空想時代小説 晩年 永倉新八物語

新雪小太郎

文字の大きさ
36 / 37

じっちゃんの手刀

しおりを挟む
翌朝。
まだ山の影が長く伸び残る時間に、
真之介たちは道場へ集まった。
新八は竹刀も木刀も出さず、
手のひらを前に出して言う。
「今日の稽古はこれや。」
丈太「え……手ぇだけですか?」 作松「え、ぼ、ぼく木刀の方が……」 権兵衛「……腹減った」
新八は咳払いし、
「剣はな、手の延長や。
手を知らんやつが、剣を語るな。」
三人は思わず背筋を正した。
真之介は、すでにじっちゃん語録を知ってるので
わくわくした顔で聞いている。
■ ■ 「受けて、払って、受けて、逃がす」
新八は四人の前に立ち、
スッと手刀を構えた。
「ええか、まず“受けて”——」
ひょい、と手のひらで見えない刃を受ける仕草。
「次に“払う”——」
スパッと風を切るように横へ払う。
「ほいでまた“受けて”、最後に“逃がす”。
決して受け止めたまま固まるな。
相手の力を利用して横へ逃がすんや。」
丈太がやってみる。
「こうで……こうで……こうで……あ、手がこんがらがった!」
作松は焦って逆方向に振り回し、
後ろの権兵衛の胸にコツン。
権兵衛「……痛い」
真之介は真剣に繰り返すが、
だんだん呼吸が浅くなる。
新八が指摘する。
「ほれ見い、呼吸が乱れとる。」
■ ■ 間合いと呼吸の稽古
新八はゆっくり歩きながら話す。
「剣は呼吸や。
息を吸うて——吐いて——止める。」
四人も真似する。
「吸うて……吐いて……止め……ぐるじぃ……!」
作松の顔が真っ赤になった。
新八「アホ、止めすぎや。
“無呼吸の間”っちゅうんはな、
短い刹那(せつな)でええんや。」
真之介はじっと集中し、
目を閉じて呼吸を整える。
新八はうなずく。
「そうや真之介。
呼吸と心はつながっとる。
乱れた呼吸は、乱れた心や。」
丈太が言った。
「じっちゃん……これ、いつまでやるんです?」
新八「一生や。」
三人「えぇぇーーーっ!?」
■ ■ じっちゃんの“間合いの歩法”
新八はさらに指示を出す。
「ほな次は“間合い”や。
相手に近すぎても遠すぎてもアカン。
“届くか届かんか”の距離が命や。」
新八は杖を地面に置き、
その先端を指先ぎりぎりで触らせるように歩かせる。
「この距離を保ちながら動け。
足をバタバタ出すな。
すり足や。地面の上を風のように……」
言い終える前に丈太がゴンッと躓き転ぶ。
「いででで!」
作松もすり足のつもりがペタペタ歩きで前のめりに。
権兵衛は一歩が大きすぎて杖を飛び越えてしまう。
新八はため息。
「お前ら……
風のように、言うたやろ……
どこがドタドタ暴風雨やねん。」
真之介は必死で距離感を掴もうとする。
「じっちゃん!
ぼく、このくらいの距離でええ?」
新八が頷く。
「そう。
相手を傷つけず、
自分も傷つかん距離や。
剣の命は“間(ま)”に宿る。」


一歩ずつ進む稽古
日が傾いてきても、
新八は休ませなかった。
「はい、“受けて、払って、受けて、逃がす”——
呼吸を合わせて——
間合いを意識して——
手ぇは剣の延長やぞ!」
真之介と仲間たちは
汗びっしょりになりながら必死で身体を動かす。
権兵衛だけが途中で言った。
「……腹減った」
新八はふっと笑って言う。
「腹が減るのは、生きてる証拠や。」
そして、全員の前に立つと
柔らかい声で言った。
「今日の稽古、よう頑張ったな。
剣の道は急ぐな。
ゆっくり、じっくり、積み重ねるもんや。」
真之介たちは息を整えながら
胸の奥が熱くなるのを感じていた。
■ ■ 新八、胸の内で思う
夕日が差し込む道場で、
新八は四人の背中を眺めながらつぶやく。
「……ええ目ぇしとるわ。
あいつら、伸びるで。」
どこか誇らしげで、どこか少し切ない。
「近藤さん、土方さん……
沖田……
わしはまだ、伝えられるで。」
その声は、
道場の柱にしみ込んで
静かに響いた。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

天正の黒船

KEYちゃん
歴史・時代
幕末、日本人は欧米諸国が日本に来た時の黒船に腰を抜かした。しかしその300年前に日本人は黒船を作っていた。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

処理中です...