ぐるりぐるりと

安田 景壹

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第一章

カンナギ・ガンスリンガー 8

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 ―――――ゴト。

 何か固い物が、煌津の机に置かれた。

 目をやるな、目をやるな。そちらに目をやってはいけない。

「ねえ」

 声がした。見ない。見ない。見ない。絶対見ない。

「ねえ」

 さっきより語調が強くなる。目を固くぎゅっと閉じる。絶対見ない。絶対。絶対。

「ねえ」

 反応してはいけないと脳が指示するより早く、煌津の両の瞼が、人の指のようなもので、無理矢理開かされた。

「何で助けてくれなかったの?」

 首の捩じれた女の顔が、虚無とも怒りともつかない目をぎりぎりまで近付けて言った。

「うわぁっ!?」

 反射的に飛び退いたせいで、煌津が座っていた席が大きな音を立てて倒れる。どっと汗が噴き出る。だが、もう机の上に女の顔はなかった。

「はっ、はっ、はっ……」

「ど、ど、どうした、穂結君……」

 さっきまで喋っていた女子の声がした。

 周りを見ると、皆一様にこっちを見ている。

「……あ、いや。ごめんその、寝不足で……」

「え、え、そんな、ちゃんと寝な~?」

「う、うん。そうね。保健室行ってくる……」

 頭が重い。定期入れとスマホをポケットに仕舞い、煌津は教室を出る。魔除けの塩は上着のポケットの中だ。

「うん、だって」「ベイビーかよ」という声が聞こえたが、構っていられなかった。眩暈がする。

 考えてみれば、今日は朝から『出会っている』し、事件現場にも近付いてしまった。ああいうものを、寄せ付けやすくなっているのだろう。

「悪霊……」

 あの首が捩じれた女は、そうなのか。目を付けられてしまったのかもしれない。初めて悪霊に出会った時には九宇時がいた。だが、今はもう……。

「無理。学校出なきゃ……」

 このままでは誰を巻き込むかわからない。保健室で休むのも無理だろう。廊下の壁をつたうように歩き始めて、一歩、二歩と歩いたところで煌津はよろめく。

「ちょっと、穂結君。大丈夫~」

 さっき声をかけてきた女子たちが近くまでやってきた。

「え、あ、うん。大丈夫、大丈夫……」

 言いながら、ひどく気分が悪くなっていくのを煌津は感じた。吐きそうな気さえする。

「いや駄目でしょ。顔めっちゃ青いよ」

「ちょっと高橋~。穂結君、保健室まで連れてってやんなよ~」

 もう一人の女子が、教室にいる男子生徒を呼ぶ。

「え、何、穂結そんなヤバいの?」

「いや! ホント、ホントに大丈夫だから……」

 万が一にも、ほかの人間を巻き込むわけにはいかない。悪霊は煌津を追っているはずだ。だから、たぶん、すぐにでも……でも、足元がおぼつかない。

「ほら、穂結君。しっかりしなよ――」

 女子生徒が煌津に手を貸そうとする。

 その左肩から千々乱れた黒髪が現れる。汚らしい黒髪は虫のように彼女の顔を這いずるが、女子生徒はそれに気付く様子はない。

「うん? どしたー穂結」

 心配そうな声を出す女子生徒の顔の真横から、首の捩じれた女が煌津を睥睨へいげいしていた。
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