空想時代小説 晩年 永倉新八物語

新雪小太郎

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◆沖田総司の思い出を語る夜

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その夜、稽古を終えた永倉新八は、囲炉裏の前で湯をすする孫・勇吾の横に座った。
外では風が吹き、軒下の風鈴がかすかに鳴っている。
勇吾がふいに尋ねた。
勇吾「先生……沖田総司(おきたそうじ)さんって、どんな方だったんですか?」
新八は湯呑みを置き、少し意外そうに目を細めた。
新八「おお、沖田総司のことか。
……あやつはな、“静けさの中に雷を隠したような男”じゃった。」
勇吾は目を輝かせ、新八の口を待つ。
◆誰より速く、誰より優しい男
新八は懐かしそうに笑った。
「まず速さよ。あやつの踏み込みは、ほんま“目の前から消えた”と思うほどじゃった。
池田屋のときもな——」
新八は畳に手をついて身を乗り出す。
「二階へ駆け上がる刹那、あやつだけは
“風が階段を駆けおりてきたんか?”
と思うほどの速さで、もう斬り結んでいたわ。」
勇吾が感嘆の声を漏らす。
勇吾「す、すごい……。まるで物の怪みたいですね」
新八は首を振った。
新八「いや、物の怪やない。
あやつは——人を守るために剣を振っただけじゃ。」
少し声が柔らかくなる。
「怪我人がいれば真っ先に駆け寄り、
子どもが泣けば真っ先にあやしておった。
あの優しさがあるゆえに、あの強さがあったんじゃ。」
◆総司の「天然」ぶり
新八はふと苦笑する。
「ただな……総司はときどき、人間離れした“天然”も見せよった。」
勇吾「天然……ですか?」
「ある日のことよ。
稽古場で、あやつが急に真顔で言いよったんじゃ。」
新八は総司の口調を真似て、軽く高い声で言う。
新八(沖田風)「永倉さん……いま、ぼくの脇を斬った風が通りました。
誰か……永倉さんを斬ろうとしてませんか?」
勇吾は吹き出す。
勇吾「え、それ本気で言ってるんですか!?」
新八も笑う。
「本気じゃ。
“風が斬った”と思うて、真剣な顔で周囲を見回すんじゃからたまらん。
あやつの勘は確かじゃが……あいつの頭の中は、時おり雲の上じゃった。」
◆静かに消えてゆく背中
しばらく笑ったあと、
新八の声音がふっと静まった。
「……しかしのう、勇吾。」
勇吾も笑顔を引っ込める。
「総司は、病が身を蝕みながらも、誰にも弱音を吐かなんだ。
咳が出る夜も、気丈に笑いよった。」
新八は炎を見つめ、遠い過去を見るような目になる。
「最後の頃な。
庭先に出て、薄い月を見上げながら言いよった。」
新八(沖田風)
『永倉さん。
ぼく、生まれ変わったら……また剣を握るでしょうかね』
沈黙。
「わしはの……その時、返す言葉が見つからんかった。
ただ横に立ち、同じ月を見ていた。」
勇吾は拳を握りしめる。
◆永倉新八、孫に託す
新八は勇吾の肩に手を置いた。
「勇吾。
総司の剣はの……“人の痛みを知る剣”じゃった。
速さでも力でもない。
人の心に寄り添うための剣——
その心が、誰より強かったんじゃ。」
勇吾は静かに頷く。
勇吾「ぼく……沖田さんのように、人を守れる剣を持ちたいです。」
新八は深く、ゆっくりと頷いた。
「……あやつも、それを望んでおるじゃろうよ。」
そして最後に、少しだけ笑いを混ぜる。
「ただし、総司ほど速く動こうとすると、
わしみたいに膝が勝手に帰りたがるでな。
そこだけは気ぃつけい。」
勇吾がくすっと笑い、
新八もつられて笑った。
その笑いの奥には、
かつてともに生き、散っていった友への深い想いが揺れていた。
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