は、
かつて京の町で駆けた若者の面影を、ほんの一瞬だけ蘇らせた。
——剣士は老いても、消えはしない。
教え続ける限り、その魂は生きるのだ。
障子の外では竹林が風にそよぎ、影がゆらりと揺れている。
永倉新八は木刀を脇へ置き、膝へ手をつき、静かに息を整えていた。
勇太が心配そうに覗き込む。
「先生……大丈夫ですか?
今日はもう、お休みしたほうが……」
新八は笑った。
笑ったが、その笑みはどこかやさしく、どこか寂しい。
「何を言うとる。
年寄りはの、休んだらもう二度と動かんようになるもんじゃ」
勇太は言葉を失う。
新八の肩はわずかに上下し、呼吸は浅くなっている。
それでも、老剣士は立ち上がった。
膝がコキリと鳴り、わずかに身体が前に傾く。
——昔の永倉新八なら、こんな音などしなかった。
「……剣はのう、勇太」
新八は木刀を握り、ゆっくりと構えた。
その姿は年老いてもなお、どこか凛としている。
「誰かに伝えねば、そこで消えてしまう。
わしが教えるのは、もうわずかな刻しか残っとらん」
「そんな……!」
勇太が慌てて言うが、新八は首を横に振った。
「よい。
わしはのう、長い長い戦の果てに、ようやく“静けさ”にたどり着いた。
この静けさの中で、何かを残せるなら……それで十分じゃ」
勇太の胸の奥で、熱いものがじわりと広がる。
◆永倉、新たな型を示す
新八は突然、スッと腰を深く落とした。
「勇太、見とけ。
これが“退き斬り”じゃ……昔は、敵の刃を避けながらすれ違いざまに打ち込んだ型よ」
しかし一歩退いた瞬間——
ズルッ
畳で足が滑った。
勇太が叫ぶ。
「せ、先生っ!」
ところが新八は、滑りながらも見事に体勢を立て直し、
すっと木刀の切っ先を前に向けた。
「……ほれ。
老いぼれても、まだ少しはやれるんじゃ」
言って、新八は照れくさそうに笑った。
だが、その笑みの端に、
「いずれはこの動きもできなくなる」
という、自分だけが知る静かな覚悟が滲んでいた。
永倉、新選組の友を思い出す
新八は木刀を下ろし、ふと天井を見上げる。
「土方のやつは……最後まで諦めん男じゃった」
「総司は、あれで子どもみたいに笑う剣士じゃったが……誰より鋭い」
「局長は……あの人はな、背中で皆の心を支えとった」
勇太は静かに聞いていた。
師の声に滲む哀しみと誇り、その両方を。
「みんな先に逝ってしもうたが……
こうして剣を教えとると、不思議とな。
そばにおるような気がする」
勇太は少し泣きそうになりながら言う。
「先生……
ぼく、皆さんの想い……受け継ぎます。
だから……もっと教えてください」
新八は小さく息を吐き、それからゆっくりと頷いた。
「ああ、教えよう。
わしが立てるうちは、の」
◆哀愁の中の希望
新八は立ち上がり、木刀を握り直す。
老いの痛みは確かにある。
息も少し荒い。
だが——
その両足は、これまでと同じように「踏みとどまって」いた。
「勇太。
剣とはな……人が倒れても、志さえ倒れなければ続いてゆく。
おぬしの中で、わしらを、生かしてくれ」
勇太は深く頷いた。
「はい。
ぼく、絶対に忘れません!」
夕陽が差し込み、新八の横顔に淡く光を落とす。
その姿は、
かつて京の町で駆けた若者の面影を、ほんの一瞬だけ蘇らせた。
——剣士は老いても、消えはしない。
教え続ける限り、その魂は生きるのだ。
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